И10:修飾語としての形容詞比較級
名詞を修飾する形容詞は、性・数・格において名詞と一致しなければならない。ところが比較級は格変化できない。つまり、比較級は名詞を修飾できない。
しかし比較級が修飾語として使えないでは話にならないので、次のような解決策がある。
- 別の形の比較級を使う。 ⇒ 複合型
- 文法を無視してしまう。
1. については後述するので、ここでは 2. について見ておこう。
「文法を無視する」とはいささか乱暴な言い方だが、要するに、名詞を修飾できないはずの形容詞比較級を使って名詞を修飾させてしまう、ということだから「文法を無視している」と言ってもいいだろう。少なくとも規範文法からは外れた用法であり、ゆえに入門書のたぐいには載っていない。
規範文法から外れているので、ここでも簡単に紹介するにとどめる。とはいえ、口語、特に日常会話ではよく見られる使い方なので、いまの段階で知っておくべきである。
「文法を無視する」とはいえ、次のような規則がある。
- 修飾される名詞は、たいていが主語(主格)か目的語(対格)。
- 修飾される名詞は、文末に置かれる。
- 修飾する形容詞比較級は、修飾される名詞のさらに後に置かれる(つまり語順が逆転して「形容詞+名詞」ではなく「名詞+形容詞」になる)。
さらに、日常会話で見られる現象であるから、比較級は、より口語的な形の方が好まれる。つまり、
- パターンA(-ее)とパターンB(-е)両方を持つ形容詞の場合、パターンB。
- パターンAでは、語末が -ее よりも -ей。
- パターンAであれBであれ、接頭辞 по- を付加。
#195 比較級で名詞を修飾するのは日常会話表現。この場合、比較級は名詞の後に置く。
немно́го(副詞)ちょっと・少し・わずかに
нахо́дчивый /нахоччивый/(形容詞)機転の利く・機知に富んだ
- Да́йте мне́ боти́нки побо́льше. 「もう少し大きい靴ください」
⇔ Да́йте мне́ больши́е боти́нки. 「大きい靴ください」 - Покажи́те мне́ пла́тье немно́го светле́е. 「もう少し明るい色のドレス見せてください」
⇔ Покажи́те мне́ све́тлое пла́тье. 「明るい色のドレス見せてください」 - Расскажу́ тебе́ но́вость ещё интере́снее. 「もっとおもしろいニュース聞かせてやるよ」
⇔ Расскажу́ тебе́ интере́сную но́вость. 「おもしろいニュース聞かせてやるよ」 - Я́ не встреча́л челове́ка нахо́дчивей, чѐм на́ш води́тель. 「わたしは、うちの運転手より機転の利く人は見たことがない」(レオーノフ)
⇔ Я́ не встреча́л нахо́дчивого челове́ка. 「わたしは、機転の利く人は見たことがない」
以上、ここまで見てきた比較級の形態は、次のように分けることができる。
述語 | 修飾語 | |
---|---|---|
形容詞 | 単純型 | 単純型(文法違反) 複合型 |
副詞 | 単純型 | 単純型 |
このように、修飾語として使われる形容詞比較級だけが、用法が特殊である。
比較の意味を持つ形容詞
ごく一部に、比較の意味を持つ形容詞がある。これは、そのままで修飾語として使うことができるから、文法を無視する必要がない。
もとの形容詞 | 比較級 | 比較の意味を持つ形容詞 | |||
---|---|---|---|---|---|
大 | большо́й | ⇒ | бо́льше | ⇒ | бо́льший より大きい・多い |
小 | ма́ленький(ма́лый) | ме́ньше | ме́ньший より小さい・少ない | ||
良 | хоро́ший | лу́чше | лу́чший より良い|最良の(比較級と最上級両方の意味を持つ) | ||
悪 | плохо́й | ху́же | ху́дший より悪い|最悪の(同上) | ||
老 | ста́рый | ста́рше | ста́рший 年長の(意味は年齢に限定) | ||
若 | молодо́й | моло́же | мла́дший 年少の(同上) | ||
高 | высо́кий | вы́ше | вы́сший 最高の(意味は比較級ではなく最上級) | ||
低 | ни́зкий | ни́же | ни́зший 最低の(同上) |
※высший および низший の -сш- と -зш- は、いずれも -шш- /ȿː/ と発音する。
приду́мать(完了体動詞) ⇔ приду́мывать(不完了体動詞)対格を考え付く・考え出す
- Бо́льшая ча́сть террито́рии РФ нахо́дится в А́зии. 「ロシア連邦の領土の大部分はアジアにある」
- большо́й と бо́льший とを、前後の文脈から区別できるように。このように、形の上からの区別が不可能な場合が多々ある。もっとも、そのような場合には、印刷物でもアクセント記号がふられることが多い。
- большо́й と бо́льший とでは、変化語尾が微妙に異なる。つまり正書法に基づき、ш の後にアクセントのない о を書いてはいけないからである。
- часть 「部分」は常に比較級とともに用いられる(*больша́я ча́сть という発音はあり得ない)。なぜなら часть は、たとえいくつあろうとも、常にほかと比べて大きいか小さいか、だからである。
- РФ は Росси́йской Федера́ции(生格)と読む。
- О́н прочита́л рома́н «Отцы́ и де́ти» с ме́ньшим интере́сом, чѐм «Геро́й на́шего вре́мени». 「かれは『父と子』を読んだが、『現代の英雄』ほどおもしろくなかった」
- 直訳をすれば、「かれは『父と子』を、『現代の英雄』よりも少ない興味とともに読み終えた」。
- Лу́чший пла́н и приду́мать невозмо́жно. 「これ以上いいプランは思いつかない」
- ここの и は強調の小詞。次の単語を強調するから、この場合は придумать である。強いて訳せば、「考え付くことも不可能だ」という感じか。
- 言うまでもないことながら、念のため。лучший план は主格ではなく対格。主語ではなく、придумать の目的語である。
- Воло́дя ─ лу́чший учени́к в кла́ссе. 「ヴォローデャはクラスで最優秀の生徒だ」
- Ли́за наде́ла своё лу́чшее пла́тье. 「リーザは自分の一番いいドレスを着た」
- Всего́ лу́чшего. 「さようなら」
- Ху́дшего не́т. 「これより悪いものはありません」
- ста́рший бра́т 「兄」
- ста́ршая до́чь 「長女」
- мла́дшая сестра́ 「妹」
- мла́дший сы́н 「末息子」
- вы́сшие о́рганы госуда́рственной вла́сти 「国家権力の最高機関」
- вы́сшее уче́бное заведе́ние 「高等教育機関」 = ву́з 「大学」
- ни́зшая температу́ра 「最低気温」