В02:わたしはAだ
「これはAだ」について見た。「これは」を別の言葉に替えてみよう。たとえば「わたしはAだ」。
- わたしは大統領だ。
- I am a president.
- Я президент.
3者の対応を見てみよう。
日本語 | わたし | は | 大統領 | だ | |
英語 | I | a | president | am | |
ロシア語 | Я | президент |
このように、「これはAだ」とまったく同じ構造である。
- 「〜だ」や「〜です」に相当する、いわゆる be 動詞は要らない。
- 冠詞も不要。
- ただ「わたし」に相当する単語と、「大統領」に相当する単語を並べるだけ。
#5 「わたしはAだ」、「君はAだ」なども、人称代名詞と名詞を並べるだけ。
「わたし」とか「おれ」、「君」、「あいつ」などを意味する単語を、文法用語では «人称代名詞» と呼ぶ。こんな文法用語は知らなくてもロシア語はできるが、学んでいく上では便利なので、覚えておいて欲しい。
人称代名詞について、詳しいことはいずれ学ぶが、ここではとりあえず次のことだけ覚えておこう。
- 一人称 : 話者ないし筆者自身を示すのは я。
- 二人称 : 話しかける相手ないし書簡などで呼びかける相手を示すのは ты。
- 三人称 : 一人称でも二人称でもない人を示すのは、男であれば он、女であれば она。「かれ」や「彼女」ならわかりやすいが、たとえば「あいつ」や「あの子」など性が不明な場合でも、必ず性に基づいて он か она を使い分ける。逆に言えば、性がわからなければ三人称の代名詞が使えない。
一人称の人称代名詞は、日本語には「わたし」、「おれ」、「ぼく」、「拙者」、「それがし」、「自分」、「わし」、「あっし」、「おいら」、「我輩」、「手前」等々、数限りなくあるが、ロシア語では я だけである。同様に、二人称の代名詞も ты だけだ。日本語の場合、「わたしは学生です」と「おれは学生だ」、「ぼくは学生です」等々、代名詞を使い分けることで微妙なニュアンスの違いを生むが、ロシア語ではそのようなニュアンスは表現不可能である。
なお、注意すべきは、日本語の「わたしはAだ」がそのままロシア語にならない場合が多々ある、という点である。
- わたしは会社員です。 ⇒ 「会社員」というのは、どこかの会社の一員である、という以上の意味を持たない。それはつまり、「どこぞの会社で働いています」ということだから、ロシア人は単純に「わたしは働いています」で済ます。「サラリーマン」も同様。
- わたしは専業主婦です。 ⇒ 「主婦」という意味合いの単語はある。しかし意味が必ずしも限定されないし、何より普通のロシア人は「わたしは主婦です」みたいな言い方をしない。ではどう言うかと言うと、「わたしは働いていません」と言う。
- わたしは美人だ。 ⇒ 「美人」という意味合いの単語はある。しかしこの文は「わたしは美しい」とイコールなので、ロシア語では普通「美人」という名詞ではなく「美しい」という形容詞を使う。
- わたしは20歳です。 ⇒ 年齢の言い方は、「わたしはAだ」とはまったく異なる文型になる。
- わたしは日本出身です。 ⇒ 「〜出身」は、英語でも from を使うが、前置詞+名詞になる。
単純化して言えば、Aが名詞でなければこの文型は使えない。またAが名詞であっても、「主婦」とか「美人」のように、ロシア語では普通は別の言い方をする、ということもある。これはもう個々の単語の使い方ともかかわるので、いちいち辞書で確認するしかない。
要するに、「日本語がどうなっているか」ではなく、「こういう場合にロシア語ではどう言うか」が重要なので、「わたしはAだ」にしても一律にはいかない、ということは認識しておく必要がある。
性による区別
同じ「わたしはAだ」でも、男の場合と女の場合で「A」に相当する単語が微妙に違うことがある。
一人称 | 二人称 | 三人称 | |
---|---|---|---|
男 | Я́ студе́нт. 「ぼくは大学生だ」* | Ты́ актёр? 「君は俳優?」 | О́н япо́нец. 「かれは日本人だ」 |
女 | Я́ студе́нтка. 「わたしは大学生よ」* | Ты́ актри́сса? 「君は俳優?」 | Она́ япо́нка. 「彼女は日本人だ」 |
ロシア語の студе́нт の意味は、大学生に限定される。小中高には、別の言葉を使う。この区別は厳密なので、間違えないように。
このように、人を表す名詞の中には、男と女で語尾が違うものがある。これは実は、ロシア語文法の根幹をなす規則とかかわりがあるので、より詳しくは後で確認することにする。ただ、次の点はしっかり覚えておこう。
#6 ロシア語は性の区別にうるさい。
もっとも、性の区別にうるさいのはロシア語だけではない。
- フランス語
- 男 : Je suis un étudiant.
- 女 : Je suis une étudiante.
- ドイツ語
- 男 : Ich bin ein Student.
- 女 : Ich bin eine Studentin.
いずれも「わたしは大学生だ」という文だが、このように、ヨーロッパの言語ではたいてい、男か女かで表現が異なる。
ただしこれは、すべてにあてはまるわけではない。たとえばロシア語には「女性の大統領」を表す単語が存在しない。男性も女性も無関係に президе́нт を使う。だから、世界には何人も女性の大統領はいたし、現在でもいるが、彼女たちが名乗る時には、男性と同じく «Я́ президе́нт.» と言うしかない。
#7 「わたしはAだ」のわたしとAとで、性は基本的に一致する。やむを得ない場合(名詞が性を区別しない場合)にのみ性は不一致。
以下、いくつか例を挙げてみるが、主語が я でなく ты でも он や она でも同じことである。
男 | 女 | |
---|---|---|
わたしは小中高校生です* | Я́ шко́льник. | Я́ шко́льница. |
わたしはジャーナリストだ | Я́ жу́рналист. | Я́ жу́рналистка. |
わたしは医者だ | Я́ вра́ч. | |
わたしはエンジニアだ | Я́ инжене́р. | |
わたしは公務員だ | Я́ чино́вник. |
ロシアでは小中高を区別しない。基本的にロシアでは6歳から17歳まで一貫教育であるから、同じ学校に通う。だからそもそも小学校、中学校、高校の区別がない。