ロシア語概説:短語尾

краткая форма имён прилагательных и причастий

«短語尾» とは、形容詞の語尾の一形態。形動詞にもある(ただし受動形動詞のみ)。
 格変化を示す変化語尾を失った形が短語尾である。変化語尾を保った形を «長語尾 полная форма имён прилагательных» と呼んで対比させる。
 変化語尾を持たない以上、短語尾は格変化はできない。ただ性、数に応じて語尾が変化する。格変化できない以上、短語尾は定語(修飾語)にはなり得ず、常に述語として用いられる。

長語尾短語尾備考
もと性質形容詞
関係形容詞×
所有形容詞×
順序数詞×
代名詞×ただし таков、каков はもともとは短語尾
能動形動詞×
受動形動詞現在はまれだが、過去は多用される(受動相)
形態性・数どちらも修飾する名詞の性・数に応じて語尾変化する
×短語尾は格変化できない
力点の移動×必ず、ではないが、短語尾では多く力点が移動する
用法定語×短語尾は定語にはなれない
述語どちらも述語になる

 このように、短語尾は性質形容詞と受動形動詞にしか存在しない。
 しかし、性質形容詞と受動形動詞のすべてが短語尾を持つかと言うと、そうでもない。たとえば性質形容詞でも、-ск- の接尾辞を持つものからは音韻論上短語尾がつくれないし、程度を表す пре- や раз-/рас- といった接頭辞がつくものは語義的に短語尾を持てない。受動形動詞でも、受動形動詞現在が短語尾で使われることはこんにちほとんどないと言っていい。

 逆に、長語尾を持たない形容詞、すなわち、短語尾しか持たない形容詞もわずかながら存在する。代表例が、ра́д である(до́лжен も含められることがあるが、до́лжный という長語尾が存在する。もっとも意味・用法がまったく異なるので、事実上別個の単語となっている)。

形態

 短語尾は述語にしかならない。このため、格変化する必要がなく、主語を識別する性・数による変化があるだけである。

男性女性中性複数
硬変化
軟変化

 もちろん正書法の規則にも基づき、必ずしも硬軟により上記のように画然と区別されるわけではない。
 ちなみに、中性形は、形容詞から派生的につくられた副詞と同じ形になる(そのような副詞が存在すれば)。ゆえに、文法的には、形容詞短語尾中性なのか副詞なのかの区別が重要になる。

語幹の変化

 いくつかの短語尾では長語尾と語幹が異なる場合がある(以下、例外もあり得る)。

 このほかに、男性のみ о/е の出没母音が現れることが多い。ни́зкий ⇒ ни́зок, тёмный ⇒ тёмен

アクセント位置の移動

 アクセントの移動については、次のようにパターン化することができよう。

ただし、以下のような事例があり、現実にはこのように単純に三分割することはできない。

用法

 短語尾は述語にしかなり得ない。この点で、定語にもなり得る長語尾と決定的に異なる。

 形動詞は原則として短語尾しか使われない。これは、述語として受動形動詞を使うのは原則的に受動相を表す場合だけだからである(受動相は短語尾で表現される)。

 形容詞は長語尾でも短語尾でも使われる。ゆえにその使い分けを理解しておく必要がある。
 一般的な教科書などでは「短語尾は文語」と説明されることが多いが、これは必ずしも正しくない。ра́д のような短語尾しかない形容詞だけでなく、гото́вый や живо́й なども口語で頻繁に短語尾が使われる。長語尾と短語尾の使い分けは単語ごとに異なる、という側面もあることを弁えるべきであろう。

  1. 述語として長語尾も短語尾も使うもの
    1. 文体 : 短語尾では特殊な文体的ニュアンスが生じる
        краси́вый, ...
    2. 文脈 : 下記用法(特に 2 と 3)に応じて使い分ける
        дешёвый, дорого́й, ма́лый, ни́зкий, тяжёлый, ...
    3. 語義 : 短語尾と長語尾では辞書的な意味がまったく異なる
        ви́дный, живо́й, свобо́дный, пра́вый, ...
  2. 述語として短語尾しか使わないもの
       больно́й, гото́вый, дово́льный, за́нятый, наме́ренный, уве́ренный, ...

 ただしこの分類は主観的であり、厳密に区別できるものではない。
 хоро́ший は短語尾が比較的頻繁に用いられる形容詞だが、«Кварти́ра хоро́шая.» と «Кварти́ра хороша́.» では上記 2. 文脈により使い分けられる(「部屋は良い」)。他方、«Всё хорошо́.» とは言っても «*Всё хоро́шее.» とは言わないが、意味は同じである(「万事OK」)。しかし «О́н хоро́ш собо́й.» と言えば意味がまるで異なる(「かれはハンサムだ」)。この場合も «*О́н хоро́ший собо́й.» とは言わない。このようにひとつの単語でも、語義によって長語尾を使うか短語尾を使うか異なる場合も少なくない。
 究極的には、経験の中から個々の形容詞、およびその語義について短語尾で使われる頻度や傾向を覚えていくしかない。

 短語尾の用法は、長語尾と対比させて理解するのが良かろう。

長語尾短語尾
1文法補語なし補語あり
2意味恒常性一時性
3絶対性相対性
4緩和強調
5文体話し言葉書き言葉

1 補語あり vs 補語なし

 補語を伴う場合は短語尾が好まれる。特に書き言葉において顕著で、ある文体論の教科書では「書き言葉では補語がある場合に長語尾を使ってはならない」とまで書いてあった。
 すなわち、«*Я́ согла́сный с тобо́й.» は書き言葉では許されないし、話し言葉でもまず間違いなく使われない。«Я́ согла́сен с тобо́й.» がどのような場合でも一般的である。«Каспи́йское мо́ре бога́то ры́бой.» でも長語尾が使われることはないが(会話でも)、これまた рыбой という補語があるからだ。別に、以下に説明されるような短語尾の特殊なニュアンスを表現しているわけではない。
 よって、以下、補語を伴わない場合の使い分けについて説明する。

2 恒常性 vs 一時性

 長語尾は主語の本来的・本質的な特性を表す。これに対して短語尾は、一時的な状態を示す。
 здоро́вый は「健康な」という意味である。ゆえに «О́н здоро́вый.» と言えば、これはかれの本質的な特性を示しているので、「かれという人間は健康な人間だ」という意味である。ところが «О́н здоро́в.» は一時的な状態を示す。かれが本来健康な人間であるかどうかは問題ではなく、「いま現在病気をしていない」ということを言っているにすぎない。ゆえに、«*Больно́й здоро́вый.» という文は意味をなさないが、«Больно́й здоро́в.» であれば「病人はいま現在は元気だ」という、何の問題もない文になる。«Жена́ здоро́вая.» だと「うちの妻は頑丈だ」だが、«Жена́ здоро́ва.» なら「妻は息災です」という意味になる。
 この用法については、辞書では長語尾と短語尾とで意味が異なるとしているものも少なくない。代表例が живо́й であろう。«О́н живо́й.» は「かれは生き生きしている」、「活動的な、活気に満ち溢れた人間だ」という意味だが、«О́н жи́в.» では「かれは生きている」、「まだ命がある」という意味になる。もっとも、長語尾と短語尾でここまで明確に意味が異なる場合はむしろ少なく、必ずしも辞書に違いが明記されているとは限らない。しかし長語尾が本質的な特性を、短語尾が一時的な状態を示すという原則を弁えていれば、たいていの場合は問題がない。«Па́па пра́вый.» は本質的な特性を述べているので、「パパは正義の人よ」であろう。これに対して «Па́па пра́в.» は一時的な状態を示しているので、パパが正義か悪かは問題ではない。ただ「いまパパのやったこと・言ったことは正しい」という意味である。「パパの言うとおりよ」というような場合にはこの短語尾を使う。

3 絶対性 vs 相対性

 長語尾は絶対的な評価、短語尾は相対的な評価を表す。

─ Да́йте, пожа́луйста, кни́гу о восста́нии рабо́в. 「奴隷蜂起についての本をください」
─ Возьми́те рома́н «Спарта́к». 「『スパルタクス』という小説をどうぞ」
─ Э́та кни́га интере́сная? 「この本は интересная ですか?」
─ Да́, весьма́ интере́сна. 「ええ、極めて интересна ですよ」

 この会話では、まったく同じ状況で長語尾と短語尾が使い分けられている。まず長語尾は絶対的な評価を示すので、聞き手は「この本の絶対的な評価は интересная ですか?」と聞いている。一方で短語尾は相対的な評価を示すので、答え手は「この本は相対的な評価として интересна です」と答えているわけである。それは「わたしにとっては」かもしれないし、「あなたのような職業の人にとっては」かもしれない。場合によっては「道中の暇つぶしとしては」かもしれない。
 «О́н молодо́й.» が示すかれの年齢は、たとえば幼児であったり、ティーンエイジャーであったり、あるいはせいぜい20代。いまの日本社会であれば30代もアリかもしれない。他方、«О́н мо́лод.» はかれの年齢を一切示していない。あくまでも相対的な評価であるから、「誰かと比べて」、あるいは「何かに比べて」若いということである。もちろん、純粋に「彼女に比べてかれは若い」という場合には比較級を使う。しかし「彼女のような女性とつきあうにはかれはまだ若すぎる」というような場合には «О́н мо́лод.» と言う。
 «Пальто́ ма́лое.» は絶対的な評価であるから、たとえば幼児向け、ホビット向け、バービー人形用の外套ということである。これに対して «Пальто́ ма́ло.» は相対的な評価であるから、たとえばデパート等で「これじゃ(わたしには)小さすぎるからほかの持ってきて」と言うような場合に用いる。このため、しばしば与格とともに用いられる。«Пальто́ мне́ ма́ло.»。

4 緩和 vs 強調

 形容詞の中には、短語尾で使われると断定的・強調的なニュアンスを持つ場合がある。これに対して長語尾は、否定的な意味の形容詞の場合、その否定の意味合いを薄める。
 『三人姉妹』では、オーリャが «Ты́, Ма́ша, глу́пая.» と言えば、マーシャが «Э, глу́пая ты́, О́ля.» と返している。仲のいい姉妹同士であるから、「あんたおバカさんねぇ」といった感じだろうか。長語尾であるから、「愚か」という否定的な意味合いが薄れているのである。逆に、«Ты́ глупа́.» の場合は否定的な意味が薄れるどころか強調されているので、ふたりの仲はかなり険悪な感じになってしまう。「あんたバッカじゃないの」、「あんたこそバカよ」という罵り合いであろう。
 良い意味を持つ形容詞では、短語尾に特殊なニュアンスが加わることがある。«Ты́ хоро́ший.» が「きみはいい人だ」というニュートラルな意味合いで使われるとしたら、«Ты́ хоро́ш.» には「お前さんはご立派だよ」といった皮肉のニュアンスが加わることがある。

5 会話的 vs 文章的

 文体論から言うと、短語尾には文章的なニュアンスがある。長語尾には特段のニュアンスはないが、会話的なニュアンスを持つことが多い。
 «Отве́ты ясны́.» が普通に使われるのは論文や公文書などで、会話はもちろん、一般的な手紙などでも使われることは少ないと思われる。これに対して «Отве́ты я́сные.» には特段のニュアンスがないので、あらゆる場面で使うことが可能である(が、論文や公文書は硬い言い回しを好むのでやはり短語尾が使われる)。
 たとえば天気に関する話題などは、会話でしか見られない。ゆえに天気については短語尾が使われることはない。«Пого́да хороша́.» はかなり特殊で、知人と単に挨拶を交わすような場面で使うべき言い回しではない。天候については長語尾 «Пого́да хоро́шая.» である。
 しかしこのような文体的区別は絶対的なものではない。«Кто́ винова́тый?» と «Кто́ винова́т?» の場合、文体的に特徴があるのはむしろ長語尾の方で、会話で一般的に使用されるのは短語尾である。

補足

 ちなみに上記の順序は、優先順である。長語尾を使うべきか短語尾を使うべきか、まず第一に考慮すべきは文法的要請(補語を伴うか否か)であり、文体ではない。多くの教科書はこの点を間違えている。次に一時性や相対性といった意味を表現したいか否かだ。ここでは、形容詞ひとつひとつの語義や使い方も問題となってくる。

 慣用句などでは長語尾か短語尾かが決まっている。«О́н на́ руку тяжёл.» では短語尾を使うが、«У него́ рука́ тяжёлая.» となると長語尾である(意味はどちらも「かれは手が早い」)。«Бу́дь здоро́в!» (「お大事に」)を長語尾で使うことはあり得ない。
 慣用句ではないが、ある種の言い回しをする場合には長語尾か短語尾かが慣習的に決まっているものもある。красивый はめったに短語尾で使われることがないが、«Де́вушка молода́ и краси́ва.» のような場合は短語尾の方が一般的である(「この女の子は若くて美しい」)。

 また、文体的な要請もあるが、倒置では短語尾しか使われない。«Широка́ страна́ моя́ родна́я» などがそうである(「広きかな 我が母なる国は」)。もし «Широ́кая страна́...» としてしまったら形容詞は述語ではなく定語になり、「広い国」になってしまう。

 最後に、次の3つを比べてみよう。

  1. О́н бы́л молодо́й.
  2. О́н бы́л молоды́м.
  3. О́н бы́л мо́лод.

 1 はあまりよろしくない。過去時制・未来時制において быть という連辞が使われた場合、合成名辞述語 был молодой の名辞部分は主格 молодой、造格 молодым のどちらもあり得るが、主格は恒常性、絶対性を表す。「若い」というのは一時的・相対的なものだから、主格 молодой はふさわしくない。
 すなわち、2 と 3 は同義である。どちらも一時性、相対性を表現している。ただし一般的には 3、すなわち短語尾 молод が使われる傾向が強い。
 ただし、

  1. О́н оказа́лся молоды́м.
  2. О́н оказа́лся мо́лод.

であれば、1 の方が一般的である。問題は使われている連辞にある。быть 以外の連辞が使われている場合は、短語尾よりも長語尾造格の方が好まれる。
 また、

  1. Она́ была́ краси́вая.
  2. Она́ была́ краси́вой.
  3. Она́ была́ краси́ва.

は、理屈からすれば一時性を示しているのだろうから短語尾を使った 3 がふさわしいということになろうが、この場合は一般的に長語尾主格を使った 1 である。「一時的に美しかった」(つまりいまは美しくない)というのは失礼だからだろう。красивый がめったに短語尾で使われないというのは、こんな理由もあるのかもしれない。

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最終更新日 17 01 2013

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