ロシア学事始ロシア語概説形態論

移動の動詞

глаголы движения

«移動の動詞» は «運動の動詞» などとも呼ばれるが、日本語訳の違いでしかない。
 移動の動詞とは、対応する完了体を持たない総計30ほどの不完了体動詞の総称である。その特徴は、行為主体の場所の移動を意味すること、しかも語義的に同じ意味を持つふたつの動詞がペアを組んでいることにある。このペアには法則性があり、一方を «定動詞(定方向動詞)»、他方を «不定動詞(不定方向動詞)» と呼ぶ。

 以下、A群が議論の余地なき移動の動詞であり、B群が学者によって移動の動詞に含めるか否か意見の分かれる動詞である。実際、B群の動詞は定動詞と不定動詞とで意味が違ったり、そもそも定動詞、不定動詞それぞれの本来の意味を持っていなかったりする。学習的な観点からすれば、B群は無視していい。

語義定動詞不定動詞
(歩いて)行く・来るидтиходить
(乗り物で)行く・来るехатьездить
走るбежатьбегать
飛ぶлететьлетать
泳ぐплытьплавать
導くвестиводить
(乗り物で)運ぶвезтивозить
(持って)運ぶнестиносить
ぶらつくбрестибродить
追う・駆り立てるгнатьгонять
転がすкатитькатать
よじ登る・おりるлезтьлазить
這うползтиползать
引きずるтащитьтаскать
валитьвалять
植えるсадитьсажать
вестисьводиться
везтисьвозиться
追い駆けるгнатьсягоняться
転がるкатитьсякататься
疾駆するнестисьноситься
тащитьсятаскаться

 語義が空欄なのは、定動詞と不定動詞で異なったりして、単純化しづらいため。

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使い分け

 定動詞と不定動詞の違いを単純化して図式化すると、以下のようになる。

 次のような文で見てみよう。

 定動詞は、目的地に向けた片道移動を示す。ゆえに、1 の文は、目的地は明示されていないものの、「どこかに向かって船が行く」という意味である。
 これに対して不定動詞は、目的地に向かう往復行動、あるいは目的地のない行動を示す。よって、「船がどこかへの定期航路に就航している」あるいは「どこかへ行って帰ってくる」、もしくは「船がふらふら海の上に浮かんでいる」となる。しかし不定動詞には特殊な用法もあり、それが特性・能力の表現である。すなわち、「船というのは水に浮かぶ/水を行くものだ」、「あの船は動ける」というような場合である。

  1. Дети бегут на стадион. 「子供たちはスタジアムに走っていく」(定方向)
    Дети бегают на улице. 「子供たちは表で走りまわっている」(不定方向)
  2. Тогда я шёл в университет. 「その時わたしは大学に向かっていた」(定方向/片道/1回)
    Три года я ходил в университет. 「3年間わたしは大学に通った」(定方向/往復/反復)
  3. * Вчера она ехала в библиотеку. (これだけでは意味をなさない)
    Вчера она ездила в библиотеку. 「昨日彼女は図書館に行った」(定方向/往復/1回)
  4. Сейчас я иду в магазин. 「いまわたしは店に向かっているところだ」(定方向/片道/1回)
    * Сейчас я хожу в магазин. (意味をなさない)
  5. Каждое лето птицы летят на юг. 「毎年夏に、鳥たちは南に飛んでいく」(定方向/片道/反復)
    Каждое лето птицы летают на юг. 「毎年夏に、鳥たちは南に飛んでいく」(定方向/片道/反復)

 1 は、最も典型的な定動詞と不定動詞の使い分けである。定動詞の «定»、不定動詞の «不定» とは、方向・針路が定か不定か、という意味である。ゆえに方向・針路が特になく、いわばあてもなく動きまわっている動作は不定動詞が表す。
 ただし、方向・針路の不定とは、目的地の有無とイコールではない。それを示しているのが 2 の例文である。ここではどちらも大学という目的地は明示されている。しかし定動詞が片道であるのに対して、不定動詞は往復を意味している。
 2 の例文がもうひとつ、定動詞と不定動詞の違いを示している。それは、時間的な観点で、定動詞は「ある時1回行われていた/行われている/行われているだろう動作」を表す。これに対して不定動詞はそのような意味も表し得るが、より一般的には反復、あるいは特にいつと限定しない動作である。これは、3 の例文を見るとよりはっきりするだろう。ここで定動詞を使った文がおかしいのは、強いて日本語に訳すと「昨日彼女は図書館に向かっていた」という意味になってしまうからである。この例文が意味を持ち得るのは、「しかし途中で彼氏に会って……」といったような文が後続する場合のみであろう。
 さらに次の 4 の例文を見てみよう。ここまでの定動詞を使った例文からもわかると思うが、定動詞は「プロセス」を意味する。すなわち、「〜している途中」という意味である。もちろん、1 の例文が示しているように、不定動詞も現在のプロセスを示し得る。しかしそれは不定方向を意味する場合で、定方向を意味している場合には 2 のような「通う」という反復か、3 のような「行って帰ってきた」という行為の終了を意味する。つまり 4 の不定動詞を使った文では「いま」が余計なのである。「しょっちゅう」とか「めったに」などといった副詞と交替させれば、まともな文になる。
  5 の例文は難しいが、これはどちらもあり得る。と言うのも、「南へ」という定方向、しかも片道であるから、これは定動詞の出番である。しかし同時に、反復であるからこれは不定動詞の役割である。しかも片道とは言ったが、反復である以上、往復であることが前提となっている。つまり、定動詞と不定動詞それぞれの要素がほどよくミックスされた文ということになる。このふたつの文の差異は説明しづらいが、あえて単純に言ってしまえば、定動詞を使った文には «具体的な動作のプロセス»、不定動詞を使った文には «一般論» といったニュアンスが、それぞれ微妙に加味されているといったところか。
 このように、定動詞と不定動詞の使い分けはかなり微妙な場合がある。

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接頭辞と体

 移動の動詞に接頭辞がつくと、別の動詞ができる。ロシアの学者はこれらも移動の動詞と呼ぶ場合があるが、日本の学者はそれらを移動の動詞に含まない。

 移動の動詞に接頭辞がつくと、定動詞は完了体動詞に、不定動詞は不完了体動詞になる(上述のように、移動の動詞そのものはすべて不完了体動詞である)。

定動詞不定動詞
идтиходить
完了体動詞不完了体動詞
в-войтивходить
вы-выйтивыходить
за-зайтизаходить
на-найтинаходить
о-обойтиобходить
про-пройтипроходить
раз-разойтирасходить
у-уйтиуходить

 「移動の動詞に接頭辞がつく」と言っても、このように、微妙に形が変わることも少なくない。

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最終更新日 13 09 2012

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