В17:AはBではない
続いて、否定について学ぼう。
Э́то ко́шка.
という文を、否定文にしてみる。
ここでも日本語、英語と比較して見てみよう。
肯定文 | これ | は | ネコ | です | 。 | |
否定文 | これ | は | ネコ | では | ない | 。 |
「ない」という否定の助詞を加え、そのために「です」の代わりに「では」を入れる。
英語ではどうなるか。
肯定文 | This | is | a | cat | . | |
否定文 | This | is | not | a | cat | . |
not という否定の副詞を加える。
ロシア語では、
肯定文 | Э́то | ко́шка | . | |
否定文 | Э́то | не | ко́шка | . |
というように、не を加えるだけである。
少し先走っておこう。まだやっていない文法について見てみる。
- I know him. ⇒ I do not know him.
のように、動詞を使った文では、英語では否定文にするために do という余計な助動詞が必要になる。ところがロシア語では、
- Я́ зна́ю его́. ⇒ Я́ не зна́ю его́.
というように、これまた не を加えるだけである。ほかには何もやる必要がない。と言うか、やってはいけない。
#33 否定文にするには не を加えるだけ。
ただし、「AはBである」の中で、ABともに名詞の文だけは例外である。この場合は、AとBを結ぶ ─ を削除し、代わりに не を加える。
- Москва́ ─ столи́ца. ⇒ Москва́ не столи́ца. 「モスクワは首都ではない」
- Его́ оте́ц ─ учи́тель. ⇒ Его́ оте́ц не учи́тель. 「かれの父親は教師ではない」
#34 「AはBである」のABともに名詞の文では、間の ─ を削って не を入れる。
ちなみに、これらの否定文の文末の「 . 」を「 ? 」に置き換えれば、それだけで否定疑問文が出来上がる。
- Москва́ не столи́ца? 「モスクワは首都ではないんですか?」
- Его́ оте́ц не учи́тель? 「かれの父親は教師ではないの?」
ついでに
さらに、これはむしろ中級以降の話になるが、ここで次の原則も一応確認しておく。
#35 не は、否定したい単語の前に入れる。
- Не Москва́ ─ столи́ца. 「モスクワではない都市が首都である」
- Не его́ оте́ц ─ учи́тель. 「かれの父親ではない人が教師である」
このふたつの例文はかなり変な文になってしまった。
─ Я́ не тебе́ поклони́лся, я́ всему́ страда́нию челове́ческому поклони́лся.
「ぼくは君にひざまずいたんじゃない。人類のあらゆる苦悩の前にひざまずいたんだ」
これはドストエーフスキイ『罪と罰』の有名な一節だが、ここで не という否定の小詞は тебе の前に置かれている。すなわち、тебе「君に」 を否定している。ゆえにそのニュアンスをより明確に訳すとすれば、「ぼくがひざまずいたのは君にじゃない」という感じになろうか。「君」を否定して、「人類のあらゆる苦悩」をこれと対比しているのがこの文である。
要するにイントネーションと同じ原則である。イントネーションでは、何が言いたいのか、言いたい単語の有力点母音の高低が最重要である。否定でも、何を否定したいのか、否定したい単語の前に не を置くのである。
であるから、ロシア語には、英語でいう部分否定がない。極論すれば、すべての否定が部分否定なのである。
詳しくは追々やっていこう。
否定疑問に対する答え
英語では、yes と no の使い方は厳密だ。このため、
- Are you a student? 「きみは大学生?」
- Yes, I'm a student. 「うん、大学生だよ」
- No, I'm not a student. 「いや、大学生じゃないよ」
- Aren't you a student? 「きみは大学生じゃないの?」
- Yes, I'm a student. 「いや、大学生だよ」 ⇒ 答えが肯定文のため yes を使う。
- No, I'm not a student. 「うん、大学生じゃない」 ⇒ 答えが否定文のため no を使う。
となる。つまり、相手の質問が肯定文だろうと否定文だろうと、yes と no の使い分けに何の影響もない。ただひたすら、自分の言いたい文が肯定文か否定文かに基づいて yes と no を使い分ける。これは日本人には大いに戸惑わされる点である。
これに対してロシア語では、
- Ты́ студе́нт? 「きみは大学生?」
- Да́, я́ студе́нт. 「うん、大学生だよ」
- Не́т, я́ не студе́нт. 「いや、大学生じゃないよ」
- Ты́ не студе́нт? 「きみは大学生じゃないの?」
- Не́т, я́ студе́нт. 「いや、大学生だよ」 ⇒ 疑問を否定しているため нет を使う。
- Да́, я́ не студе́нт. 「うん、大学生じゃない」 ⇒ 疑問を肯定しているため да を使う。
- Не́т, я́ не студе́нт. 「いや、大学生じゃない」 ⇒ 答えが否定文のため нет を使う。
である。見ての通り、日本語とまったく同じ感覚である。英語と違い、否定疑問文に対して «Да́, я́ студе́нт.» と答えることは許されない。
否定疑問文に対する «Не́т.» には、大学生である場合と大学生でない場合とふたつの場合があり得る。このためもあって、ロシア人は、否定疑問文に対して Да́ や Не́т だけで答えるということをしない。
この点は、日本語の感覚で通じるので、英語を知らない人には無意味であろう。英語を知っている人のために説明しておいた。
付加疑問
さらについでに。これまた英語を知っている人のために。
ロシア語には «付加疑問» なる概念も文法も存在しない。あるのは「念を押す表現」。
- Ты́ студе́нт, да? 「きみ大学生だろ?」
このように、基本的には疑問文の最後に да をつける。念押しというのは、相手に肯定の答えを要求するものだからである。
ただしこれはあくまでも「念を押す表現」であるから、状況次第でさまざまな言い方が可能である。
日本でもいい大人がビジネスの場面で相手に念押しをする「〜だろ」や「〜ですよね」という表現はしない。それはロシアでも同様で、この手の表現は言わば「品のない」、「ぶしつけな」表現であり、ビジネスの場面に限らず、あまり使わない方がいい。これは語学の問題と言うよりはエチケットの問題である。