ロマーン・イヴァーノヴィチ «ゴルチャーク»
Роман Иванович "Горчак"
コゼリスク公 князь Козельский
生:?
没:?
父:ペレムィシュリ公イヴァン・ティートヴィチ (カラーチェフ公ティート・ムスティスラーヴィチ)
母:アグラフェーナ (リャザニ大公オレーグ・イヴァーノヴィチ)?
結婚:?
子:
名 | 生没年 | ||
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母親不詳 | |||
アンドレイ | |||
グリゴーリイ |
第15世代。スヴャトスラーヴィチ(オーリゴヴィチ)。
母親についてはよくわからないが、父の妻についてはアグラフェーナ・オーリゴヴナしか知られていないので、別に母親を求める必要もあるまい。
とすると、両親の結婚が1377年とされているので、ロマーン・イヴァーノヴィチの生年は1370年代末と見ていいだろう。
ゴルチャコーフ家の祖。従兄弟ティート(伯父フョードル・ティートヴィチの子)の死後、その所領を併せ、コゼリスク・ペレムィシュリ系の領土を統一。