競技名・種目名はロシア語から訳しているので、筆者の無知・勘違いで一般的なものと異なる場合がある。順番も大まかにロシア語の頭文字順。
競技の分類は筆者の独断。陸上競技は «トラック» と «フィールド» と «十種競技・七種競技» の3つに分けたが、いわゆるロード競技は «トラック» に含めた。
「この種目強い」とか「弱い」とか、単純にメダル獲得の実績からの判断。
全メダリストを紹介しようかとも思ったが、あまりに大量なので断念した。
なお、以下の情報は筆者が独自に集計したもの。IOC等の公式記録とは無関係である。計算違いはご容赦。
ロシア帝国
第4回ロンドン大会(1908年)
種目 | 金 | 銀 | 銅 | 計 |
---|---|---|---|---|
総計 | 1 | 2 | 3 | |
レスリング | 2 | 2 | ||
フィギュアスケート | 1 | 1 |
公式記録でどうなっているのかよくわからんが、実質的にロシアが参加した最初の大会。
フィンランド大公国は、ロシア帝国とは別の国として参加している。ロシアから参加したのは5人(全体では2008人だったらしい)。
この当時は冬の大会がなかったので、フィギュアスケートも行われている。初の金メダリストは、ニコライ・パーニン=コロメンキン。射撃のロシア・チャンピオンでもあり、ソ連時代になっても活躍を続けた。
第5回ストックホルム大会(1912年)
種目 | 金 | 銀 | 銅 | 計 |
---|---|---|---|---|
総計 | 2 | 3 | 5 | |
レスリング | 1 | 1 | ||
ボート | 1 | 1 | ||
ヨット | 1 | 1 | ||
射撃 | 1 | 1 | 2 |
帝国政府の力の入れようも前回からは桁違いに変わって、ロシアからの参加選手は173人(皇族もひとりいた)。
ロシアがヨットでメダルを取っている、というのが実に不思議だ。もっとも、その後もボート、カヌーなどよくわからん競技が結構強かったりするが。「よくわからん」というのは「なぜロシア・ソ連が強いのかよくわからん」という意味で、他意はない。とはいえ、何気にロシア・ソ連ではボートやカヌーがポピュラーだったりする。
レスリングと射撃には伝統的に強い。
ソヴィエト連邦
第15回ヘルシンキ大会(1952年)
種目 | 金 | 銀 | 銅 | 計 |
---|---|---|---|---|
総計 | 22 | 30 | 19 | 71 |
バスケ | 1 | 1 | ||
ボクシング | 2 | 3 | 5 | |
レスリング | 6 | 2 | 2 | 10 |
体操 | 9 | 11 | 2 | 22 |
ボート | 1 | 2 | 3 | |
カヌー | 1 | 1 | ||
トラック | 4 | 3 | 7 | |
フィールド | 2 | 4 | 4 | 10 |
射撃 | 1 | 1 | 3 | 5 |
重量挙げ | 3 | 3 | 1 | 7 |
ソ連として参加した最初のオリンピック。これまでは国際社会から村八分にされていたし、ソ連の方も積極的に外国とスポーツ交流をしようとしなかったので、«謎のベール» に包まれたスポーツ大国だった。
そのベールがはがされてみれば噂通りの大国だったというわけだ。ソ連は295人の選手団を送り込み、ホッケーを除くすべての競技に参加した(さすがにホッケーにはエントリーできなかったようだ)。
やはりレスリングと体操で強い。その他、ここでメダルを取っている種目は、いずれも伝統的にロシア・ソ連の強い種目ということになる。
特に体操男子ヴィクトル・チュカーリンはひとりで4つの金メダルを獲得した(団体も含めて)。女子でもマリーヤ・ゴロホフスカヤが7種目すべてでメダルを獲得している(金は2つ)。
第16回メルボルン大会(1956年)
種目 | 金 | 銀 | 銅 | 計 |
---|---|---|---|---|
総計 | 37 | 29 | 32 | 98 |
バスケ | 1 | 1 | ||
ボクシング | 3 | 1 | 2 | 6 |
レスリング | 6 | 2 | 5 | 13 |
水球 | 1 | 1 | ||
体操 | 11 | 6 | 6 | 23 |
ボート | 2 | 1 | 1 | 4 |
カヌー | 2 | 3 | 2 | 7 |
トラック | 3 | 3 | 2 | 8 |
フィールド | 2 | 4 | 7 | 12 |
10種競技 | 1 | 1 | ||
競泳 | 2 | 2 | ||
近代五種 | 1 | 1 | ||
射撃 | 3 | 4 | 1 | 8 |
重量挙げ | 3 | 4 | 7 | |
フェンシング | 2 | 2 | ||
サッカー | 1 | 1 |
1956年夏、ハンガリー動乱とスエズ戦争が起こる。これに関連して7つの国がボイコット。政治的な理由でオリンピック参加を取りやめる、という初の事態となった。
金メダルに国の威信をかけていたのはいまもこの頃も変わりはないが、金メダル数、メダル総数ともにソ連がアメリカを押さえて第1位となった大会。
特に相変わらず体操で荒稼ぎし、ラリーサ・ラトィニナは4つ、ヴィクトル・チュカーリンとヴァレンティーン・ムラートフがそれぞれ3つの金メダルを獲得した。
陸上男子では、5000mと10000mをヴラディーミル・クツが制覇。さすが中長距離は強い。と言いたいが、実は男子はそうでもない。
ちなみに、サッカーで優勝。確かにこの頃のオリンピックのサッカーで優勝しても、という感じだが。この時のGKは、言うまでもなくレフ・ヤーシン。大活躍したエドゥアルド・ストレリツォーフは決勝に出場していないので金メダルはもらえなかった(この辺りは大平陽一『ロシア・サッカー物語』を参照)。
第17回ローマ大会(1960年)
種目 | 金 | 銀 | 銅 | 計 |
---|---|---|---|---|
総計 | 43 | 29 | 31 | 103 |
バスケ | 1 | 1 | ||
ボクシング | 1 | 2 | 2 | 5 |
レスリング | 3 | 2 | 5 | 10 |
自転車 | 1 | 4 | 5 | |
水球 | 1 | 1 | ||
体操 | 10 | 8 | 8 | 26 |
ボート | 2 | 2 | 1 | 5 |
カヌー | 3 | 1 | 4 | |
馬術 | 1 | 1 | ||
トラック | 4 | 2 | 1 | 7 |
フィールド | 7 | 3 | 4 | 14 |
10種競技 | 1 | 1 | ||
ヨット | 1 | 1 | 2 | |
飛び込み | 1 | 1 | ||
近代五種 | 1 | 1 | ||
射撃 | 2 | 2 | 2 | 6 |
重量挙げ | 5 | 1 | 6 | |
フェンシング | 3 | 2 | 2 | 7 |
ドイツが統一チームとして参加し、メダル総数で第3位になった大会だが、相変わらずソ連が金メダル数・メダル総数ともに第1位。そして相変わらず体操で荒稼ぎ。ボリース・シャフリンが4つ、ラリーサ・ラトィニナが3つ。女子など、平均台のエヴァ・ボサコヴァー(チェコ)さえいなければ全種目全メダル独占だった(複数メダル獲得が不可能な団体総合は除く)。
馬術で初のメダルが金メダル。この後、60年代・70年代だけ一時的に馬術でメダルを獲得した。
陸上女子でプレス姉妹が金2(タマーラが砲丸投げ、イリーナが80mハードル)。なお、女子の投擲3競技はソ連が金メダルを独占(砲丸投げがタマーラ・プレス、円盤投げがニーナ・ポノマリョーヴァ、槍投げがエリヴィーラ・オゾーリナ)。
第18回東京大会(1964年)
種目 | 金 | 銀 | 銅 | 計 |
---|---|---|---|---|
総計 | 30 | 31 | 35 | 96 |
バスケ | 1 | 1 | ||
ボクシング | 3 | 4 | 2 | 9 |
レスリング | 3 | 4 | 3 | 10 |
自転車 | 1 | 1 | ||
水球 | 1 | 1 | ||
バレー | 1 | 1 | 2 | |
体操 | 4 | 10 | 5 | 19 |
ボート | 2 | 2 | ||
カヌー | 3 | 1 | 4 | |
柔道 | 4 | 4 | ||
馬術 | 2 | 2 | ||
トラック | 3 | 3 | ||
フィールド | 4 | 1 | 7 | 12 |
十種・五種競技 | 1 | 1 | 1 | 3 |
競泳 | 1 | 1 | 2 | 4 |
飛び込み | 1 | 1 | ||
近代五種 | 1 | 1 | 1 | 3 |
射撃 | 2 | 2 | ||
重量挙げ | 4 | 3 | 7 | |
フェンシング | 3 | 1 | 2 | 6 |
アメリカが金メダル数第1位を取り戻したが、メダル総数ではソ連の方が上回った。体操で荒稼ぎできなくなったのが一因かもしれない。それでもラトィニナはさらに2つ増やし、生涯合計9個。金銀銅すべてあわせると18個。
バスケットボール(男子)では、4大会連続の銀メダル。
ボートでは、ヴャチェスラーフ・イヴァノーフがシングルスカルで3連覇を達成した(たぶんボートの個人種目では唯一)。
陸上女子でプレス姉妹が前回に続き金3。タマーラは砲丸投げで2連覇したのみならず、円盤投げでも金(投擲競技で2種目に出場するのはこの頃は決して珍しくなかったようだ)。イリーナは五種競技で金。
競泳初の金メダルは女子平泳ぎ200m のガリーナ・プロズメンシチコヴァ。
射撃で金メダルを取れなかったが、その後2008年の北京で再び金メダルを逃すまで、金メダルを最低ひとつは取り続ける。
フェンシングでも初めて金メダルを獲得。以来現在にいたるまで金メダルを取らなかった大会はない。
第19回メキシコ大会(1968年)
種目 | 金 | 銀 | 銅 | 計 |
---|---|---|---|---|
総計 | 29 | 32 | 30 | 91 |
バスケ | 1 | 1 | ||
ボクシング | 3 | 2 | 1 | 6 |
レスリング | 3 | 5 | 1 | 9 |
水球 | 1 | 1 | ||
バレー | 2 | 2 | ||
体操 | 5 | 5 | 8 | 18 |
ボート | 1 | 1 | 2 | |
カヌー | 2 | 1 | 3 | 6 |
馬術 | 1 | 1 | 2 | |
トラック | 1 | 3 | 4 | |
フィールド | 2 | 2 | 5 | 9 |
ヨット | 1 | 1 | ||
競泳 | 4 | 4 | 8 | |
飛び込み | 2 | 2 | ||
近代五種 | 1 | 1 | 2 | |
射撃 | 2 | 1 | 2 | 5 |
重量挙げ | 3 | 3 | 6 | |
フェンシング | 3 | 4 | 7 |
チェコスロヴァキア侵攻の直後で、ソ連にブーイングの嵐。体操の女子個人総合ではヴェラ・チャスラフスカ(チェコ)が金メダルを取ったが、悪役扱いされたナターリヤ・クチンスカヤが可哀そうだった。
第20回ミュンヘン大会(1972年)
種目 | 金 | 銀 | 銅 | 計 |
---|---|---|---|---|
総計 | 50 | 27 | 22 | 99 |
バスケ | 1 | 1 | ||
ボクシング | 2 | 2 | ||
レスリング | 9 | 4 | 1 | 14 |
自転車 | 2 | 1 | 3 | |
水球 | 1 | 1 | ||
バレー | 1 | 1 | 2 | |
体操 | 6 | 6 | 4 | 16 |
ボート | 2 | 2 | ||
カヌー | 6 | 6 | ||
柔道 | 1 | 1 | 2 | 4 |
馬術 | 1 | 1 | 2 | |
トラック | 3 | 5 | 8 | |
フィールド | 5 | 1 | 1 | 7 |
十種・五種競技 | 1 | 1 | 1 | |
ヨット | 1 | 1 | 2 | |
競泳 | 2 | 3 | 5 | |
飛び込み | 1 | 1 | ||
近代五種 | 1 | 1 | 1 | 3 |
アーチェリー | 1 | 1 | ||
射撃 | 1 | 2 | 1 | 4 |
重量挙げ | 3 | 1 | 1 | 5 |
フェンシング | 2 | 2 | 3 | 7 |
サッカー | 1 | 1 |
イスラエルの選手村銃撃事件という悲しい出来事が起こった。
ソ連が再び金メダル数・メダル総数ともに第1位に返り咲いた。何と言ってもバスケットボールでアメリカに勝ったのである(5大会目にしてやっと!)。ちなみに水球でも初優勝。
私的な印象としては、陸上において躍進しているように思える。何と言っても男子100m と200m でヴァレーリイ・ボルゾフが優勝したのだ(短距離で初のメダル)。
飛び込みでもヴラディーミル・ヴァーシンが初の金。
しかし水泳は相変わらず……。
体操女子ではオリガ・コルブトが活躍したが、平均台で金メダルを獲得したのはこれが最後となっている。
第21回モントリオール大会(1976年)
種目 | 金 | 銀 | 銅 | 計 |
---|---|---|---|---|
総計 | 49 | 41 | 35 | 125 |
バスケ | 1 | 1 | 2 | |
ボクシング | 1 | 4 | 5 | |
レスリング | 12 | 5 | 1 | 18 |
自転車 | 1 | 1 | 2 | |
バレー | 2 | 2 | ||
ハンド | 2 | 2 | ||
体操 | 7 | 8 | 2 | 17 |
ボート | 1 | 4 | 4 | 9 |
カヌー | 6 | 3 | 9 | |
柔道 | 2 | 2 | 1 | 5 |
トラック | 2 | 1 | 6 | 9 |
フィールド | 2 | 3 | 3 | 8 |
十種・五種競技 | 1 | 1 | ||
ヨット | 2 | 2 | ||
競泳 | 1 | 3 | 5 | 9 |
飛び込み | 1 | 2 | 3 | |
近代五種 | 1 | 1 | ||
アーチェリー | 1 | 1 | 2 | |
射撃 | 1 | 1 | 1 | 3 |
重量挙げ | 7 | 1 | 8 | |
フェンシング | 3 | 2 | 2 | 7 |
サッカー | 1 | 1 |
南アフリカへの対応をめぐってアフリカ諸国がこぞってボイコット。
東ドイツが金メダル数・メダル総数でアメリカを抜いて第2位に躍り出た。
ソ連では、男子体操が復活。ニコライ・アンドリアーノフが4つ、女子のネリ・キムが3つの金メダルを稼いでいる。もちろん、インパクト的にはナディア・コマネチ(ルーマニア)なのだが。
初代女子バスケ・チャンピオン。
24年振りにボクシングで金メダル0。それに対してレスリングでは12種目で金を獲得の荒稼ぎ。
三段跳びで、ヴィクトル・サネーエフが3連覇。ハンマー投げでは金メダルのユーリイ・セドィフ以下表彰台独占。
陸上女子ではタティヤーナ・カザンキナが800mと1500mを制覇。
競泳女子200m 平泳ぎでマリーナ・コシェヴァーヤ、マリーナ・ユルチェニャ、リュボーフィ・ルサーノヴァが金銀銅のメダル独占というのは圧巻(競泳ではロシア・ソ連で唯一)。やはり女子平泳ぎは(比較的)強い。
重量挙げはヴァルタン・ミリトシャンがあと5kg 余計に挙げていれば全階級制覇だったのだが。
第22回モスクワ大会(1980年)
種目 | 金 | 銀 | 銅 | 計 |
---|---|---|---|---|
総計 | 80 | 69 | 46 | 195 |
バスケ | 1 | 1 | 2 | |
ボクシング | 1 | 6 | 1 | 8 |
レスリング | 12 | 3 | 2 | 17 |
自転車 | 3 | 1 | 2 | 6 |
水球 | 1 | 1 | ||
バレー | 2 | 2 | ||
ハンド | 1 | 1 | 2 | |
体操 | 9 | 8 | 5 | 22 |
ボート | 1 | 9 | 2 | 12 |
カヌー | 4 | 2 | 2 | 8 |
柔道 | 2 | 1 | 2 | 5 |
馬術 | 3 | 3 | 2 | 8 |
トラック | 8 | 5 | 6 | 19 |
フィールド | 6 | 6 | 5 | 17 |
十種・五種競技 | 1 | 2 | 2 | 5 |
ヨット | 1 | 1 | 1 | 3 |
競泳 | 8 | 9 | 5 | 22 |
飛び込み | 2 | 2 | 2 | 6 |
近代五種 | 2 | 1 | 3 | |
アーチェリー | 1 | 2 | 3 | |
射撃 | 3 | 1 | 1 | 5 |
重量挙げ | 5 | 3 | 8 | |
フェンシング | 3 | 3 | 2 | 8 |
サッカー | 1 | 1 | ||
ホッケー | 2 | 2 |
ソ連で開催された唯一のオリンピックだったが、周知の通りアメリカとそれに追随する国々がボイコット。英仏伊などは参加したが、西ドイツ、中国、カナダなどが参加を取りやめた。結果、ソ連がいくつ金メダルをかき集められるか、みたいな大会になった。
ちなみに金メダル数では続くLA大会でアメリカが取った83が史上最多だが、メダル総数ではこのモスクワ大会でソ連の取った195が最多記録(LAでアメリカは174だった)。
アメリカなどは「記録が低い」とバカにしており、確かに陸上男子短距離などは平凡な記録だったが、それでも多くの競技で世界新・五輪新記録が出た。
体操女子団体ではソ連がオリンピック8連覇。
三段跳びでヴィクトル・サネーエフが2位。あと11cm で4連覇を逃した。
ハンマー投げでユーリイ・セドィフが2連覇。加えて2大会連続表彰台独占。
そのハンマー投げを含め、砲丸投げ(ヴラディーミル・キセリョーフ)、円盤投げ(ヴィクトル・ラシチュープキン)、槍投げ(ダイニス・クラ)と、男子投擲4競技の金メダルを独占。
男子バレーボールでロシア・ソ連が優勝した(いまのところ)最後の大会となった(2012年ロンドンで金)。
レスリングのフリースタイル最重量級では5連覇。
ホッケーでメダルを取っているが、言うまでもなく初めてだし、そもそも出場自体が最初(でいまのところ最後)。
第23回ロサンゼルス大会(1984年)
種目 | 金 | 銀 | 銅 | 計 |
---|---|---|---|---|
総計 | - | - | - | - |
- | - | - | - | - |
前回の報復としてソ連と東欧諸国がボイコット。唯一参加したルーマニアがちやほやされていた。前回・前々回とボイコットした中華人民共和国が初参加となった。
陸上女子と競泳女子では東ドイツが全盛期であったし、新体操(新種目)ではブルガリアが圧倒的に強かった。競泳男子中長距離ではヴラディーミル・サーリニコフの2連覇、ハンマー投げではユーリイ・セドィフの3連覇がかかっていたし、棒高跳びのセルゲイ・ブプカ、走り高跳びのハビエル・ソトマヨール(キューバ)は世界記録保持者の最初のオリンピックになるはずだった。その他、参加を逸した世界記録保持者、世界チャンピオンは枚挙に暇がない。
第24回ソウル大会(1988年)
種目 | 金 | 銀 | 銅 | 計 |
---|---|---|---|---|
総計 | 55 | 31 | 46 | 132 |
バスケ | 1 | 1 | 2 | |
ボクシング | 1 | 1 | 1 | 3 |
レスリング | 8 | 4 | 4 | 16 |
自転車 | 4 | 1 | 2 | 7 |
水球 | 1 | 1 | ||
バレー | 1 | 1 | 2 | |
ハンド | 1 | 1 | 2 | |
体操 | 11 | 5 | 3 | 19 |
新体操 | 1 | 1 | 2 | |
ボート | 2 | 1 | 3 | |
カヌー | 3 | 3 | 6 | |
柔道 | 1 | 4 | 5 | |
トラック | 6 | 2 | 4 | 12 |
フィールド | 4 | 4 | 6 | 14 |
ヨット | 1 | 1 | 2 | |
競泳 | 2 | 2 | 5 | 9 |
近代五種 | 1 | 1 | ||
アーチェリー | 1 | 1 | ||
射撃 | 4 | 1 | 6 | 11 |
重量挙げ | 6 | 2 | 8 | |
フェンシング | 1 | 1 | 3 | 5 |
サッカー | 1 | 1 |
東西は顔を揃えたが、北朝鮮と、これに同調したキューバ、エティオピア、ニカラグアがボイコット。ソ連とは関係ないが、キューバのソトマヨールが2大会連続で出場できず。
個人的にはこの大会はクリスティーン・オットー(東ドイツだけど)と «レニングラード超特急» ヴラディーミル・サーリニコフ。LAをボイコットしていなければ、サーリニコフは競泳男子自由形 1500 m を3連覇していたかもしれない。
この頃はソ連もまだシンクロは弱かった。と言うか眼中になかった。この頃はアメリカとカナダが二強で君臨していたっけ。
またロシアが体操女子個人総合で金メダルを取った最後の大会(バルセロナのグツーはウクライナ人)。
新体操初代女王の座は得られなかったが(ボイコットしたLAから正式競技となった)、ソ連・ブルガリアがメダルを独占して強さをアピールした。
ハンマー投げではモスクワでメダルを独占したセルゲイ・リトヴィノフ、ユーリイ・セドィフ、ユーリイ・タムの3人が順番を入れ替えてまたメダルを独占。これでソ連によるハンマー投げのメダル独占は、ボイコットしたLA大会をはさんで3大会連続。
セルゲイ・ブプカが平凡な(かれにしては)記録ながら優勝した唯一のオリンピック。
サッカーではイタリア、ブラジル(ロマーリオがいた)を破って優勝。さすがメキシコW杯の優勝候補。その後は低迷一途だけど。
ロシア連邦(EUN)
第25回バルセロナ大会(1992年)
種目 | 金 | 銀 | 銅 | 計 |
---|---|---|---|---|
総計 | 22/44 | 19/38 | 16/29 | 57/111 |
バスケ | 1/1 | 1/1 | ||
ボクシング | 0/1 | 0/1 | 0/2 | |
レスリング | 3/6 | 3/5 | 1/5 | 7/16 |
水球 | 1/1 | 1/1 | ||
バレー | 1/1 | 1/1 | ||
ハンド | 1/1 | 1/1 | 2/2 | |
体操 | 2/9 | 0/5 | 0/4 | 2/18 |
新体操 | 0/1 | 0/1 | 0/2 | |
ボート | 1/1 | 1/1 | ||
カヌー | 0/1 | 0/1 | 0/2 | |
柔道 | 0/2 | 2/2 | 2/4 | |
トラック | 4/4 | 4/6 | 1/1 | 9/11 |
フィールド | 2/3 | 1/4 | 2/2 | 5/9 |
十種・七種競技 | 1/1 | 1/1 | ||
競泳 | 5/6 | 3/3 | 1/1 | 9/10 |
飛び込み | 2/2 | 1/1 | 3/3 | |
近代五種 | 1/1 | 1/1 | 2/2 | |
アーチェリー | 1/2 | 1/2 | ||
射撃 | 2/4 | 1/2 | 0/1 | 3/7 |
テニス | 1/2 | 1/2 | ||
重量挙げ | 1/5 | 1/4 | 2/9 | |
フェンシング | 1/1 | 1/2 | 2/2 | 4/5 |
20年振りにボイコットのない大会。ソ連が解体し、アルベールヴィルに引き続き、ロシアは旧ソ連諸国(バルト三国を除く)とともに EUN として参加。
男子バスケではリトアニアに敗れてメダルを逃す。
ロシアとしてはボクシングのメダル0。
自転車でも久々にメダル0。
ヴィターリイ・シチェルボ(体操男子)の金メダル6個というのが光るが、ベラルーシ人。
女子マラソンではヴァレンティーナ・エゴーロヴァが優勝。女子1600m リレーでアメリカを押さえて2連覇。さすが女子中長距離は伝統的に強い。
競泳では自由形で50m と100m をアレクサンドル・ポポーフが、200m と400m をエヴゲーニイ・サドーヴィイがそれぞれ2冠。水泳でこれほど活躍したのは(モスクワ大会を除いて)初めて。
ロシア・ソ連とは関係ないが、10年間世界に君臨してきたソトマヨールがついに金メダルを獲得したのが印象的だった。
ロシア連邦
第26回アトランタ大会(1996年)
種目 | 金 | 銀 | 銅 | 計 |
---|---|---|---|---|
総計 | 26 | 21 | 16 | 63 |
ボクシング | 1 | 3 | 4 | |
レスリング | 4 | 1 | 2 | 7 |
自転車 | 1 | 1 | 2 | |
体操 | 3 | 2 | 3 | 8 |
新体操 | 1 | 1 | 2 | |
ボート | 1 | 1 | ||
カヌー | 1 | 1 | ||
トラック | 3 | 3 | 6 | |
フィールド | 3 | 1 | 4 | |
ヨット | 1 | |||
競泳 | 4 | 2 | 2 | 8 |
飛び込み | 1 | 1 | 2 | |
近代五種 | 1 | 1 | ||
射撃 | 3 | 2 | 1 | 6 |
重量挙げ | 2 | 1 | 3 | |
フェンシング | 4 | 2 | 1 | 7 |
1952年以来、メダル総数では最低、金メダル数でもワースト2位に落ち込んだ大会。
特にチーム競技(バスケ、バレー、ハンド、水球、サッカー)は全滅。重量挙げが壊滅的だったのも大きい。
その中で、レスリングのグレコローマン重量級3連覇のアレクサンドル・カレーリンと、競泳自由形50m・100m の2種目2連覇のアレクサンドル・ポポーフが光る。バタフライでもデニース・パンクラートフが2種目を制している。それでもメドレーリレーで勝てなかったんだから……。
体操男子団体は EUN も含めると6度目の優勝。日本を抜いて最多となった(のち追いつかれる)。女子段違い平行棒では32年振りに金メダル。
陸上女子では800mと1500mをスヴェトラーナ・マステルコヴァが制覇。マラソンではエゴーロヴァが後一歩(と言っても2分差)で2連覇を逃して銀メダル。
第27回シドニー大会(2000年)
種目 | 金 | 銀 | 銅 | 計 |
---|---|---|---|---|
総計 | 32 | 28 | 28 | 88 |
ボクシング | 2 | 2 | 2 | 6 |
レスリング | 6 | 2 | 1 | 9 |
自転車 | 1 | 1 | 2 | 4 |
水球 | 1 | 1 | 2 | |
バレー | 2 | 2 | ||
ハンド | 1 | 1 | ||
体操 | 5 | 5 | 5 | 15 |
新体操 | 2 | 1 | 3 | |
ボート | 1 | 1 | ||
カヌー | 1 | 1 | ||
柔道 | 1 | 2 | 3 | |
トラック | 1 | 2 | 3 | |
フィールド | 2 | 3 | 3 | 8 |
十種・七種競技 | 1 | 1 | ||
競泳 | 2 | 1 | 3 | |
シンクロ | 2 | 2 | ||
飛び込み | 2 | 1 | 2 | 5 |
トランポリン | 2 | 2 | ||
近代五種 | 1 | 1 | ||
射撃 | 1 | 3 | 2 | 6 |
テコンドー | 1 | 1 | ||
テニス | 1 | 1 | 2 | |
重量挙げ | 1 | 2 | 3 | |
フェンシング | 3 | 1 | 4 |
金メダル数・メダル総数ともに若干持ち直してきた。
ソ連時代はまったくダメで、ソ連崩壊後ロシアが圧倒的な強さを誇るようになった筆頭がシンクロだが、ロシアが初めて頂点に立った大会がシドニー。アメリカ・カナダがこけたのもあったのだろうが、これ以降のロシアは無敵。
新体操もシドニーから持ち直して、以後は圧倒的な強さを誇る。
テニスもまたソ連時代はまったくダメな競技だったが、ソ連崩壊後急速に強くなった。近年では女子ばかりが注目されるが、この頃は男子も強かった。その筆頭、エヴゲーニイ・カーフェリニコフがシングルスで優勝。
また、一部チーム球技も復活してきた(かつてのような圧倒的な強さは見られないが)。
一方で、ソ連時代には圧倒的な強さを誇っていたのに、ソ連崩壊後はまったく振るわない競技もある。その筆頭が重量挙げ。ソ連時代には過半数の階級で金メダルを獲得するのが当然だったが、前回アトランタで落ち込んだかと思えば、シドニーではついに金メダル0に終わった。
しかし何よりも印象的だったのは、カレーリンが4連覇を後一歩で逃した試合。惜しかった。
第28回アテネ大会(2004年)
種目 | 金 | 銀 | 銅 | 計 |
---|---|---|---|---|
総計 | 27 | 27 | 38 | 92 |
バスケ | 1 | 1 | ||
ボクシング | 3 | 3 | 6 | |
レスリング | 5 | 2 | 3 | 10 |
自転車 | 2 | 2 | 1 | 5 |
水球 | 1 | 1 | ||
バレー | 1 | 1 | 2 | |
ハンド | 1 | 1 | ||
体操 | 1 | 2 | 3 | |
新体操 | 2 | 1 | 3 | |
ボート | 1 | 1 | ||
カヌー | 1 | 2 | 3 | |
柔道 | 2 | 3 | 5 | |
トラック | 1 | 5 | 2 | 8 |
フィールド | 5 | 2 | 5 | 12 |
競泳 | 1 | 1 | ||
シンクロ | 2 | 2 | ||
飛び込み | 2 | 2 | 4 | |
トランポリン | 1 | 1 | ||
近代五種 | 1 | 1 | ||
射撃 | 3 | 4 | 3 | 10 |
重量挙げ | 1 | 2 | 5 | 8 |
フェンシング | 1 | 3 | 4 |
3色のメダルの中で金が銀銅より少なくなったのは、メキシコ大会以来。いまいち勝てない競技が多かった気がする。
それにしても、かつての体操王国がここまで凋落するか。重量挙げの凋落ぶりも目を覆いたくなるようなありさまだが、体操はそれ以上の惨状である。銀1、銅2、しかも男子はそれすら0。新体操は圧倒的なのだが。前回ミスって金を逃したアリーナ・カバーエヴァがようやく金メダルを獲得した。
フィールド女子は強さを取り戻してきた。特に圧倒的だったのが跳躍競技。走り高跳び(エレーナ・スレサレンコ)、棒高跳び(エレーナ・イシンバーエヴァ)、走り幅跳び(タティヤーナ・レーベデヴァ)と、女子の跳躍3競技の金メダルを独占した。特に走り幅跳びはメダル独占。あ、三段跳びは金メダル取れなかったんだっけ。タティヤーナ・レーベデヴァがあと16cmで銅メダルに終わったんだった。
第29回北京大会(2008年)
種目 | 金 | 銀 | 銅 | 計 |
---|---|---|---|---|
通算総計 | 23 | 21 | 28 | 72 |
バスケ | 1 | 1 | ||
ボクシング | 2 | 1 | 3 | |
レスリング | 6 | 3 | 2 | 11 |
自転車 | 2 | 2 | ||
バレー | 1 | 1 | ||
ハンド | 1 | 1 | ||
体操 | 2 | 2 | ||
新体操 | 2 | 2 | ||
カヌー | 1 | 1 | 1 | 3 |
トラック | 4 | 1 | 3 | 8 |
フィールド | 2 | 4 | 3 | 9 |
十種・七種競技 | 1 | 1 | ||
競泳 | 1 | 1 | 2 | 4 |
シンクロ | 2 | 2 | ||
飛び込み | 3 | 2 | 5 | |
近代五種 | 1 | 1 | ||
アーチェリー | 1 | 1 | ||
射撃 | 2 | 2 | 4 | |
テニス | 1 | 1 | 1 | 3 |
重量挙げ | 4 | 3 | 7 | |
フェンシング | 1 | 1 |
開会直後に北オセティア自治州の分離独立を巡って、ロシアとグルジアとが武力衝突。大会3日目、射撃女子エアピストルの表彰で、ロシアのナターリヤ・パーデリナとグルジアのニーノ・サルクヴァーゼが抱擁しあったシーンは感動的だった。ちなみにサルクヴァーゼは1988年の金メダリスト(ソ連代表)。
金メダル数・メダル総数ともにヘルシンキよりひとつ多いだけ。前者はワースト2位、後者はワースト3位の成績だった。これまで多くのメダルを獲得してきた水球、柔道、ボート、ヨットなどでメダルが0に終わっているのが大きい。体操でも、今回は女子がメダル0。またフィールドの投擲競技でもベラルーシの大活躍の前にロシア勢はいいところなし。
そんな中、エレーナ・イシンバーエヴァが棒高跳びで2連覇。その他、2連覇を飾った選手が多かった。逆に言うと、若手の育成は大丈夫なのか? と不安になる。まぁ、イシンバーエヴァは若いけど。
テニスの女子シングルスで表彰台を独占したのもすごかった。
ちなみに、体操女子個人総合で金メダルを取ったアナスタシア・リューキン(アメリカ)は、モスクワ生まれのロシア人(ロシア名アナスタシーヤ・ヴァレーリエヴナ・リューキナ)。父親のヴァレーリイ・ヴィクトロヴィチ・リューキンはソウル五輪の体操男子個人総合で銀メダルを獲得。父娘そろって体操個人総合のメダリストとなったわけだ(代表する国は違うけど)。
もひとつちなみに、こちらはさらに関係ない話だが、体操女子種目別(跳馬)で銀メダルを獲得したオクサーナ・チュソヴィティナ(ドイツ)は、ブハラ生まれのウズベク人。ソ連チームの一員となり、バルセロナ五輪では EUN のメンバーとして団体総合の金メダルに一役買った。ソ連崩壊後ウズベクを代表していたが、2006年にはドイツに移籍。ロシア名はオクサーナ・アレクサンドロヴナ・チュソヴィーティナ。
以下、メダリスト一覧(一部チーム競技は選手名を割愛)。1は金、2は銀、3は銅メダルを指す。
バスケ:女子3。
ボクシング:フライ級3(Балакшин Георгий Русланович)、ライト級1(Тищенко Алексей Викторович)、ヘビー級1(Чахкиев Рахим Русланович)。
レスリング:男子グレコローマン55kg級1(Манкиев Назир Юнузович)、60kg級1(Альбиев Ислам-Бека Саид-Цилимович)、96kg級1(Хуштов Асланбек Виталиевич)、120kg級2(Бароев Хасан Махарбекович)。男子フリースタイル55kg級3(Кудухов Бесик Серодинович)、60kg級1(Батиров Мавлет Алавдинович)、74kg級1(Сайтиев Бувайса Хамидович)、84kg級3(Кетоев Георгий Важаевич)、96kg級1(Мурадов Шарвани Гаджикурбанович)、120kg級2(Ахмедов Бахтияр Шахабутдинович)。女子フリースタイル63kg級2(Карташова Алена Владимировна)。
自転車:トラック男子マディソン3(Игнатьев Михаил Борисович & Марков Алексей Михайлович)、マウンテンバイク女子クロスカントリー3(Калентьева Ирина Николаевна)。
バレーボール:男子3。
ハンド:女子2。
体操:男子床 & 跳馬3(Голоцуцков Антон Сергеевич)。
新体操:個人1(Канаева Евгения Олеговна)、団体1(Алийчук Маргарита Сергеевна, Гавриленко Анна Витальевна, Горбунова Татьяна Игоревна, Посевина Елена Александровна, Шкурихина Дарья Валерьевна, Зуева Наталья Владимировна)。
カヌー:フラットウォーター男子カナディアンシングル500m1(Опалев Максим Александрович)、カナディアンペア500m2(Улегин Сергей Валерьевич & Костоглод Александр Викторович)。スラローム男子カナディアンペア3(Кузнецов Михаил Николаевич & Ларионов Дмитрий Олегович)。
トラック:男子1600mリレー3(Дылдин Максим Сергеевич, Фролов Владислав Юрьевич, Кокорин Антон Сергеевич, Алексеев Денис Сергеевич)、20km競歩1(Борчин Валерий Викторович)、50km競歩3(Нижегородов Денис Геннадьевич)。女子400mリレー1(Полякова Евгения Евгеньевна, Федорива Александра Андреевна, Гущина Юлия Александровна, Чермошанская Юлия Игоревна)、1600mリレー2(Гущина Юлия Александровна, Литвинова Людмила Анатольевна, Фирова Татьяна Павловна, Капачинская Анастасия Александровна)、3000m障害1(Галкина-Самитова Гульнара Искандеровна) & 3(Волкова Екатерина Геннадьевна)、20km競歩1(Каниськина Ольга Николаевна)。
フィールド:男子走り高跳び1(Сильнов Андрей Александрович) & 3(Рыбаков Ярослав Владимирович)、棒高跳び2(Лукьяненко Евгений Юрьевич)。女子走り幅跳び & 三段跳び2(Лебедева Татьяна Романовна)、走り高跳び3(Чичерова Анна Владимировна)、棒高跳び1(Исинбаева Елена Гаджиевна) & 3(Феофанова Светлана Евгеньевна)、槍投げ2(Абакумова Мария Васильевна)。
女子七種競技3(Чернова Татьяна Сергеевна)。
競泳:男子100m & 200m背泳ぎ3(Вятчанин Аркадий Аркадьевич)、800mリレー2(Лобинцев Никита Константинович, Лагунов Евгений Александрович, Изотов Данила Сергеевич, Сухоруков Александр Николаевич)。女子オープンウォーター1(Ильченко Лариса Дмитриевна)。
シンクロ:デュエット1(Давыдова Анастасия Семеновна & Ермакова Анастасия Николаевна)。チーム1(Давыдова Анастасия Семеновна, Ермакова Анастасия Николаевна, Громова Мария Игоревна, Ищенко Наталья Сергеевна, Хасянова Эльвира Рамилевна, Кужела Ольга Петровна, Овчинникова Елена Валерьевна, Ромашина Светлана Алексеевна)。
飛び込み:男子高飛び込み3(Гальперин Глеб Сергеевич)、シンクロ板飛び込み2(Саутин Дмитрий Иванович & Кунаков Юрий Александрович)、シンクロ高飛び込み3(Гальперин Глеб Сергеевич & Доброскок Александр Михайлович)。女子板飛び込み2(Пахалина Юлия Владимировна)、シンクロ板飛び込み2(Пахалина Юлия Владимировна & Позднякова Анастасия Юрьевна)。
近代五種:男子1(Моисеев Андрей Сергеевич)。
アーチェリー:男子個人3(Баденов Баир Доржиевич)。
射撃:男子ピストル3(Исаков Владимир Вячеславович)、クレートラップ3(Алипов Алексей Александрович)。女子エアライフル2(Галкина Любовь Владимировна)、エアピストル2(Падерина Наталья Федоровна)。
テニス:女子シングルス1(Дементьева Елена Вячеславовна) & 2(Сафина Динара Мубиновна) & 3(Звонарёва Вера Игоревна)。
重量挙げ:男子94kg級3(Аккаев Хаджимурат Магомедович)、105kg級2(Клоков Дмитрий Вячеславович) & 3(Лапиков Дмитрий Валентинович)、105kg超級2(Чигишев Евгений Александрович)。女子58kg級2(Шаинова Марина Владимировна)、69kg級2(Сливенко Оксана Николаевна)、75kg級3(Евстюхина Надежда Александровна)。
フェンシング:女子フルーレ団体1(Ламонова Евгения Алексеевна, Никишина Виктория Александровна, Шанаева Аида Владимировна, Бойко Светлана Анатольевна)。
第30回ロンドン大会(2012年)
大戦前の帝政時代を別とすれば、ソ連・ロシアを通じて、金メダル数で上位3傑に入れなかった最初の大会(ただしメダル総数では米中に次いで3位)。
イシンバーエヴァが金を逃したのは衝撃だったが、あのパフォーマンスでは仕方あるまい。しかし総じて陸上では健闘した方だろう。他方で競泳はイマイチだった。
重量挙げはメダル総数では順当なところだが、金が取れない。同じくかつて圧倒的な強さを誇ったレスリングで安定した強さを発揮しているのに比べると、少々寂しい。
かつて圧倒的な強さを誇った競技と言えば体操もそうだが、こちらは男子は相変わらず低迷状態(と言ってもメダルが取れないだけで、そこそこ頑張っているのだが)。他方で女子は、団体・個人総合ともに金メダルを争うまでに持ち直してきた。そして相変わらず新体操とシンクロは圧倒的。
バドミントンは日本では藤井・垣岩ペアが騒がれたが、無気力試合による失格騒ぎの裏で、A組3位から思いがけず決勝トーナメントに進出したロシア・ペアが南ア・ペアに勝ち、しかも3位決定戦でカナダ・ペア(藤井・垣岩ペアに負けたペア)に勝って、ロシア・バドミントン界初のメダルを獲得していた。
しかし圧巻は何と言っても最終日のバレーボール男子の金。セットカウント0−2でマッチポイントまで取られて、そこからの大逆転は興奮した。しかもグループ・リーグではブラジルに0−3で負けてたんだよな。もっとも女子は準々決勝で同じブラジルにこれまたフルセットの末負けてるけど。
種目 | 金 | 銀 | 銅 | 計 |
---|---|---|---|---|
通算総計 | 24 | 26 | 32 | 82 |
バドミントン | 女子ダブルス Вислова Нина и Сорокина Валерия | 1 | ||
バスケ | 男子 | 1 | ||
ボクシング | 男子ライトヘビー級 Мехонцев Егор | 女子ライト級 Очигава Софья 女子ミドル級 Торлопова Надежда | 男子ライトフライ級 Айрапетян Давид 男子フライ級 Алоян Миша 男子ウェルター級 Замковой Андрей | 6 |
レスリング | 男子グレコローマン74kg級 Власов Роман 男子グレコローマン84kg級 Хугаев Алан 男子フリースタイル55kg級 Отарсултанов Джамал 女子フリースタイル72kg級 Воробьева Наталья | 男子グレコローマン96kg級 Тотров Рустам 男子フリースタイル60kg級 Кудухов Бесик | 男子グレコローマン55kg級 Семенов Мингиян 男子グレコローマン60kg級 Курамагомедов Заур 男子フリースタイル74kg級 Царгуш Денис 男子フリースタイル120kg級 Махов Билял 女子フリースタイル63kg級 Волосова Любовь | 11 |
自転車 | 女子ロードレース Забелинская Ольга 女子タイムトライアル Забелинская Ольга | 2 | ||
バレー | 男子 | 1 | ||
体操 | 女子段違い平行棒 Мустафина Алия | 男子跳馬 Аблязин Денис 女子団体 女子個人総合 Комова Виктория | 男子床 Аблязин Денис 女子個人総合 Мустафина Алия 女子床 Мустафина Алия 女子跳馬 Пасека Мария | 8 |
新体操 | 個人 Канаева Евгения 団体 | 個人 Дмитриева Дарья | 3 | |
カヌー | 男子カヤックペア200m Дьяченко Александр и Постригай Юрий | 男子シングル200m Штыль Иван 男子ペア1000m Коровашков Алексей и Первухин Илья | 3 | |
柔道 | 男子60kg級 Галстян Арсен 男子73kg級 Исаев Мансур 男子100kg級 Хайбулаев Тагир | 男子100kg超級 Михайлин Александр | 男子81kg級 Нифонтов Иван | 5 |
トラック | 男子50km競歩 Кирдяпкин Сергей 女子400mハードル Антюх Наталья 女子800m Савинова Мария 女子3000m障害 Зарипова Юлия 女子20km競歩 Лашманова Елена | 女子1600mリレー 女子20km競歩 Каниськина Ольга | 女子800m Поистогова Екатерина 女子マラソン Петрова-Архипова Татьяна | 9 |
フィールド | 男子走り高跳び Ухов Иван 女子走り高跳び Чичерова Анна 女子ハンマー投げ Лысенко Татьяна | 女子走り幅跳び Соколова Елена 女子円盤投げ Пищальникова Дарья 女子砲丸投げ Колодко Евгения | 女子走り高跳び Школина Светлана 女子棒高跳び Исинбаева Елена | 8 |
十種・七種競技 | 女子七種 Чернова Татьяна | 1 | ||
競泳 | 男子100mバタフライ Коротышкин Евгений 女子200m背泳ぎ Зуева Анастасия | 男子400mリレー 女子200m平泳ぎ Ефимова Юлия | 4 | |
シンクロ | デュエット Ищенко Наталья и Ромашина Светлана チーム | 2 | ||
飛び込み | 男子板 Захаров Илья Леонидович | 男子シンクロ板 Захаров Илья и Кузнецов Евгений | 2 | |
トランポリン | 男子 Ушаков Дмитрий | 1 | ||
射撃 | クレー男子ダブルトラップ Мосин Василий | 1 | ||
テコンドー | 男子58kg級 Денисенко Алексей 女子67kg超級 Барышникова Анастасия | 2 | ||
テニス | 女子シングルス Шарапова Мария | 女子ダブルス Кириленко Мария и Петрова Надежда | 2 | |
重量挙げ | 男子85kg級 Аухадов Апти 男子94kg級 Иванов Александр 女子63kg級 Царукаева Светлана 女子75kg級 Заболотная Наталья 女子75kg超級 Каширина Татьяна | 男子105kg超級 Албегов Руслан | 6 | |
フェンシング | 女子サーブル Великая Софья 女子フルーレ団体 | 男子サーブル Ковалев Николай | 3 |
バスケットボール男子:Антонов Семен, Воронов Евгений, Карасев Сергей, Каун Александр, Кириленко Андрей, Мозгов Тимофей, Моня Сергей, Понкрашов Антон, Фридзон Виталий, Хвостов Дмитрий, Хряпа Виктор и Швед Алексей
バレーボール男子:Апаликов Николай, Бережко Юрий, Бутько Александр, Волков Александр, Гранкин Сергей, Ильиных Дмитрий, Михайлов Максим, Мусэрский Дмитрий, Обмочаев Алексей, Соколов Александр, Тетюхин Сергей и Хтей Тарас
体操女子団体:Афанасьева Ксения, Гришина Анастасия, Комова Виктория, Мустафина Алия и Пасека Мария
新体操団体:Близнюк Анастасия, Донскова Ульяна, Дудкина Ксения, Макаренко Алина, Назаренко Анастасия и Севастьянова Каролина
陸上女子1600mリレー:Гущина Юлия, Кривошапка Антонина, Фирова Татьяна и Антюх Наталья
競泳男子400mリレー:Гречин Андрей, Изотов Данила, Лобинцев Никита и Морозов Владимир
シンクロナイズドスイミング団体:Громова Мария, Давыдова Анастасия, Ищенко Наталья, Коробова Дарья, Пацкевич Александра, Ромашина Светлана, Тиманина Анжелика, Хасянова Эльвира и Шишкина Алла
フェンシング女子フルーレ団体:Гафурзянова Камилла, Дериглазова Инна, Коробейникова Лариса и Шанаева Аида
第31回リオデジャネイロ大会(2016年)
総計
種目 | 金 | 銀 | 銅 | 計 |
---|---|---|---|---|
総計 | 550 | 464 | 457 | 1471 |
バドミントン | 1 | 1 | ||
バスケ | 5 | 4 | 7 | 16 |
ボクシング | 23 | 23 | 28 | 74 |
レスリング | 90 | 47 | 38 | 175 |
自転車 | 15 | 8 | 16 | 39 |
水球 | 2 | 3 | 6 | 11 |
バレー | 8 | 8 | 3 | 19 |
ハンド | 6 | 2 | 3 | 11 |
体操 | 83 | 78 | 59 | 220 |
新体操 | 9 | 3 | 3 | 15 |
ボート | 13 | 20 | 15 | 48 |
カヌー | 31 | 16 | 15 | 62 |
柔道 | 8 | 9 | 17 | 34 |
馬術 | 6 | 5 | 6 | 17 |
トラック | 45 | 37 | 38 | 120 |
フィールド | 48 | 44 | 58 | 150 |
十種・七種競技 | 3 | 6 | 8 | 17 |
ヨット | 4 | 6 | 4 | 14 |
競泳 | 22 | 32 | 34 | 88 |
シンクロ | 8 | 8 | ||
飛び込み | 8 | 14 | 13 | 35 |
トランポリン | 2 | 2 | 4 | |
近代五種 | 8 | 7 | 6 | 21 |
アーチェリー | 1 | 3 | 5 | 9 |
射撃 | 26 | 28 | 27 | 81 |
テコンドー | 1 | 2 | 3 | |
テニス | 2 | 3 | 3 | 8 |
重量挙げ | 43 | 35 | 13 | 91 |
フェンシング | 28 | 20 | 24 | 72 |
サッカー | 2 | 3 | 5 | |
ホッケー | 2 | 2 | ||
フィギュアスケート | 1 | 1 |
単純に数字だけを見ると、レスリングと体操がソ連・ロシアの二大お家芸と言ってもいいかもしれない。もっとも、ソ連崩壊後もレスリングでは順調にメダルを稼いでいるのに対して、体操は目を覆いたくなるような惨状にある。
種目数が少ないので、単純にメダル数だけを見るとこのふたつより少ないが、同じく圧倒的な強さを発揮してきたのが重量挙げ。ただしこちらもソ連崩壊後は全然ダメ。
射撃やフェンシング、自転車も強い。意外なところではボート、カヌー。
陸上でもメダル数は多いが、これは単純に種目数自体が多いから。確かにフィールド競技では、跳躍にせよ投擲にせよ安定して強さを発揮しているが(とはいえ圧倒的ではないので、金メダル数はさほど多くない)、トラックでは、特に短距離はまったくダメだ。
陸上と並んで、ある意味夏のオリンピックのもうひとつの花形と言える競泳もまた、(ほかの競技に比べると)大したことはない。金メダルについて言うと、モスクワ大会だけで8個、あるいはサーリニコフとポポーフだけで約3分の1を稼いでいるのだから。笑えるのが、200m(かそれ以上)ばかりだということ。100m以下で優勝したのはポポーフとパンクラートフだけである。ロシア人てのは持久力はあっても瞬発力はないのか?
ソ連崩壊後こそ振るわないが、バスケ、バレー、ハンド、水球といったチーム競技も伝統的に強い。これに対してサッカーは意外に大したことがない。ホッケーが全然ダメなのは当然だろう。
笑えるのがシンクロ。金メダルしか取ったことがない。しかもシドニー以来。ソ連崩壊までは入賞すらできなかったのに。新体操とともに、現在ロシアが圧倒的な強さを誇る二大競技と言っていいだろう。
もっとも、新体操はオリンピック競技になったのが遅かっただけで、ロシア・ソ連は昔からブルガリアとともに新体操界に君臨していた。東欧革命のあおりでブルガリアがこけた後、ソ連から分かれたウクライナ・ベラルーシが伸び悩んでいる中、ロシアだけが大国として残っている、というところか。体操と重量挙げでは大国として残ることもできなかったわけだから、それだってすごいんだけどね。
ソ連崩壊後に強くなった競技には、ほかにテニスがある。シンクロや新体操ほど強くはないが。
何気に飛び込みでも、特に70年代以降に結構活躍している。
柔道はいまいち弱い。ロシア・ソ連というのは、レスリングや重量挙げのように獲得メダル数が逆三角形になるのが普通だが、柔道だけはピラミッド型、と言うより、半分以上が銅。
ちなみに個人で見てみると、フェルプスやスピッツが金メダルを量産するアメリカと違い、どうしてもロシア・ソ連でメダル量産ができる競技というと体操になる。ヴィクトル・チュカーリンが7/3/1の計11。ボリース・シャフリンが7/4/2の計13。ニコライ・アンドリアーノフが7/5/3の計15。ラリーサ・ラトィニナが9/5/3の計17。いずれも3大会をかけてかき集めたもの。1大会だけで見ると、ヴィターリイ・シチェルボの6/0/0が最多。ベラルーシだけど。
連覇ということで言うと、やはりアレクサンドル・カレーリンの3連覇だろう。ほかにも、ボート男子シングルスカルでヴャチェスラーフ・イヴァノーフが、陸上男子三段跳びでヴィクトル・サネーエフが、体操女子床運動でラリーサ・ラトィニナが3連覇を達成している。3連覇に後一歩というところまで迫った選手も決して多いとは言えないが、カレーリンとサネーエフの場合は4連覇に後一歩だったのだからすごい。