З02:普遍人称文
もうひとつ別のタイプの、特殊な文型があった。
- Слы́шал зво́н, не зна́ешь, где́ о́н. 「鐘が聞こえたのに、それがどこだかわからない」=「何を言っているか本人にもわかっちゃいない」
これはかなり特殊である。文法的に言うと、
- 主語がない(あってはいけない)。
- にもかかわらず述語(動詞)が単数二人称(男性)の形をとる。
というものだ。
意味的には、こちらは「みんなが」とか「誰かが」とかではなく、「人類みなひとりも漏れなく」である。「誰が」がどうでもいい文ではなく、「誰が」を言うまでもない文だ。なぜなら「わたし」も「きみ」も「かれ」も「彼女」も含めた、「ありとあらゆる人が」という意味だからである。ただしもっと言うと、単に「ありとあらゆる人が」と言うよりも、むしろ「人というものは」である。
これもまた、主語 ты が省略された文、とも考えることができるが、上述のように、単に省略されたわけではなく、あってはいけないのである。
ただし、ты が省略された文とあってはいけない文との見分け方は、非常に難しい。なぜなら、特に日常会話では、主語 ты が省略された文がかなり多いからである。
- Ви́дишь? 「見える?」
- По́нял? 「わかった?」
- Ка́к живёшь? 「元気かい?」
など、めんど臭いから ты を省略した、という文は枚挙に暇がない。
ではどうやって見分けるか。答えは単純、不可能なのである。だから聞き手・読み手が意味をもとに判断しなければならない。
Ты́ соединя́й с ни́м уси́лия. Одно́й руко́й узла́ не завя́жешь.
соединя́ть(不完) ⇔ соедини́ть(完)対格を結ぶ・接続する
※⇐ един(один)にする
уси́лие(中性名詞)力を入れること、努力・尽力
у́зел(男性名詞)結び目
завяза́ть(完) ⇔ завя́зывать(不完)対格を結ぶ
前半の文には主語 ты がある。述語動詞もそれに応じた単数二人称(命令形)になっている。
ところが後半の文には、主語 ты がない。述語動詞は単数二人称(現在形)である。さて、これは、前半の文と同じ主語だから、ということで主語 ты を省略しただけの文なのだろうか。それとも「文法上主語があってはならない文」なのだろうか。これだけでは、どちらとも判断できないのである。
日本語訳はどうなるかと言うと、
- ты が省略された文 : 「きみ、かれと力を合わせなさい。きみは片手じゃ結び目は結べないよ」
- ты があってはならない文 : 「きみ、かれと力を合わせなさい。『人というのは片手じゃ結び目は結べない』ものだよ」
どちらの方が相応しいだろうか。その判断はあなたに委ねられる。ただし一言述べておくと、ты が省略された文だとしたら、意味からして、ты は片手が不自由な人であろう。
この手の文は、意味的にも、実際の使われ方でも、かなり特殊である。
だいぶ以前のことだが、1990年代のモスクワは、ソ連崩壊と市場経済導入の混乱により、北カフカーズ系のマフィアがかなり幅を利かせていた。レストランなどはマフィアからショバ代を要求され、それに対抗するために入り口に金属探知機を設置していた。金属探知機の左右にはАК-47を構えたガードマンが威圧的に立っており、「あれじゃあ客も入る気にならないんじゃないか」、などと知り合いのロシア人と世間話をしていた時のことだ。とある高級レストランの裏事情について小耳にはさんだあることないことしゃべっていると、知り合いのロシア人がこう言った。
Ма́ло зна́ешь, хорошо́ спи́шь.
わたしは、これは、わたし個人に対して言われた文ではない、つまり ты が省略された文ではなく「主語があってはならない文」だ、と受け取った。もっとも、その知り合いのロシア人とは ты ではなく вы で呼び合う仲だったから、これは明白だったわけだが。
- 「きみは少ししか知らなければ、よく眠れるよ」
- 「人は少ししか知らなければ、よく眠れるものだ」
あなたはどちらだと思うだろうか。
この手の文は、このように、ことわざ、成句、アフォリズムに多用される。とりあえずいまの段階では、ことわざ用の文型、と理解しておいていい。ということは、使えなくても何の問題もない。聞いた時・読んだ時に「ああ、あれか」とわかればそれで十分だ。
- С дурако́м пи́ва не сва́ришь. 「バカと一緒にはビールを沸かしたりしないものだ」
- Слеза́ми го́рю не помо́жешь. 「涙で哀しみを癒さない」=「涙では哀しみは癒せない」
- Ти́ше е́дешь ─ да́льше бу́дешь. 「静かに行けば遠くまで行く」≒「急がば回れ」
- Не зна́ешь, где́ найдёшь, где́ потеря́ешь. 「どこで見つけどこで失くすかはわからないものだ」
- Лбо́м стены́ не прошибёшь. 「ひたいで壁を破らない」=「ひたいで壁は破れない」=「蟷螂の斧」
- С соба́кой ля́жешь, с блоха́ми вста́нешь. 「犬と寝れば蚤と起きる」=「朱に交われば赤くなる」
- За двумя́ за́йцами пого́нишься, ни одного́ не пойма́ешь. 「二匹のウサギを追い始めれば、一匹も捕まえない」=「二兎を追うもの一兎をも獲ず」
#163 主体がすべての人にあてはまる文は «普遍人称文» になる。主語がなく、述語は単数二人称(男性)。ことわざ専用の文型である。