винительный падеж
«対格» とはロシア語の格のひとつ。«直接目的語» を表示するのが本来の役割であり、日本語の「〜を」に相当すると言える。ゆえにおよそあらゆる言語にこれに相当する役割の文法が存在する。インド=ヨーロッパ語族の言語では、元来あった8つの格すべてを現在も残す言語は存在しないが、他方において主格と対格(に相当する形)を失った言語は存在しない。
なお、念のために言っておくと、ロシア語文法には «直接目的語» という文法用語は存在しない。直接補語という用語が存在するが、意味する概念は微妙に異なる。
なお以下、便宜上名詞を中心に扱うが、原則として形容詞・数詞・代名詞でも話は同じである。これら4つの品詞はロシア語では «名辞類» として(ほぼ)同じ扱いを受ける。
形態
I 式単数および複数では、主格ないし生格と同じ。III 式単数は主格と同じ。ゆえに、対格独自の語尾を持つのは II 式単数のみ。
I 式 | II 式 | III 式 | ||
---|---|---|---|---|
男性 | 中性 | 女性 | ||
単数 | ★ | -у/-ю | -ь | |
複数 | ★ |
★ 動物名詞は生格と、非動物名詞は主格と等しい。ロシア語において、動物名詞と非動物名詞の区別はここにしか表れない。
用法
語結合
- 名詞と : (なし)
- 動詞と : «直接目的語»
- 形容詞・副詞と : (なし)
- 前置詞と : (多数)
- 単独で : 時、場所
ただし、動詞との結合で «直接目的語» 以外の意味を表すこともあるし、対格を要求する副詞(無人称述語)も存在する。
基本的意味
対格の基本は、他動詞の補語として用いられ、«直接目的語» の意味を表す。日本語の「〜を」である。これをロシア語文法で言うと、直接補語ないし対格補語と呼ぶ。なおロシア語では、他動詞とは対格補語をとる動詞のことを言う。対格以外の斜格を補語とする動詞は、そもそも補語をとらない動詞ともども、非他動詞とされる。
問題は、日本語の «直接目的語» 「〜を」と、ロシア語の直接補語と、ふたつの概念が微妙にズレることである。ゆえに単純に対格 = 「〜を」と考えることはできない。
«直接目的語»
対格の基本的な用法は、«直接目的語» の標示である。
- чита́ть кни́гу 「本を読む」
- бро́сить мя́ч 「ボールを投げる」
- ры́ть я́му 「穴を掘る」
- ши́ть пальто́ 「コートを縫う」
- говори́ть ре́чь 「話を話す」
- обду́мывать пла́н 「計画を熟考する」
- пе́ть рома́нсы 「ロマンスを歌う」
ただしこのような動詞が名詞化すると、«直接目的語» は対格ではなく生格となる(生格参照)。
日本語とのズレ
問題は次の3点である。
- «直接目的語» を対格以外の斜格で示す выпить воды, ждать счастья, не смотреть фильма
- «直接目的語» らしきものを対格以外の斜格で示す помочь ему, править страной
- «直接目的語» らしからぬものを対格で示す встретить его, поздравить его с днём рождения
1 は生格の用法の問題である(生格参照)。
2 と 3 は実は同じことで、根本的には、日本語における «直接目的語» とロシア語における直接補語(対格補語)との認識にズレがあるために生じる。代表的な例が учить 「教える」であろう。日本語では「人にモノを教える」だが、ロシア語では учить кого чему である(この кого は対格)。日本語では「人」が «間接目的語»、「モノ」が «直接目的語» となるが、ロシア語では感覚的に逆で、「人」が対格、「モノ」が与格となる。言うならば、「人をモノに教える」ということになるだろうか。
この問題の解決法はふたつ。ロシア語的な «直接目的語» の認識を自分のものとするか、個々の動詞の支配として暗記するか。
以下、いくつか例を挙げてみる。ただしこれには日本語における表現の問題もからむので、以下の分類は厳密なものではあり得ない。
- «直接目的語» らしきものを対格以外の斜格で示す
- 与格
- 感情の対象
- ве́рить дру́гу 「友人を信じる」
- зави́довать чужо́му успе́ху 「他人の成功を羨む」
- ра́доваться пода́рку 「プレゼントを喜ぶ」
- マイナスを与える対象
- грози́ть ребёнку 「子供を脅す」
- измени́ть ро́дине 「祖国を裏切る」
- надое́сть учи́телю 「先生をうんざりさせる」
- その他
- насле́довать дя́де 「叔父を継ぐ」
- подража́ть отцу́ 「父をまねる・手本にする」
- поклоня́ться красоте́ 「美を讃嘆する」
- 感情の対象
- 造格
- 打撃の手段
- би́ться голово́й о́б стену 「壁に頭をぶつける」
- броса́ть в него́ ка́мнем 「かれに石をなげつける」
- уда́риться руко́й о две́рь 「手をドアにぶつける」
- 支配の対象
- владе́ть языко́м 「言葉をあやつる」
- по́льзоваться компью́тером 「コンピューターを使う」
- управля́ть подво́дной ло́дкой 「潜水艦を操縦する」
- その他
- горди́ться сы́ном 「息子を自慢する」
- занима́ться му́зыкой 「音楽をやる・習う」
- маха́ть руко́й 「手を振る」
- 打撃の手段
- 前置詞+斜格
- 告白・宣誓の内容
- кля́сться же́нщине в ве́чной любви́ 「女性に永遠の愛を誓う」
- призна́ться де́вушке в любви́ 「女の子に愛を打ち明ける」
- созна́ться ма́тери во лжи́ 「母親に嘘を白状する」
- 打撃の対象
- би́ть кулако́м по́ столу 「拳でテーブルを叩く」
- стреля́ть в пти́цу из винто́вка 「ライフルで鳥を撃つ」
- уда́рить раке́ткой по мячу́ 「ラケットでボールを打つ」
- その他
- оде́ться в пальто́ 「コートを着る」
- отказа́ть ма́ме в про́сьбе 「ママの頼みを断る」
- смотре́ть на него́ 「かれを見る」
- 告白・宣誓の内容
- 与格
- «直接目的語» らしからぬものを対格で示す
- благодари́ть судьбу́ 「運命に感謝する」
- победи́ть врага́ 「敵に勝つ」
- тро́гать плечо́ 「肩に触れる」
- 対格と斜格の入れ替わり
- 対格 ⇔ 与格
- учи́ть дете́й ру́сскому языку́ 「子供たちにロシア語を教える」
- 対格 ⇔ 造格
- корми́ть ребёнка ка́шей 「子供に粥を食べさせる」
- обеспе́чить семью́ проду́ктами 「家族に食料品を確保する」
- поли́ть цветы́ водо́й 「花に水をやる」
- 対格 ⇔ 前置詞+斜格
- убеди́ть больно́го в необходи́мости опера́ции 「病人に手術の必要性を納得させる」
- уве́рить дру́га в свое́й правоте́ 「友人に自分の正しさを信じさせる」
- 「〜の」
- взя́ть сы́на за́ руку 「息子の手を取る」 ⇔ взя́ть сы́на 「息子をつかむ」
- обня́ть дру́га за пле́чи 「友人の肩を抱く」 ⇔ обня́ть дру́га 「友人を抱きしめる」
- уважа́ть его́ за благоро́дство 「かれの気高さを尊敬する」 ⇔ уважа́ть его́ 「かれを尊敬する」
- 対格 ⇔ 与格
上述のように、この問題は日本語における表現の問題ともからむので、このリストは完全ではあり得ない。たとえば「«直接目的語» らしきものを対格以外の斜格で示す」として изменить родине を例に挙げているが、「祖国を裏切る」と訳しているからここにリストアップされるのであって、もしこれを「祖国に背く」と訳せば、「祖国に」と родине という与格とちゃんと対応している。уважать его за благородство も、「気高さゆえにかれを尊敬する」と訳せば何の問題もない。ロシア語と日本語との対比はおしなべてかくのごとく流動的である。重要なのは、表面的な訳語の問題に囚われず、格のあり方や動詞の本質を的確に把握することである。
ひとつ原則を言うと、ся 動詞は対格を支配することはない。-ся は元は себя である。すなわちこれ自身が対格補語である。ゆえに、対格補語を取り得ないのである。これらが「〜を」という «直接目的語» を取る場合には、радоваться(与格)、заниматься(造格)、одеться(前置詞+斜格)のように、対格以外のものと結合せざるを得ない。
数量
«直接目的語» ではないにもかかわらず、動詞が対格を要求することがある。数詞を要求する動詞である。と言っても、基本的には次のふたつ。
- Пальто́ сто́ило ты́сячу рубле́й. 「コートは千ルーブリした」
- Гру́з ве́сит то́нну. 「積荷は1トンある」
同様に、名詞との結合においても、数量を表す名詞・数詞が対格になる場合がある。度量衡の単位を表す名詞と結合する場合である。
- гора́ высото́й 8 000 ме́тров 「高さ8000メートルの山」
- де́рево диа́метром де́сять ме́тров 「直径10メートルの木」
- са́д пло́щадью три́ гекта́ра 「面積3ヘクタールの庭園」
- стена́ толщно́й пя́ть сантиме́тров 「厚さ5センチの壁」
- со ско́ростью сто́ киломе́тров в ча́с 「時速100キロのスピードで」
- при температу́ре со́рок гра́дусов моро́за 「零下40度の気温で」
この用法は、本来は в という前置詞の用法である。それが崩れて、в が略されるようになったのが上掲の例文である。よって本来の文法的には「間違い」と言うべきだが、こんにちでは普通に使われている。本来の形は以下の通り。
- гора́ высото́й в 8 000 ме́тров
- де́рево диа́метром в де́сять ме́тров
- са́д пло́щадью в три́ гекта́ра
- стена́ толщно́й в пя́ть сантиме́тров
- со ско́ростью в сто́ киломе́тров в ча́с
- при температу́ре в со́рок гра́дусов моро́за
в が省略されるかされないか、微妙な揺らぎがある。大雑把な傾向としては次のとおり。
- высотой、скоростью など単位が造格の場合は省略する
- ただし сад, площадью のように名詞と単位との間にコンマが入る場合は省略しない
- また тонну、тысячу など女性単数対格の場合も省略しない
よって、次のような場合は в は省略されないのが普通である。
- длина́ в три́ ме́тра, ширина́ в пя́ть ме́тров, высота́ в во́семь ме́тров 「縦3メートル、横5メートル、高さ8メートル」
- Байка́л, глубино́й в 1 620 м., явля́ется са́мым глубо́ким о́зером в ми́ре. 「バイカルは、水深1620mで、世界で最も深い湖である」
- гру́з ве́сом в то́нну 「重さ1トンの積荷」
さらに、単位以外の普通の名詞と結合する場合にも、この в は省略されない。
- пальто́ в ты́сячу рубле́й. 「1000ルーブリのコート」
- купю́ра в сто́ до́лларов 「100ドル札」
- де́вушка в два́дцать ле́т 「20歳の女の子」
- до́м в два́дцать этаже́й 「20階建てのビル」
- ко́мната в два́ окна́ 「窓が2つある部屋」
- ста́до в ты́сячу коро́в 「牛1000頭の群れ」
時
こんにち、対格が単独で(動詞や前置詞を伴わずに)表現する時はふたつ。
- 期間
- отдыха́ть две́ неде́ли 「2週間(のあいだ)休む」
- жда́ть це́лую зи́му 「まる1冬(のあいだ)待つ」
- Пя́тый де́нь она́ не выхо́дит на рабо́ту. 「今日で5日(のあいだ)彼女は仕事に来ない」
- О́н проспа́л ве́сь спекта́кль. 「劇の上演中ずっとかれは眠っていた」
- Мину́тку. 「一分間 ⇒ ちょっと待って」
- 反復
- встреча́ться ка́ждый де́нь 「毎日会う」
- повтори́ть два́ ра́за 「2度繰り返す」
- Ра́з о́н посеща́л в Черно́быль. 「1度(かつて)かれはチェルノブィリを訪れたことがある」
「期間」と言っても、4番目の例文のように、ある一定時間を表し得る名詞をそのまま流用する場合もある。
また「反復」と言っても、最後の例文のように、たった1回でも可である。あるいはこれは раз という単語の用法と考えてもいい。
距離
移動を意味する動詞、すなわち移動の動詞およびその派生語とともに用いられると、対格は移動した距離を表す(日本語と同じである)。
- пройти́ три́ киломе́тра 「3キロを歩く」
- Всю́ доро́гу она́ шла́ мо́лча. 「道中ずっと彼女は黙って歩いていた」(上記「期間」とも関連)
対格を支配する単語
動詞
対格を要求する動詞は山ほどあり、しかも通常は «直接目的語» という観点から、日本人にも常識的にわかる。問題は、上述のように、日本語の «直接目的語» とロシア語の対格補語との間にズレが生じる場合であるが、これは日本語訳の問題とも絡むので、ここでは省く。
以下、対格補語をとる無人称動詞を挙げる。無人称動詞であるから、いずれも主語なし。言わば対格が主語。
- зноби́ть меня́ 「わたしは寒気がする」
- лихора́дить меня́ 「わたしは寒気がする」
- рва́ть меня́ 「わたしは嘔吐する」
- тошни́ть меня́ 「わたしは吐き気がする」
形容詞・副詞
いくつかの述語副詞に、対格を要求するものがあるが、これらは例外的なものである。
- Отсю́да ви́дно кре́мль. ⇔ Отсю́да ви́ден кре́мль. 「ここからはクレムリンが見える」
- Жа́ль ко́шку. 「猫がかわいそう」
- На́м ну́жно ты́сячу рубле́й. ⇔ На́м нужна́ ты́сяча рубле́й. 「わたしたちには1000ルーブリが必要だ」
- Слы́шно пе́сню. ⇔ Слышна́ пе́сня. 「歌が聞こえる」
対応する形容詞を持たない жаль を除き、述語副詞+対格(前)ではなく形容詞短語尾+主格(後)の方が一般的。
前置詞
- 根源的前置詞 : в, за, на, о, по, под, про, с, сквозь, через
- 派生的前置詞 : включая, спустя, считая, несмотря на, невзирая на, ...