Д11:DすべきAがある
「ある・いる」、「ない・いない」の派生として、「Dすべきことがある・ない」、「Dすべき人がいる・いない」という言い方は、疑問詞を使った特殊な言い回しをする。
まずは、単純に図式化しよう。
Eには | Aがある・ない | Dすべき | ||
---|---|---|---|---|
ある | у+生格/与格 | есть | 疑問詞 | 動詞不定形 |
ない | 与格 | не́-+疑問詞 |
過去時制・未来時制は быть の変化形を使う。文法上は主語のない文なので、必ず単数三人称中性、すなわち、過去時制では было、未来時制では будет になる。
「ある」の場合は есть に代入。「ない」の場合は付け加える。
なお、純粋に文法的に言うと、ロシア語に «疑問詞» という品詞は存在しない。
- 代名詞
- 名詞的 : 名詞のように、文中での役割に応じて格変化。
- что́ 何
- кто́ 誰
- 形容詞的 : 修飾する名詞に性・数・格を一致させる。
- кото́рый どちらの・何番目の ※格変化の仕方は形容詞と同じ。
- како́й どの・どんな ※格変化の仕方は形容詞と同じ。
- че́й 誰の ※格変化の仕方が特殊(後述)。
- 名詞的 : 名詞のように、文中での役割に応じて格変化。
- 副詞 : 不変化。
- ка́к どんな
- когда́ いつ
- где́ どこで
- куда́ どこへ
- отку́да どこから
- почему́ なぜ(何が理由で・何を根拠に)
- заче́м なぜ(何を目的に・何のために)
- 数詞
- ско́лько
- 代名詞的 いくつ : 名詞のように、文中での役割に応じて格変化。
- 副詞的 どれだけ : 不変化。
- ско́лько
さらに言うと、すべての疑問詞に не́-+疑問詞があるわけではない(下記参照)。
что|кто
どちらも名詞的な使い方をする代名詞なので、名詞と同じように格変化する。ただし複数形は存在しない。
主格 | что́ /што/ | кто́ |
生格 | чего́ /чиво/ | кого́ /каво/ |
与格 | чему́ /чиму/ | кому́ |
対格 | что́ /што/ | кого́ |
造格 | че́м /чем/ | ке́м |
前置格 | чём /чом/ | ко́м |
文法的には、次のような特徴がある。意味とは無関係。
- что は単数中性。
- кто は単数男性。
EにはDすべきAがある
у+生格/与格 + есть/быть + 疑問詞 + 動詞不定形
「Eに」を表すのは、у+生格でも与格でもどちらでも構わない。
この場合の「疑問詞」は、動詞の支配に服する。つまり、たとえば動詞が生格を要求する場合は、疑問詞(что か кто の場合)は生格になる。
с(前置詞)造格とともに
к(前置詞)与格の方へ・向かって
- У ва́с е́сть кого́ уважа́ть? 「尊敬する人はいますか?」
- уважать「尊敬する」という動詞は対格を要求する。よって кого。
- Е́сть кому́ ве́рить. 「信じられる人がいる」
- верить「信じる」という動詞は与格を要求する。よって кому。
- У меня́ е́сть о чём ду́мать. 「わたしには考えるべきことがある」
- думать「考える」という動詞は何も要求しない。少なくともロシア語では「〜を考える」とは言わない。о+前置格「〜について」を使う。
- У тебя́ е́сть с ке́м разгова́ривать? 「お喋りをする相手がいるか?」
- разговаривать「お喋りをする」という動詞は何も要求しない。お喋りする相手を示すのが с+造格。話題を示すのが о+前置格。
- Мне́ е́сть к кому́ обрати́ться. 「わたしには話しかける・質問する・相談する・頼む相手がいる」
- обратиться「向く」という動詞は何も要求しない。種々の意味合いで用いられるが、基本の意味は「顔を向ける」。その方向を示すのが к+与格。
- У на́с бы́ло когда́ кури́ть. 「タバコを吸う時間があった」
- У меня́ е́сть где́ жи́ть. 「わたしには住む・泊まるところがある」
- Е́сть куда́ се́сть. 「座る場所がある」
- сесть「座る」は、где と куда とどちらもあり得る。本来的には、「座る」という動作は「どこそこへ」であるから、куда。ただし「どこそこで」という場合もあるので、その時は где。
EにはDすべきAがない
否定文では、
не́-+疑問詞
という、かなり特殊な単語を使う。
- 否定詞 : 存在を全面否定
- не́чего もの
- 動詞の目的語や補語・状況語になるだけで主語にはなれないので、主格はない。
- не́кого 人
- 同上。
- не́когда 時間
- не́где 場所(どこにも)
- не́куда 場所(どこへも)
- не́откуда 当て(どこからも)
- не́чего もの
- 前置詞は не́ と疑問詞の間に挟む。ゆえに、前置詞がある場合は、事実上ふたつの単語に分離する。が、その場合も疑問詞にアクセントは置かれない。
- 過去時制・未来時制では、не́-+疑問詞とは別に быть を挿入する。場所は前か後で、не́ と疑問詞の間に挟んではならない。
ちなみに нечего|некого は次のように格変化する。
主格 | ― | ― |
生格 | не́чего /нечива/ | не́кого /некава/ |
与格 | не́чему /нечиму/ | не́кому |
対格 | не́чего /нечива/ | не́кого /некава/ |
造格 | не́чем /нечим/ | не́кем |
前置格 | не́чем /нечим/ | не́ком |
посла́ть(完) ⇔ посыла́ть(不完)対格を発送・派遣する
дохну́ть(完) ⇔ ―(不完)息を吐く・(風が)吹く
шути́ть(不完) ⇔ ―(完)ふざける・冗談を言う
да́льше(形容詞・副詞)より遠い・遠く、さらに・その先・もっと
- Не́чего боя́ться. 「怖れるべきものは何もない」
- бояться「怖れる」という動詞は生格を要求する。
- Мне́ не́чего де́лать. 「わたしにはすべきことが何もない」=「手持ち無沙汰だ」
- делать「する」という動詞は対格を要求する。
- Посла́ть не́кого. 「派遣すべき人がいない」
- послать「派遣する」という動詞は対格を要求する。
- Не́чем занима́ться. 「やることがない」
- заниматься「従事している」という動詞は造格を要求する。
- Не́чем написа́ть. 「書くもの(鉛筆や紙など)がありません」
- написать「書く」という動詞は対格を要求する。しかしこの場合 нечем は造格なので、手段を表す。「何を書くか」、つまり書くべき内容がない場合は «Нечего написать.»。
- Мне́ не́ с кем игра́ть. 「ぼくには遊び相手がいない」
- Мне́ бы́ло не́ с кем разгова́ривать. 「わたしにはお喋りする相手がいなかった」
- Не́ о чем разгова́ривать. 「お喋りの話題がない」
- что の前置格は чём だが、この場合はアクセントの位置が не́ にあるので чем になっている。このため、前置格と造格とが形の上では見分けられない。
- Мне́ бы́ло не́ о чем жале́ть. 「わたしには惜しいものはなかった」
- жалеть「惜しむ」という動詞は、この場合は何も要求していない。少なくともロシア語では「〜を惜しむ」とは言わない。о+前置格「〜について」を使う。
- Не́кому гото́вить обе́д. 「昼食をつくってくれる人がいない」
- готовить「準備する」という動詞は対格を要求する。それが обед。ではこの場合 некому は何かと言うと、готовить という行為の主体「誰が」を示している。与格は、述語副詞の主体だけでなく、このように主語(主格)があってはいけない文の行為主体を示す。
- Дохну́ть не́когда. 「一息つくヒマもない」
- Сего́дня мне́ не́когда. 「今日はヒマがない」 = Сего́дня у меня́ не́т вре́мени.
- Мне́ не́когда шути́ть. 「わたしにはふざけているヒマなどない」
- Не́когда пообе́дать. 「お昼を食べる余裕がない」
- Не́где бы́ло се́сть. 「すわる場所がなかった」
- 上でも述べたように «Некуда было сесть.» も可。
- ─ Где́ мо́жно кури́ть? 「どこでタバコ吸えますか?」
─ Зде́сь не́где. 「ここは全面禁煙です(どこにもありません)」 - Да́льше не́куда. 「この先には(行ける場所が)ない」
- 1941年秋、モスクワ直前でナチス・ドイツ軍を迎撃したソ連兵たちの合言葉。「これ以上後退できない」という意味。
- Не́куда бы́ло ле́чь. 「横になる場所がなかった」
- У меня́ е́сть вре́мя; не́куда спеши́ть. 「時間はありますよ。急いで行かなくちゃいけないところもないので」
- Мне́ не́откуда взя́ть де́нег. 「わたしには金を借りる・もらう当てがない」