エヴスターフィー・コンスタンティーノヴィチ
Евстафий Константинович
生:?
没:1264
父:コンスタンティーン・ヴラディーミロヴィチ (リャザニ公ヴラディーミル・グレーボヴィチ)
母:?
結婚:?
子:?
第12世代。スヴャトスラーヴィチ(ムーロム系)。
父は1217年に一族皆殺しに加担してリャザニを追われ、その後の消息は不明。1241年にガーリチにいたが、それが最後の情報となった。
当然、エヴスターフィー・コンスタンティーノヴィチについての情報もほとんどない。いつどこで生まれ育ってきたか、まったくわからない。
1260年に初登場。この時点では、すでにリトアニアにいた。
当時リトアニアでは、ミンダウガスが民族を統一して勢力を拡大していた。詳細はよくわからないが、エヴスターフィー・コンスタンティーノヴィチもそのもとで活躍していたのだろう。そうだとすれば、リトアニア貴族となった最初のリューリコヴィチのひとりということになる。