さて、実際にロシア語を口に出してしゃべるとなると、しゃべり方が重要になる。発音はすでに見たが、もうひとつ基本となるのが、«イントネーション» である。
Б02:イントネーションの基礎
すでに述べたように、日本語のアクセントは音の高低だが、ロシア語のアクセントは音の強弱である。ではロシア語で音の高低は何を意味するかと言うと、それがイントネーションである。
- 音の強弱 : アクセント : 単語の識別
- 音の高低 : イントネーション : 文意の区別
ということだ。具体的に見てみよう。
То́лько что́ мно́й принесена́ президе́нтская прися́га. たったいま、わたしは大統領としての宣誓をいたしました。
これは2008年、前大統領メドヴェーデフの大統領就任式のスピーチ冒頭である。これを母音(音節)で見ていくと、
о́о о́ о́ иееа́ еие́аа иа́а
となる。これをメドヴェーデフがどう発音していたか、音の高低で見てみると、
高低 低 高 中中中高 中中高中中 中中低
言うまでもないが、この高中低の分類は、計器を使って計測したわけではないので、厳密ではない。
さらにこれを図にしてみると、
高 | То́ль- | мно́й | -на́ | -де́н- | ||||||||||||
中 | при- | -не- | -се- | пре- | -зи- | -тска- | -я | при- | -ся́- | |||||||
低 | -ко | что́ | -га |
これで見てみると、アクセントのある母音(音節)が高く発音されることが多いことがわかる。「結局ロシア語のアクセントも音の高低ではないか」と思われるかもしれない。だが、最後の単語 прися́га では、アクセントのある -ся́- が特に高く発音されているわけではない。
Что́ же тако́е перестро́йка? А гла́вное, почему́ она́ та́к необходи́ма? ペレストロイカとは一体何か。重要なのは、なぜそれがかくも不可避なのか。
これは大昔、当時ソ連共産党書記長だったゴルバチョーフのスピーチの一節である。これをゴルバチョーフは、次のようなイントネーションで発音している。
高 | Что́ | же | та- | ||||||
中 | -ко́- | -е | пе- | -ре- | |||||
低 | -стро́й- | -ка |
高 | гла́в- | -му́ | та́к | ||||||||||||
中 | А | -но- | -е | по- | -че- | о- | -на́ | не- | -об- | -хо- | |||||
低 | -ди́- | -ма |
前後を切り取ってしまったのでいささか例としては不適切だが、これでも同様の傾向が見てとれる。すなわち、アクセントのある音節には、高く発せられるものがある一方、あたかもアクセントがないかのように中、ないし低で発音されることもある。
すでに述べたように、このような発音を聞いて、「ロシア語ではアクセントは重要ではない」と勘違いする日本人が少なくない。ところがこれは大間違いである。すでに述べたように、アクセントは高低ではなく強弱である。
こうした具体例から帰納的に法則を見出していくのは大変なので、結論から言おう。
まず、文の中で、文脈上もっとも重要な単語がどれか、が問題である。
その単語のアクセントのある音節で、音を上げるか下げるか、これがロシア語のイントネーションの基礎である。
- 音を上げる ⇒ 疑問文
- 音を下げる ⇒ 平叙文
極論を言えば、それ以外の音節を高く発音するか低く発音するかは、二の次である。
語順の問題ともからむが、多くの文において、文脈上もっとも重要な単語は文末に置かれる。ゆえに、文末の単語のアクセントのある音節で、音を下げるのが、一般的な平叙文のイントネーションである。
他方、疑問文の場合、疑問詞があれば、これは文頭に置かれる。その疑問詞のアクセントのある音節が、高く発音されてさえいれば、残る音節がどう発音されようと関係ない。このパターンが、ゴルバチョーフのふたつの例である。
疑問詞がない時は、聞きたい単語がどれか、が重要になる。その単語のアクセントのある音節を高く発音するのが疑問文である。
«Бежи́т соба́ка.» を例に、図式化してみる。
Бе- | -жит | со- | -ба- | -ка | ||
---|---|---|---|---|---|---|
1 | 中 | 高 | 中 | 中 ⇒ 低 | 低 | собака を問題とする平叙文。 |
2 | 中 | 中 | 中 | 高 | 低 | собака を問題とする疑問文。 |
3 | 中 | 高 | 低 | 低 | 低 | Бежит を問題とする疑問文。 |
4 | 中 | 中 ⇒ 低 | 低 | 低 | 低 | Бежит を問題とする平叙文。 |
強いて訳すならば、上から
- 走っているのはイヌだ。
- 走っているのはイヌか?
- イヌは走っているか?
- イヌは走っている。
実際は、これほど単純ではない。何よりも、音を上げるイントネーションは、疑問文のほかに強調をも意味するからである。
ここであいさつに即して見てみよう。«Здра́вствуйте.» は、次のようなイントネーションで発音され得る。
Здра- | -вствуй- | -те | |
---|---|---|---|
平叙文(強調) | 高 | 低 | 低 |
平叙文 | 低 | 中 | 中 |
高低低のイントネーションは、この場合疑問ではなく強調である。あいさつであるから、強調になるのは自然である。
他方、低中中のイントネーションは平叙文のイントネーションであり、普通のロシア語のイントネーションである。ゆえにこちらのイントネーションも自然である。
このふたつの違いを、あえて日本語で表現しようとすると「こんにちは!」と「こんにちは」の違い、となろうか。
この先さまざまなロシア語の文を見ていくが、ここでは音声教材を提供できないので、イントネーションについても実例を示すことができない。それについては、別の教材で学んでいただきたい。
とはいえ、ごくごく単純な法則として次のことが言える。
平叙文のイントネーションは、最重要の単語(普通は文末)の有力点母音で音を下げる。
それ以外の音節は、高く発音しようが低く発音しようが無意味である。ロシア語の平叙文は、おそらく半分ぐらいはこのイントネーションで問題ない。
疑問文のイントネーションは、聞きたい単語の有力点母音で音を上げる。