アレクサンドル・ヴァシーリエヴィチ・オボレーンスキイ
Александр Васильевич Оболенский
公 князь
生:?
没:1501
父:ヴァシーリー・イヴァーノヴィチ・オボレーンスキイ公 (オボレーンスク公イヴァン・コンスタンティーノヴィチ)
母:?
結婚:?
子:
名 | 生没年 | ||
---|---|---|---|
母親不詳 | |||
ヴァシーリー |
第18世代。スヴャトスラーヴィチ(オーリゴヴィチ)。モスクワ大公の勤務公。
1477年、ノーヴゴロド遠征に従軍し、ヴォーログダ公アンドレイ・ヴァシーリエヴィチの指揮下にカルーガ・セールプホフ・ラードネジュ軍を率いる。
1484年と87年にはカザンに遠征し、ハーン位を巡る争いに介入。1493年からはモジャイスク総督としてリトアニアとの戦闘に従事するが、1496年には再びカザンに遠征し、シビル・ハーンとの戦いでカザン・ハーンを支援。
1501年、リヴォニアに侵攻。ユーリエフ(現タルトゥ、エストニア)、マリエンブルク、ノイハウゼンなどを攻略し、リヴォニア騎士団に勝利するが、アレクサンドル・ヴァシーリエヴィチ自身は戦死した。