А06:子音の発音
ロシア語の子音の発音の中には、日本語に存在しないものも少なくない。英語にも存在しない発音もあって、その意味でもわれわれ日本人には発音が難しい。
- 日本語の発音で通用
- 日本語のままでOK : б ブ, г グ, й イ, к ク, м ム, п プ, ц ツ, ч チ, щ シシ
- 若干の注意が必要 : д ド, з ズ, н ヌ, с ス, т ト
- 英語の発音で通用
- 英語のまま : в /v/, л /l/, ф /f/
- 厳密には違うが英語のままでもOK : ж /ʒ/, ш /ʃ/ ,
- ロシア語だけ : р, х
また、これとは別に、ロシア語の子音(+母音)の発音の中で特にわれわれ日本人にとって難しいのが、以下の3点であろう。とりあえず列挙する。
- 後に ы が書かれた場合と и が書かれた場合の区別
- 後に軟音記号が書かれた場合の発音
- 以下の区別
- с の軟音 ⇔ ш
- т の軟音 ⇔ ч
- д の軟音 ⇔ з の軟音 ⇔ ж
ひとつひとつ、具体的に、詳しく確認していこう。
- й
- 先ず特殊な子音である。しばしば «半母音» とも呼ばれるが、要するに母音(и)と子音との中間的な音である。発音記号で書くと [j] である。
これは、現実には次のような使われ方しかない。ай ей ёй ий ой уй ый юй яй
なお、厳密に言うと「й+母音」もある。が、数が圧倒的に少ないので、とりあえずいまの段階では無視しておこう。
- г, к, ц
- 次にこの3つをまとめて見ておく。г と к は軟口蓋破裂音、ц は歯茎破擦音で、まったく異なる音である。しかし日本語そのままで通用する音という点が共通している。しかも、正書法の規則により、以下の6種類の発音(スペル)しか存在しない。
г га ги гу ге го к ка ки ку ке ко ц ца ци=цы цу це цо
ци と цы は正書法に基づく揺らぎであり、発音自体は同じである(日本語の「ツィ」)。
細かいことを言うと、ге と ке はそれぞれ「ゲ」と「ケ」ではなく、「ギェ」と「キェ」である。しかしロシア語には「ゲ」と「ケ」という発音が存在しないので(гэ、кэ というスペルが存在しないので)、区別できなくても何の問題もない。
もうひとつ言うと、гё、кё というスペル・発音もないわけではない。が、ごく少数だしマイナーな単語に表れるだけなので、とりあえず無視しておいていい。日本語そのままで通じるし。
- х
- 英語には存在しない音だが、ドイツ語には存在する。Bach の ch である。発音記号で書くと [x] となる。
ドイツ語を知らない人のために言っておくと、口の奥を摩擦させて出す音である。/k/ や /g/ と同じ部分で発音する。音声学的に言うと [k] が «無声軟口蓋破裂音» であるのに対して、[x] は «無声軟口蓋摩擦音» である。破裂させるか摩擦させるかの違いでしかない。別に述べたように、к を100回(息継ぎなしに)繰り返し発音すると、いつの間にか х になっている(はず)。
このように、口先で発音する日本語の「ハヒフヘホ」とも、喉の奥で発音する英語の /h/ ともまったく違う音である。ま、日本語の「ハヒフヘホ」でもロシア人はわかってくれるが。х ха хи ху хе хо
と交互に発音して、х の発音の要領を体に覚えさせることである。кхкхкхкхкхкх
これまた厳密に言うと、хе は軟音であるから「ヘ」ではなく「ヒェ」である。しかしこれまた、ロシア語には「ヘ」という発音が存在しないので(хэ というスペルが存在しないので)、区別できなくても何の問題もない。
- 以上、硬音と軟音の区別が必要ない子音について見てきた。しかしこれ以降は、この区別が非常に重要になる。
- б, п, м
- この3つの音は «両唇音» と呼ばれ、上下の唇を接触させることで出す音である。非常に単純な音で、よほどのことがない限り、この音が発音できない日本人はいないだろう。
б ба би бу бо п па пи пу по м ма ми му мо
しかし、次のパターンには少々注意しよう。これまた日本語の「ビャビュビェビョ」、「ピャピュピェピョ」、「ミャミュミェミョ」そのままだが、この日本語ですら意外と正確に発音できていない人がいるので。家族か友人に聞いてもらうか、テープにでも録音して自分で確認するかしよう。бя бю бе бё пя пю пе пё мя мю ме мё бы пы мы
逆に言えば、би の発音は日本語の「ビ」でいいのだが、意識して舌先(あるいは舌の中央部)を上顎に接近させるようにしよう。逆に舌先(あるいは舌の中央部)を下顎に押し付ければ бы の発音になる。この舌先(舌の中央部)の位置の違いが би と бы の違いである。
пы、мы も同じ要領である。特に мы は、「われわれ」という意味の一人称複数の代名詞であるから、この発音ができないとロシア語会話能力に甚大な影響が出る。しっかり練習して発音できるようになろう。абь апь амь
軟子音の発音について確認しておくと、まず「ア」と「ヤ」の発音の際の舌の位置を比べてみよう。「ア」の場合には舌が下顎にベタッと寝転がっているのに対して、「ヤ」の場合は最初に舌が持ち上げられているはずである。上顎の中央部を解剖学的には «口蓋» と呼ぶが、軟音とは音声学的には «口蓋化音» のことである。これすなわち、舌を口蓋に接近させて出す音ということだ。軟子音とは、子音を発する際に舌を口蓋に接近させて出す音のことである。
まず аб と発音してみよう。б と発音する際に、舌は下顎にベタッと横たわっているはずである。これを口蓋、すなわち上顎に接近させるのである。接触させてはいけない。接触させると全然違う音になってしまう。あくまで接近させるだけである。そうすると абь の発音ができる。もしそれでしっくりこなければ、舌先を歯茎に接近させてみよう。舌先を歯茎に接近させる音とは、「イ」の音である。
ただし、習い始めの段階では、はっきり発音しようとして、力を入れてしまう人が多い。そうすると結果として、абь ではなく аби と発音してしまうことになる。そうなっては元も子もない。あえて言うなら、аб ⇒ абь ⇒ аби といった関係性だろうか(аб と абь はどちらも母音一個、абь と аби はどちらも б が軟音)。この3つを、交互に、繰り返し発音して練習しよう。
пь、мь も同じ要領である。
ここから、ロシア語の発音における重要なポイントがひとつ明らかになった。すなわち、舌の位置である。日本語では、舌の位置が下顎からほとんど動かない。少なくとも、動かさなくても発音できる(実際はそうでもないが)。これに対してロシア語では、舌の位置が激しく上下する。舌先の位置 硬子音 ⇔ 軟子音 ы ⇔ и 上顎近く 軟子音 и 下顎べったり 硬子音 ы
- н
- この音は若干の注意が必要である。とりあえず見ていこう。
на ни ну но ня ню не нё ны
н の発音についてそれ以上に問題なのが、実は「母音+н」の発音である。ということで、次のふたつを並べて練習しよう。ан ань
ань の発音は、ны の逆である。つまり、舌の中央部を無理せず上顎に接近させる。これだけで ан と ань の違いが生じる。別の言い方をすると、「アナ」からお尻の「ア」を省いた音が ан、「アニャ」からお尻の「ア」を省いた音が ань である。
- в, ф
- 次にこのふたつの音を確認しよう。これらは «歯唇音» と呼ばれ、いずれも上の前歯で下唇を噛むことで出す摩擦音である。日本語には存在しないが、英語経由でこの音が発音できる日本人も少なくないし、少し練習すれば誰でも発音できるようになるだろう。
в ва ви ву во ф фа фи фу фо вя вю ве вё фя фю фе фё вы авь фы афь
特に вы は英語の「you」と同じ代名詞なので、これが発音できないとロシア人と会話がそもそもできない。なので、しっかり練習しておこう。
- л, р
- л は英語の l だが、р は英語の r ではない。そしていずれも日本語の「ラリルレロ」ではない。[l]、[r](ロシア語の р)、[ɻ](英語の r)、[ɾ](日本語の「ラリルレロ」)の4つがそれぞれ異なる別の音である、という点をまず認識しておこう。
[l] の発音は英語の l そのままだから、すでにできる人も多いだろう。日本語でも場合によってはこの発音をすることがあるらしい。л ла ли лу ло ля лю ле лё
問題は [r] (ロシア語の р)の音である。これは、上述のように、英語の r の音 [ɻ] とは異なる。ちなみに、この発音記号を見てもわかる通り、英語の r の発音の方が特殊なのである。ヨーロッパの言語では r に類する文字は、原則として、英語 [ɻ] とフランス語 [ʁ] を除き、ロシア語と同じ [r] という発音をする。そしてこの音は、実は日本語にも存在する。江戸っ子の巻き舌である。ゆえに江戸っ子は何も考えずに発音しても自然と р の発音 [r] ができている。できない人のために説明しておくと、舌先を振るわせる音である。文字通り、細かく振動させるのである。«巻き舌» と呼ばれるが、舌先を丸めたりしない(それは英語の [ɻ])。日本人はこの発音を苦手とすると言われるが、できてしまえば何ということはない。р ра ри ру ро ря рю ре рё
そして難関の、次のふたつの発音である。лы аль ры арь
- д, т, с, з, ж, ч, ш
- さて、ある意味、最難関の音である。
まず、日本語の発音そのままで通用するのが以下である。д да до т та то с са су со ду ту з за зу зо ды ты зы сы адь ать азь ась
この4つの音の軟音には、特別な問題が存在する。よってまずは、全然違う発音について確認しておく。ш=шь
この発音について、改めて確認しておく。舌先を歯茎の裏に接近させる。他方で舌の中央部は下顎に押し付ける。こうすると、舌は口の中でぐるりと反り返った状態になるはずだ。これが ш の音である。IPA (国際発音記号)では [ʂ] (無声そり舌摩擦音)となる。しかしこの記号は馴染みが薄く、英語の sh の発音を表す [ʃ] (無声後部歯茎摩擦音)で代用されることが多いが、厳密には異なる音である([ʃ] では舌を反り返らせず、口蓋に接近させる)。
ここで、с の軟音 /с'/ との区別が問題となる。ась ся си сю се сё аш=ашь ша ши шу ше шё=шо
とはいえ、実はこの区別はさほど難しくない。舌の中央部が口蓋に接近しているかいないかの違いだからである。/с'/ は軟音であるから、舌の中央部が口蓋にかなり接近している。日本語の「シャシシュシェショ」にかなり近い音である。これに対して ш は、上述のように、舌の中央部を下顎に押し付けて発する。日本語の「シャシシュシェショ」とは全然違う音である。よって、ш の発音をしっかり練習しよう。
次に進む。ч=чь
この発音は、ロシア語では /тш'/ と表記されることがあり、IPA で /ʨ/ と書かれることもある。もっともこの記号は馴染みが薄く、英語の ch の音を表す [ʧ] で代用されることが多い(が、厳密には両者は違う音だ)。
しかし細かいことにはこだわらず、日本語の「チャチチュチェチョ」でいい。問題は、т の軟音 /т'/ との区別である。すなわち、ать тя ти тю те тё ач=ачь ча чи чу че чё=чо
日本人の耳には、上も下も「チャチチュチェチョ」としか聞こえない。ゆえに、このふたつを、素で発音し分けられる日本人はいない。/с'/ ⇔ /ш/ と違い、/т'/ ⇔ /ч/ はどちらも舌が口蓋に接近する音だから、なおさら日本人には区別が困難である。
ただし厳密に言うと、/т'/ では舌の中央部が口蓋に接近するだけで接触はしないのに対して、/ч/ では舌の中央部が口蓋に接触する。
さらに舌先の位置にも微妙な違いがある。/т/ では舌先は、人によって歯茎に、人によって歯に接触させられる。しかし /ч/ で舌先を歯に接触させる人は(まず)いない。そこで /т'/ ⇔ /ч/ を意図的に区別するには、/т'/ では舌先を歯茎よりも前に出して、むしろ歯に接触させる。舌先 舌の中央部 /т/ 歯茎/歯 下顎に接触 /т'/ 歯 口蓋に接近 /ч/ 歯茎 口蓋に接触
では最後の難問である。ж=жь
ただし ш にはない独自の問題がある。発する際に舌先が歯茎に接触してはならない。日本人は無意識に発音すると舌先を歯茎に接触させてしまう。これは ж ではなく дж の音である。英語の j の発音 [ʤ] だ。ロシア人の耳には違う音に聞こえるので要注意。摩擦音なので、жжжжжжжж と息の続く限り続けてみよう。
この発音がしっかり身についたら、次の段階に進もう。адь дя ди дю де дё азь зя зи зю зе зё аж=ажь жа жи жу же жё=жо джа джи джу дже джё=джо дзя дзи дзю дзе дзё
まず注意すると、ロシア語には /дж/ と /дз'/ の音は、素では存在しない。あくまで比較対象のために挙げただけなので、いまこの瞬間にこれらの音は忘れること。ただしその前に、日本人の「ジャジジュジェジョ」という発音は、しばしばこのふたつの音(に近い音)になる。つまり日本人は、「ジャジジュジェジョ」をどう発音しようと、/d/ の音を入れてしまうことが多い、ということである。ロシア語では、/d/ の音が入るのは д の軟音 /д'/ だけである。残るふたつ、з の軟音 /з'/ と ж では、舌先を歯茎に接触させないよう意識する必要がある。
ж と、/д'/・/з'/ の違いは、かなりわかりやすい。ш と /с'/ の違いと同様、舌の中央部が口蓋に接近しているか離れているか、の違いである。つまり、ж の発音の仕方がしっかりできるようになれば、この音は何の問題もない。
/д'/ と /з'/ の違いも単純である。すでに述べたように、舌先が歯茎に接触するか否かである。
ということで、この3つの音の区別は、そもそもの音がしっかり発音できていれば、何の問題もないのである。それができていないのがほとんどの日本人であり、しかもそのことを自分でわかっていない、という点こそが問題なのである。
- щ
- 最後に щ である。これはロシア語では /ш'ш'/ と書かれたりもするが、長子音 [ɕː] ないし二重子音 [ɕɕ] となって、実は ш [ȿ] とは全然違う音である。と言うのも、この音は ш の軟音であるから、ш では下顎に押し付けられていた舌の中央部が、逆に口蓋に接近させられる。その結果、舌は反り返らないし、舌先の位置も歯に近くなる。こうして発せられる音は、実は日本語の「シャシシュシェショ」にかなり近い。その結果、ш 以上に、с の軟音 /с'/ と区別しづらくなる。ただし長子音(二重子音)であるから、/щ/ は /с'/ よりも長く、しかも鋭い音になる。
щ=щь | ща | щи | щу | ще | щё=що |