А10:正確な発音について
正確な発音にこだわると喋れなくなる。特に、学習のはじめにおいて正確な発音にこだわると、先に進む気力が萎える。ゆえに日本語でごまかせる音は日本語でごまかす、というのがわたしのポリシーである。
しかしその一方で、鉄は熱いうちに打てと言う。習い始めの段階でおかしなクセを身につけてしまうと、後々まで尾を引くことになる。ゆえに最初の最初にまず正確な発音にこだわる、というのもまた正論であろう。少なくとも、いい加減な日本語的発音ではない、よりネイティヴに近い正確な発音ができるに越したことはない。
要は、モチベーションさえ維持できるなら、発音には最初からこだわるべきなのである。
ということで、ここで一応、正確な発音について述べておく。こだわるかどうするかは、あなた次第である。
ちなみに、正確な発音を学ぼうと思ってネイティヴの発音を何度聞いても、基本的に無意味である。なぜなら日本人の脳は、ロシア語の発音を日本語の発音に変換して理解してしまうからだ。だから耳から聞いているだけでは、いつまでたっても ся /sʲa/ と ша /ȿa/ の区別ができない。脳が勝手に、ふたつとも日本語の似た音、つまり「シャ」に «翻訳» してしまうのである。
何度も続ければ聞き分けることはできるようになるかもしれないが、自分で発音しようとなると無理である。なぜなら、どう発音したらいいかわからないからだ。日本人の舌は、生まれてからこのかた /sʲa/ と /ȿa/ を発音したことがないので、どうしても日本語の似た音、つまり「シャ」と発音してしまうのである。
このように、聞き取るにせよ発音するにせよ、日本語の知識、習慣が邪魔をする。それも脳や舌に染み付いてしまったものなので、容易に修正できない。
なので、正確な発音を身につけようと思うなら、先ずは自分の舌を思い通りに操れるようになること。自分が「シャ」と発音している時に、舌がどこにどういう状態で存在しているか、しっかり認識できるようになること。ロシア人が /sʲa/ や /ȿa/ と発音している時には、舌がどこにあるのか、しっかり学んで理解すること。そして「シャ」と /sʲa/ と /ȿa/ と、3つの舌の位置の違いをしっかり認識した上で、/sʲa/ や /ȿa/ を繰り返し練習することで /sʲa/ と /ȿa/ を発音する場合のポジションを舌に覚えさせること(もちろん /sʲa/ と /ȿa/ に限った話ではない)。ся を発音しよう、と思ったら、考えるまでもなく自然と舌が正しいポジショニングをするようになるまで、舌に徹底的に覚えこませることである。要するに、«パヴロフの犬» だ。ш という文字を見たら舌が自然と /ȿ/ の位置をとるまでに練習しよう。
ネイティヴの発音を聞くのは、これと同時進行(あるいはこの後)でなければ、あまり意味がない。
母音
前 | 中 | 後 | |||
狭 | i | ɨ | ʉ | u | ||
ɪ | ʊ | ||||
半狭 | e | ɵ | o | ||
ə | |||||
半広 | ɛ | ||||
æ | ɐ | ||||
広 | a | ɑ |
- /a/
- 日本語の「ア」。異音に、[a]、[æ]、[ɑ]、[ɐ] がある。
- [a] 非円唇前舌広母音
- 舌の全体を下顎にベッタリと横たえて発する。唇は丸めない。
母音字 а の本来の音である。- а : アクセントあり(чщ の後を除く)
- [æ] 非円唇前舌準広母音
- [a] より舌の位置が気持ち上にある。唇は丸めない。
軟音の後の [a]。軟音というのは舌を口蓋に近づけて発音するので、その後で /a/ を発音しようとすると、自然に舌の位置が [a] よりも微妙に上になる。だから [a] と [æ] の区別をあまり意識する必要はない。- я : アクセントあり
- а : アクセントあり、かつ чщ の後
- [ɑ] 非円唇後舌広母音
- [a] より舌の位置が奥にずれる。唇は丸めない。
- а : アクセントあり(чщ の後を除く)、かつ音節を閉じる [l] の直前 ※зна́л、руса́лка
- [ɐ] 中舌準広母音
- [a] よりは [ə] に近く(より曖昧に)、[ə] よりは [a] に近い(より明瞭に)。唇は丸めない。
上の説明からもわかる通り、アクセントのある [a] とアクセントのない [ə] の中間的な音。アクセントはないのだが、それでも何らかの理由で /a/ を強調したい場合にこの音が現れる。- а : アクセントなし、かつ語頭、あるいはアクセントのある母音の直前
- о : アクセントなし、かつ語頭、あるいはアクセントのある母音の直前
- /e/
- 日本語の「エ」。異音に、[e]、[ɛ] がある。
- [e] 非円唇前舌半狭母音
- [i] より舌先が少し下に位置する。唇は丸めない。むしろ気持ち横に開く。
- е : アクセントあり(жшц の後、および一部の外来語を除く)
- [ɛ] 非円唇前舌半広母音
- 舌先は、[e] より少し下、[æ] より少し上に位置する。唇は丸めない。
そもそも日本語には [e] と [ɛ] の区別が存在しない以上、日本人で両者を区別できる人はいない。しかしそれを言えば、ロシア人もどの程度区別できるか疑わしい。と言うのも、ネイティヴというのは無意識のうちにできてしまうのがネイティヴだからであり、むしろ意識的に区別するのは非ネイティヴである。それはともかく、[e] が [i] 寄りであるから言わば «暗い» 音であるのに対して、[ɛ] は [a] 寄りであるから言わば «明るい» 音である。そして現実的なこの両者の区別のポイントは、[e] が軟音の後、[ɛ] が硬音の後、という違いである。ゆえに、ロシア語で /エ/ という音が出てきたら、日本語の「エ」よりも気持ち口を縦に開き気味で発音するよう心がけよう。それが硬音の後であればそのまま発音できるし、軟音の後であれば自然と舌が気持ち上になるはずだ。その点で、[e] と [ɛ] の関係は、[æ] と [a] の関係に等しい。
母音字 э の本来の音である。- э : アクセントあり
- е : アクセントあり、かつ жшц の後
- е : アクセントあり、かつ外来語などで硬音として発音される場合
- /i/
- 日本語の「イ」。異音に、[i] がある。
- [i] 非円唇前舌狭母音
- 舌先は歯茎に接近させる。唇は丸めない。むしろ気持ち横に開く。
母音字 и の本来の音である。- и : アクセントあり(жшц の後を除く)
- /o/
- 日本語の「オ」。異音に [o]、[ɵ] がある。
- [o] 円唇後舌半狭母音
- 舌は基本的に下顎にベッタリと横たえるが、奥を軽く持ち上げる。唇は丸める。
母音字 о の本来の音である。- о : アクセントあり(чщ の後を除く)
- [ɵ] 円唇中舌半狭母音
- [o] に比べて、舌全体が気持ち前および上にある。あるいは、[ʉ] より舌が下にある、と言った方がいいか。唇は丸める。
硬音の後が [o]、軟音の後が [ɵ] である。舌の位置が [o] よりも前および上にある、というのはそういうことだ。軟音、すなわち口蓋に舌を接近させた音の後に発せられるので、必然的に舌は [o] よりも口蓋に接近してしまう。つまり、[o] と軟音の発音がきちんとできていれば、必然的に [ɵ] の発音もできてしまうものである。- ё
- о : アクセントあり、かつ чщ の後
- /u/
- 日本語の「ウ」。異音に [u]、[ʉ]、[ʊ] がある。
- [u] 円唇後舌狭母音
- 舌の奥を上に持ち上げる。唇は丸める。
日本人はたいてい唇をすぼめはするが、丸めはしない。いささか曖昧な感じで発音している。特に語末の [u] においてそれが顕著である。この点に留意。
母音字 у の本来の音である。- у : アクセントあり(чщ の後を除く)
- [ʉ] 円唇中舌狭母音
- [u] より舌の位置が気持ち前にある感じ。唇を丸める。
[u] が硬音の後であるのに対して、[ʉ] は軟音の後。ゆえに、舌の位置が [u] より気持ち前にあるのだ。と言うのも、軟音とは舌の中央部を上に持ち上げた音だからである。だから、[u] と軟音の発音がきちんとできていれば、[ʉ] の発音は無意識にできてしまうはずである。
ちなみに IPA によると、唇を丸めないと [ɨ] になる、とされている。- ю : アクセントあり
- у : アクセントあり、かつ чщ の後
- [ʊ] 円唇準後舌準狭母音
- 舌の位置は [u] と [ə] の中間。唇は丸める。
[u] が緊張した音だとすると、[ʊ] は弛緩した音。ゆえに、アクセントがある場合は [u]、アクセントがない場合は [ʊ] という対応が成り立つ。- у : アクセントなし
- ю : アクセントなし
- /ɨ/
- 日本語には存在しない。異音に [ɨ] がある。
- [ɨ] 非円唇中舌狭母音
- 舌の位置は [u] や [ʉ] とほぼ同じ、奥を持ち上げる。ただし舌先や中央部は下顎に横たえたまま。唇は丸めない。IPA によれば、唇を丸めるか丸めないかで [ʉ] と [ɨ] が区別されている。
母音字 ы の本来の音である。- ы : アクセントあり(場合によりアクセントなし)
- и : アクセントあり、かつ жшц の後(場合によりアクセントなし)
- э : (場合により)アクセントなし
- е : (場合により)アクセントなし、かつ жшц の後
- /ə/
- 日本語には存在しない。異音に [ə] がある。
- [ə] 中舌中央母音/シュワー
- 舌は口の中央部に軽く浮かせる感じ。唇は丸めない。
「あいまい母音」と呼ばれることが多いが、曖昧なのは音の聴こえ方であり(「ア」だか「ウ」だか「エ」だか区別がしづらい)、[ə] という発音そのものをいい加減にしていいということではない。
アクセントのない硬母音の発音である。- а : アクセントなし(ただし語頭、あるいはアクセントのある母音の直前を除く)
- о : アクセントなし(ただし語頭、あるいはアクセントのある母音の直前を除く)
- и : (場合により)アクセントなし、かつ жшц の後
- ы : (場合により)アクセントなし
- э : (場合により)アクセントなし
- е : (場合により)アクセントなし、かつ жшц の後
- /ɪ/
- 日本語には存在しない。異音に [ɪ] がある。
- [ɪ] 非円唇準前舌準狭母音
- 舌の位置は [i] と [ə] の中間。唇は丸めない。
アクセントのない軟母音の発音である。
[i] が緊張した音だとすると、[ɪ] は弛緩した音。ゆえに、アクセントがある場合は [i]、アクセントがない場合は [ɪ] という対応が成り立つ。
それだけではなく、軟母音、すなわち舌が口蓋に接近した音が弛緩した場合(アクセントがない場合)、のきなみ [ɪ] ないしこれに近い音で発音される傾向がある。[o] が [ɵ]、[u] が [ʉ] となるのも、それである。特に前舌音は、記号からして [ɪ] になってしまう。[a] が [ɪͣ]、[e] が [ɪͤ] のように。弛緩した音であるから、ロシア人も厳密な発音など意識してやっておらず、非常に曖昧な音に聞こえる。場面ごとに違う音に聞こえることすらある。- и : アクセントなし(жшц の後を除く)
- е : アクセントなし(жшц の後を除く)
- я : アクセントなし
- а : アクセントなし、かつ чщ の後
以上、文字に即して分類すると次のようになる。
アクセントあり | アクセントなし | |
---|---|---|
а | a æ (чщ の後) ɑ (音節を閉じる /l/ の前) | ə ɐ (語頭、有力点母音の直前) ɪ | ɪͣ (чщ の後) |
я | æ | ɪ | ɪͣ |
о | o ɵ (чщ の後) | ə ɐ (語頭、有力点母音の直前) |
ё | ɵ | |
э | ɛ | ə | ɨ |
е | e ɛ (жшц の後) | ɪ | ɪͤ ə | ɨ (жшц の後) |
ы | ɨ | ə | ɨ |
и | i ɨ (жшц の後) | ɪ ə | ɨ (жшц の後) |
у | u ʉ (чщ の後) | ʊ |
ю | ʉ | ʊ |
子音
ロシア語の子音を、調音という観点から分類すると、以下の通り。
唇音 | 舌頂音 | 舌背音 | ||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
両唇音 | 唇歯音 | そり舌音 | 歯茎音 | 後部歯茎音 | 硬口蓋音 | 軟口蓋音 | ||
鼻音 | m | n | ||||||
破裂音 | p | b | t | d | k | g | |||||
破擦音 (破裂+摩擦) | ʦ | ʣ | ʧ* | ʤ* | ||||||
ʨ | ʥ | ||||||||
摩擦音 | f | v | ʂ | ʐ | s | z | ʃ* | ʒ* | x | ɣ | |||
ɕː | ʑː | ||||||||
接近音 | j | |||||||
ふるえ音 | r | |||||||
側面音 | 接近音 | l |
* を付した音は、ロシア語には存在しない音である。ч の発音記号は [ʧ] と書かれることがあるが、実際の発音 [ʨ] とは違うことが、これでおわかりだろうか。
ちなみにこれをキリール文字で表記すると、こうなる。
唇音 | 舌頂音 | 舌背音 | |||||
---|---|---|---|---|---|---|---|
両唇音 | 唇歯音 | そり舌音 | 歯茎音 | 硬口蓋音 | 軟口蓋音 | ||
鼻音 | м | н | |||||
破裂音 | п | б | т | д | к | г | ||||
破擦音 (破裂+摩擦) | ц | (ʣ) | ||||||
ч | (ʥ) | |||||||
摩擦音 | ф | в | ш | ж | с | з | х | (ɣ) | |||
щ | (ʑː) | |||||||
接近音 | й | ||||||
ふるえ音 | р | ||||||
側面音 | 接近音 | л |
ロシア人は、特に丁寧に発音する際には、子音の調音時間を微妙に長めにとる。ゆえに、Россия は基本的に [rɐsʲijɪͣ] と発音されるが、ネイティヴに丁寧に発音してもらうと [rːɐsʲːijɪͣ] に近い発音になり、これがわれわれ日本人の耳には「アラッシーヤ」と聞こえる。
- /p/ /b/
- 上下の唇を密着させ、息を吐き出すと同時に破裂させる。この時、舌の中央部を硬口蓋に接近させると軟音 [pʲ] ないし [bʲ] になる。
- [p] 無声両唇破裂音
- п 本来の音
- б の無声化した音
- 無声子音 кпстфхцчш の前
- 語末
- [b] 有声両唇破裂音
- б 本来の音
- 上記以外の子音の前
- 母音の前
- б 本来の音
- /m/
- 上下の唇を密着させ、息を吐き出すと同時に破裂させる。息を吐き出すのは口と鼻の双方から。この時、舌の中央部を硬口蓋に接近させると軟音 [mʲ] になる。
- [m] 両唇鼻音
- м 本来の音
- /f/ /v/
- 上の前歯と下唇とを密着させ、摩擦させる。この時、舌の中央部を硬口蓋に接近させると軟音 [fʲ] ないし [ʲ] になる。
- [f] 無声唇歯摩擦音
- ф 本来の音
- в の無声化した音
- 無声子音 кпстфхцчш の前
- 語末
- [v] 有声唇歯摩擦音
- в 本来の音
- 上記以外の子音の前
- 母音の前
- г の特殊な音
- 所有代名詞 его
- 人称代名詞 он の生格 его
- 形容詞の単数男性・中性生格の変化語尾 -его と -ого
- в 本来の音
- /t/ /d/
- 舌先を上の歯茎に密着させ、息を吐き出すと同時に破裂させる。この時、舌の中央部を硬口蓋に接近させると軟音 [tʲ] ないし [dʲ] になる。
- [t] 無声歯茎破裂音
- т 本来の音
- 下記以外
- д の無声化した音
- 無声子音 кпстфхцчш の前
- 語末
- т 本来の音
- [d] 有声歯茎破裂音
- т の有声化した音
- 有声子音 бгджз の前
- д 本来の音
- 上記以外の子音の前
- 母音の前
- т の有声化した音
- /n/
- 舌先を上の歯茎に密着させ、息を吐き出すと同時に破裂させる。息を吐き出すのは口と鼻の双方から。この時、舌の中央部を硬口蓋に接近させると軟音 [nʲ] になる。
- [n] 歯茎鼻音
- н 本来の音
- /l/
- 舌先を上の歯茎に密着させ、舌の両脇から息を吐き出す。この時、舌の中央部を硬口蓋に接近させると軟音 [lʲ] になる。
- [l] 歯茎側面接近音
- л 本来の音
- /s/ /z/
- 舌先を上の歯茎に接近させ、その隙間を摩擦させる。この時、舌の中央部を硬口蓋に接近させると軟音 [sʲ] ないし [zʲ] になる。
- [s] 無声歯茎摩擦音
- с 本来の音
- 下記以外
- з の無声化した音
- 無声子音 кпстфхцчш の前
- 語末
- с 本来の音
- [z] 有声歯茎摩擦音
- с の有声化した音
- 有声子音 бгджз の前
- з 本来の音
- 上記以外の子音の前
- 母音の前
- с の有声化した音
- /ȿ/ /ʐ/
- 舌先を上の歯茎に接近させ、舌の裏を前歯に接近させ、舌の中央部は下顎に押し付け、舌の奥は気持ち上に持ち上げる。これを舌を «反らせる» 状態と言うが、この状態で、舌先と歯茎の隙間を摩擦させる。この状態で舌の中央部を硬口蓋に接近させることは解剖学的に不可能なので、この音に軟音はない。
なお、一般的にはより馴染みのある /ʃ/、/ʒ/ という発音記号が用いられることが多いが、まったく異なる発音である。これらはそれぞれ英語の sh、フランス語の j により示される音であるが、舌を反り返らせず、全体的に持ち上げて、歯茎と硬口蓋の間の部分(後部歯茎)で摩擦させる音である。- [ȿ] 無声そり舌摩擦音
- ш 本来の音
- ж の無声化した音
- 無声子音 кпстфхцчш の前
- 語末
- ч の特殊な音
- что
- чн の一部
- сш と зш が一部で [ȿː]
- [ʐ] 有声そり舌摩擦音
- ж 本来の音
- 上記以外の子音の前
- 母音の前
- сж と зж の一部で [ʐː]
- ж 本来の音
- /ɕː/ /ʑː/
- 舌先を上の歯茎(歯)に、舌の中央部をその奥から硬口蓋にかけて接近させ、その隙間を摩擦させる。ただしこの摩擦時間を、通常よりも気持ち長めにとる。すでに舌は硬口蓋にかなり接近しているため、この音は必然的に軟音になる。ゆえに対応する硬音は存在しない。
なお、一般的にはより馴染みのある /ʃ'ː/、/ʒ'ː/ という発音記号が用いられることが多いが、まったく異なる発音である。[ʃ]、[ʒ] という音は、上述のように、後部歯茎の摩擦音である。[ɕ]、[ʑ] は、その前後(前は歯茎、後は硬口蓋)でそれよりも広い範囲を摩擦させる。- [ɕː] 無声歯茎硬口蓋摩擦音(の長音)
- щ 本来の音
- сш、зш、сч、зч、жч の一部
- [ʑː] 有声歯茎硬口蓋摩擦音(の長音)
- сж と зж の一部
- /ʨ/ /ʥ/
- 舌先を上の歯茎に密着させると同時に、舌の中央部をその奥から硬口蓋にかけて接近させる。息を吐き出すと同時に舌先を破裂させ、かつ舌の中央部と上顎との隙間を摩擦させる。すでに舌は硬口蓋にかなり接近しているため、この音は必然的に軟音になる。ゆえに対応する硬音は存在しない。
なお、一般的にはより馴染みのある /ʧ/、/ʤ/ という発音記号が用いられることが多いが、まったく異なる発音である。これは [ʃ] と [ɕ]、[ʒ] と [ʑ] の関係に等しい。- [ʨ] 無声歯茎硬口蓋破擦音
- ч 本来の音
- тч、дч、сч、зч の一部で [ʨː]
- [ʥ] 有声歯茎硬口蓋破擦音
- дж の一部
- /ʦ/ /ʣ/
- 舌先を上の歯茎に密着させ、息を吐き出すと同時に破裂させ、なおかつ舌と歯茎の隙間を摩擦させる。この状態で舌の中央部を硬口蓋に接近させようとすると大抵は [ʨ] ないし [ʥ] になってしまうので、この音に軟音はない。
- [ʦ] 無声歯茎破擦音
- ц 本来の音
- тс、тьс、дс の一部
- тц、дц、тс、тьс の一部で [ʦː]
- [ʣ] 有声歯茎破擦音
- дз の一部
- /r/
- 舌の位置は特に限定されない。口腔内のどこであれ(通常は歯茎付近)、舌先を振動させる。この時、舌の中央部を硬口蓋に接近させると軟音 [rʲ] になる。
- [r] 歯茎ふるえ音
- р 本来の音
- /j/
- 舌の中央部を硬口蓋に接近させる。接近させすぎると摩擦音 [ç] になる(日本語の「ヒ」)。また、発音している時間を長くすると [i] という母音になる。すでに舌は硬口蓋にかなり接近しているため、この音は必然的に軟音になる。ゆえに対応する硬音は存在しない。
- [j] 硬口蓋接近音
- й 本来の音
- 軟母音字 яюеё の音頭、ただし
- 語頭
- 母音字の後
- 分離記号 ъ | ь の後
- /k/ /g/
- 舌の奥を軟口蓋に密着させ、息を吐き出すと同時に破裂させる。この時、舌の中央部を硬口蓋に接近させると軟音 [kʲ] ないし [gʲ] になる。
- [k] 無声軟口蓋破裂音
- к 本来の音
- 下記以外
- г の無声化した音
- 無声子音 кпстфхцчш の前
- 語末
- к 本来の音
- [g] 有声軟口蓋破裂音
- к の有声化した音
- 有声子音 бгджз の前
- г 本来の音
- 上記以外の子音の前
- 母音の前
- その他 г の特殊な音([v]、[x])を除く
- к の有声化した音
- /x/ /ɣ/
- 舌の奥を軟口蓋に接近させ、その隙間を摩擦させる。この時、舌の中央部を硬口蓋に接近させると軟音 [xʲ] ないし [ɣʲ] になる。
- [x] 無声軟口蓋摩擦音
- х 本来の音
- г の特殊な音
- [k]、[t]、[ʨ] の前
- бог
- [ɣ] 有声軟口蓋摩擦音
- г の一部(古い音)
- бог の斜格
- господь
- г の一部(古い音)