ドミートリイ・フョードロヴィチ «ペリーナ»
Дмитрий Федорович "Перина"
モローガ公 князь Моложский
生:?
没:?
父:モローガ公フョードル・ミハイロヴィチ (モローガ公ミハイール・ダヴィドヴィチ)
母:?
結婚:?
子:
名 | 生没年 | 分領 | 結婚相手 | 生没年 | その親・肩書き | |
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母親不詳 | ||||||
1 | ピョートル | モローガ |
第17世代。モノマーシチ(ヤロスラーヴリ系)。
1408年に父が死去。この頃のモローガについてはよくわからず、モローガ公位は兄ヴァシーリイが継いだとする文献とドミートリイが継いだとする文献とがある。いずれにせよ、遺領は兄弟間で分割され、モローガ公領は細分化された。
息子ピョートル・ドミートリエヴィチの代にモローガはモスクワに併合され、モローガ公領はその歴史を閉じた。
添え名の «ペリーナ» は「羽根布団」という意味?