В12:複数について
複数というものについて、少々小難しい話をしておく。
複数形を持たない日本語のネイティヴとして気をつけるべきは、常に単数と複数とどちらを用いるべきか留意する必要がある、ということである。
「彼女は目が大きい」と言いたくて「彼女は гла́з が大きい」と言ったとしよう。これを聞いたロシア人は、「彼女の片目は大きい」という意味に受け取ってしまう。なぜなら глаз が単数形だからである。何らかの理由で片目である場合を除き、通常人には目はふたつ、つまり複数あるから、「彼女は глаза́ が大きい」が適切なロシア語である。
「わたしには自分の дома́ がある」を、単純に「わたしには自分の家がある」と理解してしまっては、この文が持つかなり特殊なニュアンスを逃してしまうことになる。дома́ は複数形である。ゆえにこれは、「わたしには自分の家が複数ある」と理解しなくてはならない。つまりこの人は、自宅を何軒も持っている大金持ちということになる(でなければ何らかの事情で複数の家庭を持っているか)。
このように、いかなる場合でも単数形なのか複数形なのかを考えていなければ適切なロシア語は使えない。
「数えられる名詞」と「数えられない名詞」
ロシア語には、英語のような、«加算名詞»、«不加算名詞» という区別はない。
«加算» とは「数えられる」という意味だから、加算名詞とは「数えられる名詞」、不加算名詞とは「数えられない名詞」という意味だ。
英語では、furniture(家具) というのは不加算名詞であり、数えることができない。ロシア語でも、ме́бель(家具) は、同じように数えることができない。と言うのも、furniture にせよ мебель にせよ、家具というものを集合的に捉えた単語だからである。机、椅子、ベッド、テーブル、本棚、タンスなどをまとめて呼ぶのが furniture であり мебель である。机や椅子、ベッド、テーブルなど個々の家具は、それぞれ「机」、「椅子」、「ベッド」などと呼べばいい。その意味で、furniture であれ мебель であれ、複数形などあり得ない。ところがその一方で、「我が家の家具」と「おたくの家具」のように捉えるならば、「家具」にも複数の概念はあり得る。ゆえに мебель も、そういう意味では複数があり得る(もっとも現実にはそのような使用法はめったにないが)。
вода́ は「水」という物質を表す名詞である。「水という物質」など数えることはできない。数えるとしたら、1リットル、2リットルなど、単位を数えるしかない。しかし「六甲の水」と「東京の水」、「エヴィアン」と「雨水」というようにその種類を考える場合には、数えることができるようになる。ゆえに во́ды という複数形をつくることができる。
このように、単数形を持つ名詞は、何らかの意味上の限定や変更は受けるかもしれないが、複数形をとり得る。逆に言うと、単数形と複数形で意味が異なる、という名詞も少なくない、ということだ。これは完全に意味によるものである。
#21 複数名詞・不変化名詞を除くあらゆる名詞は、形式上、複数形を取り得る。
複数名詞
これに対して、単数形を持たない複数形だけの名詞は存在する。
- 複数形にのみ特殊な意味があるもの : вы́боры 選挙 ⇔ вы́бор 選択、часы́ 時計 ⇔ ча́с 時
- 複数で初めて存在し得るもの : брю́ки ズボン、воро́та 門、кани́кулы 休暇、но́жницы ハサミ、очки́ メガネ、су́тки 一昼夜、трусы́ パンツ、штаны́ ズボン
- 外来語で、語末の母音が -ы/-и のもの(一部) : Афи́ны アテネ、де́ньги お金、макаро́ны マカロニ、ша́хматы チェス ※ただし、例えば такси́ は単数形(中性名詞)
- 意味からして複数しかあり得ないもの : де́ти 子供たち、лю́ди 人々
1. は、たまに勘違いする人がいるが、複数には「単数の複数」という意味もちゃんとある。
ча́с | 時 | − |
часы́ | 時計 |
しかも「時計」とは数えられるものであるから、часы́ という単語には
- 複数の時間
- 単数の時計
- 複数の時計
という都合3つの意味がある、ということになる。
2. には、そもそも単数形が存在しない。брю́ки で「ズボン1着」あるいは「ズボン数着」という意味だから、無理やり単数形にして брю́к* あるいは брю́ка* などとありもしない単語をでっち上げたとしても、何にもならない。
ではこの 1. と 2. を数えたい場合にはどうしたらいいか、だが、それについてはずっと先の方に行ってから学ぶことにしよう。文法的に少々複雑なので。
3. は、ロシア語の都合ではなく、外国語(ロシア人にとっての)の都合で複数名詞になってしまっているものだ。ギリシャの首都アテネは世界にただひとつだけだから、これが複数名詞というのはおかしな話だが、少なくとも形の上ではこれは立派な複数名詞なのである。
4. は、われわれ日本人には少し違和感を覚えるものだ。
確かに「子供たち」は複数しかあり得ない。そもそも日本語では、「こども」ですでに複数の意味だ。だから「子供たち」という日本語は、「子どもども」、あるいは「子たちたち」ということになる、変な日本語なのである。いずれにせよ、日本語でも「子供」というのはそもそも複数を表すのである。しかし実際には日本語の「子供」は単数を表し得る。だから、「うちには子供がひとりいます」とかいう場合に、ロシア語ではどう言えばいいか、頭を抱える日本人が多い。これは何ということはない。「うちには息子がひとりいます」か「うちには娘がひとりいます」と言えばいいだけの話だ。「通りをひとりの子供が走っていった」も、「男の子」か「女の子」と言えば済む。だからロシア語には、「性別不明の単数の子供」を表現する単語が存在しないのである。
「人々」も同様だ。単数の人間を言いたければ、「男」か「女」を使えばいい。すでに述べた、ロシア語は性の区別にうるさい、という特徴がこういうところにも表れてくる。
#22 複数形しか持たない名詞(複数名詞)が存在する。ただし意味は単数の意味も持つことがある。
不変化名詞
ロシア語には、語尾変化しない名詞が存在する。つまり、単数形と複数形で同じ形の名詞である。
これは単純に言うと、
- 外来語
- 略語
のふたつがある。
外来語は、語末の文字により、次の6タイプに分類することができる。
語末の文字 | 性 | 語尾変化 | |
---|---|---|---|
1 | 子音字 | 男性名詞 | する |
2 | -а, -я | 女性名詞 | |
3 | -ы, -и | なし(複数名詞) | |
4 | 中性名詞 | しない | |
5 | -о, -е | ||
6 | -у, -ю, -э |
ただしこの分類は絶対的なものではない。すでに見たように、ко́фе は -е で終わっているが男性名詞である。しかし不変化名詞である。
пальто́ はフランス語の paletot からきた外来語で、「コート」、「オーバー」を意味する。-о で終わっているので中性名詞だが、不変化である。ゆえに、複数形は пальта́* ではなく пальто́ のまま。
шоссе́ /шосэ/ もフランス語の chaussée からきた外来語で、「街道」を意味する。-е で終わっているので中性名詞だが、不変化である。ゆえに複数形は шосся́* ではなく шоссе́ のまま。