род
ロシア語の名詞は、性によって区別される。この場合の «性» とは、生物学的な性ではなく、文法上の性である。文法上の性 род は、生物学的な性 пол とは必ずしも一致しない。日本語ではどちらも «性» なのでまぎらわしいが、見ての通り、ロシア語ではまったく異なる単語を用いる。
このような文法上の性という概念は、英語をのぞくヨーロッパの言語にはほぼ一般的に見られる。英語以外のヨーロッパの言語を学んだ人には、馴染み深い概念であるはずだ。
ロシア語における性は、男性、女性、中性である。あらゆる名詞は、このいずれかに属する。
形態による性の区別
原則として、ロシア語における性は、単数主格の語尾によって分類される。なお、あくまでも «単数主格» の語尾による分類である。単数主格に限らず、複数でも斜格でも同じ語尾をとる «不変化名詞» は、語尾によっては分類されない。
性 | 語尾の文字 | |
---|---|---|
男性名詞 | 子音字 | -ь |
女性名詞 | -а/-я | |
中性名詞 | -о/-е(-ё) |
- 格変化する名詞
- 単数主格の語尾が子音字 : 男性名詞
- 単数主格の語尾が母音字
- -а / -я : 女性名詞
- 意味に基づいて男性名詞とされる名詞・場合がある(下記 «意味による性の区別» 参照)
- дитя、および -мя で終わる以下の10個 бремя、время、вымя、знамя、имя、пламя、племя、семя、стремя、темя は中性名詞
- -о : 中性名詞 ※なお -ё は -о ではなく -е と対応する
- 接尾辞 -ишко を持つ名詞は、基となった名詞の性
- -е : 中性名詞
- 接尾辞 -ище を持つ名詞は、基となった名詞の性
- -э : 存在しない ※もしあったとしたら外国語であるから、不変化名詞に分類される
- -у / -ю : 存在しない ※もしあったとしたら外来語であるから、不変化名詞に分類される
- -ы / -и : 複数形
- ロシア語文法に則り複数形しかない名詞扱いする(деньги や Афины など)
- 外来語として、不変化名詞に分類する
- -а / -я : 女性名詞
- 単数主格の語尾が記号
- -ь
- -тель、月の名、特定の動物名 : 男性名詞
- -ль、-нь、-рь の多く : 男性名詞
- ноготь、дождь : 男性名詞
- その他 : 女性名詞
- -ъ : 存在しない
- -ь
- 格変化しない名詞(不変化名詞) ※これについては下記
意味による性の区別
本来は ♂ を意味する名詞は男性名詞、♀ を意味する名詞は女性名詞だったはずだが、現実には様々な齟齬が存在する。このため、上記のように形態で性を区別するには限界があり、以下述べるように意味によって区別することがある。
動物を表す名詞
動物を表す名詞には、次の3パターンが存在する。
- ♂♀ それぞれ別の名詞が存在
- 総称として ♂ を表す名詞(♀ を表す名詞はめったに使わない) лев ⇔ львица、волк ⇔ волчица、медведь ⇔ медведица
- 総称として ♀ を表す名詞(♂ を表す名詞も頻繁に使われる) кошка ⇔ кот、овца ⇔ баран
- ♂♀ 区別できない名詞 кит、лебедь、крыса、мышь
たとえば「黒猫が走っていった」という場合、その黒猫の ♂♀ にかかわらず(通常はわからないはずだ) Бежала чёрная кошка. と言う。しかし「うちには猫がいます」という場合、自分で飼っている猫であるから ♂♀ の区別がつくはずで、このような場合は У нас есть кот. と У нас есть кошка. を使い分ける。
いずれにせよそれぞれの名詞の男性・女性の区別は、実際の ♂♀ とは無関係に、上述の «形態による性の区別» に従う。
人を表す名詞
人を表す名詞には、次の4パターンが存在する。
- ♂ を表すのに語尾が女性 : 語尾にかかわりなく男性名詞 мужчина、юноша、дядя、дедушка (Мой дедушка умер год назад.)
- ♂♀ それぞれ別の名詞が存在 : 総称としては男性名詞を使用 студент ⇔ студенкта、преподаватель ⇔ преподавательница
※男性名詞の方がより総称的・抽象的・普遍的なニュアンスを持つ。特に肩書きにおいて強く現れる。女流詩人アンナ・アフマートヴァは поэтесса と呼ばれるのを嫌い、«Я ─ поэт.» と言っていた。 - ♀ を表す名詞が存在しない
- ♂ を表す名詞で ♀ も表す врач、профессор、доктор、глава、кондуктор、шофёр
※♀ を明確にしたい場合には、付語を添える。женщина-врач のごとくであるが、これはあまり好まれない。
次の文で代名詞を она にして、前後のコンテキストで表現する。
話し言葉では動詞を女性形にすることがあるが、本来は文法的に間違い。ただし固有名詞を付加した場合には、この傾向が強い。Пришла доктор Иванова. - そもそも ♀ は表さない человек、индивидуум、инвалид、ребёнок、детеныш、подросток、потомок、адресат、друг、враг、противник、основоположник、знаток、гений
- ♂ を表す名詞で ♀ も表す врач、профессор、доктор、глава、кондуктор、шофёр
総性名詞
-а / -я の語尾でありながら、♂♀ 双方を表し得る。ロシア語のあらゆる名詞は男性、女性、中性のいずれかに分類されるが、これのみは男性と女性のいずれにも分類し得ない。現実に ♂♀ いずれを指しているかにより、男性にもなれば女性にもなる。ゆえに «総性»、あるいは «通性»、«両性»、«双性» などと呼ばれる。
次のようなものが総性名詞である。убийца、пьяница、умница、обжора、сирота、коллега、судья、плакса、задира、гуляка、зубрила、староста、бедняга、калека、малютка、лгунишка、хвастунишка、воришка
-а / -я の語尾を取るため、語尾変化自体は女性名詞の語尾変化をする。しかし ♂ を指す場合は男性名詞として、♀ を指す場合は女性名詞として扱われる。このため、男性名詞として扱われる場合は、関連する形容詞や動詞もすべて男性となる。
- По улице ходил один сирота. 男性名詞扱い
По улице ходила одна сирота. 女性名詞扱い - Там я встретил одного сироту. 男性名詞扱い
Там я встретил одну сироту. 女性名詞扱い
人名
人名は、持ち主のセックスに応じて男性・女性を区別する。細かく言うと以下のとおり。
- イーミャ(ファースト・ネーム)および愛称形は、語尾にかかわらず持ち主のセックス
- ファミーリヤ(姓)は、
- ロシア語の形容詞に準拠する語尾(性質・関係形容詞 -ий/-ый/-ой、所有形容詞 -ов/-ев/-ёв/-ин/-ын)の場合、持ち主のセックスに応じて男性形・女性形に変化
- それ以外の語尾の場合、変化はしないが、語尾にかかわらず持ち主のセックス
不変化名詞の性
どの名詞が格変化をするのか、どの名詞が格変化をしないのか(不変化名詞か)、その判別はおおよそ以下のとおり。
- 外来語
- 普通名詞
- -о/-ё、-э/-е、-у/-ю、-ы/-и および -а́/-я́ : депо、пальто、купе、такси、шасси、кенгуру、буржуа、амплуа、леди、рефери、жюри
- 子音字で終わる女性を意味する名詞 : мадам
- 固有名詞
- -о/-ё、-э/-е、-у/-ю、-ы/-и および -а́/-я́ : Тарту、Тбилиси、Осло、Токио、Гюго、Гете、Дюма、Вилли
- 子音字で終わる女性の姓 : Цеткин、Зегерс、Элен、Федорук、Шевчук
- 普通名詞
- ロシア語
- 固有名詞
- 形容詞の斜格で終わる姓 : Чутких、Белых、Белаго、Дурново
- -ово/-ево、-ино/-ыно で終わる地名 : Быково、Тушино
- 略語
- 文字ごとに読むもの : РФ /эрэф/、МГУ /эмгеу/、США /сэшеа/、ЦСКА /цеска/
- ※ 全体でまとめて読むものは格変化する : вуз、загс、БАМ、МХАТ
- 固有名詞
別の言い方をすると、外来語では子音かアクセントのない -а/-я で終わる名詞(女性を除く)しか格変化しない、ということである。もっとも、деньги も元々は外来語であったし、Афины などは外国の都市名だから立派な外国語だが、こんにちではどちらも普通に格変化している(上記法則に従えば、どちらも格変化しないはずである)。このように、格変化するかしないかの判別は必ずしも厳密ではない。
不変化名詞を男性名詞、女性名詞、中性名詞に分類するには、以下のようになる。
- 人・動物を表す名詞(人名含む)
- ♂ を現す名詞、特に ♂♀ を特定しない名詞 : 男性名詞
- ♀ を表す名詞 : 女性名詞
- それ以外の名詞
- 略語 : 基の語群の性
- 〜語、〜市、〜川など : 言語、市、川などの性
- その他 : 中性名詞
略語の、«基の語群の性» というのはこういうことである。РФ は Российская Федерация を略したもので、これは(Федерация は)女性名詞であるから、РФ は女性名詞として扱われる。МГУ は Московский государственный университет を略したもので、これは(университет は)男性名詞であるから、МГУ は男性名詞として扱われる。同じように、США は男性名詞の複数、ЦСКА は男性名詞としてそれぞれ扱われる。
言語名は、言語を意味するロシア語の名詞 язык が男性名詞であるから、男性名詞。хинди、урду、суахили。
都市名は、都市を意味するロシア語の名詞 город が男性名詞であるから、男性名詞。Глазго、Капри。
島の名は、島を意味するロシア語の名詞 остров が男性名詞であるから、男性名詞。Борнео。
河川名は、河を意味するロシア語の名詞 река が女性名詞なので、女性名詞。Лимпопо、Миссисипи
その他、これに順ずるが、よほど有名なものでない限り、いきなり固有名詞だけポンと置かれてもロシア人にも理解できないので、通常はこれらの固有名詞は普通名詞の付語とされる。г. Глазго や остров Борнео、р. Лимпопо など。
名詞以外のものが名詞として扱われる場合は中性。名詞以外の品詞、文字の名、ドレミなど。Ваше «нет» мне не понравилось.
名詞以外の品詞における性
名詞に性の区別が存在することで、名詞にかかわるその他の品詞にもそれに応じた区別が生じる。
形容詞単数主格 | 形容詞短語尾 | 三人称代名詞 | 動詞直説法過去 | |
---|---|---|---|---|
男性 | -ый(-ой)/-ий | -ø | он | -л |
女性 | -ая/-яя | -а | она | -ла |
中性 | -ое/-ее | -о | оно | -ло |
複数における性
ロシア語では、複数においては形態上の性の区別はほぼ消失する(性そのものが消えるわけではない)。
名詞複数主格 | 形容詞複数主格 | 形容詞短語尾 | 三人称代名詞 | 動詞直説法過去 | |
---|---|---|---|---|---|
男性 | -ы/-и | -ые/-ие | -ы/-и | они | -ли |
女性 | |||||
中性 | -а/-я |
性の役割
なぜ性などというものがあるのか。理由は簡単で、単語と単語の関係性を明らかにするためである。性によって語尾に違いが生じるからこそ、どの形容詞がどの名詞を修飾しているのか、どの名詞がどの動詞の主語となっているのかがわかるのである。
もちろん、この役割を果たすのは性だけではない。