ロシア学事始

ロシアの祝祭日

日本語では厳密には祝日と祭日は区別されるものだろうが(大雑把に祝日は国家的、祭日は宗教的な日)、ロシア語ではどちらもプラーズニク праздник ないしプラーズニチヌィイ・デーニ праздничный день と呼ばれて区別されない。
 ロシアにはプラーズニクは過去現在を通じて山ほどあり、宗教的な(正教会の定める)プラーズニクをも含めるとなるとここですべてを網羅することは不可能(主にわたしの能力的に)。よって、«法の定める祝祭日(休日)» 以外は思いついたもののみを挙げる。

法の定める祝祭日(休日)

日付
1/1新年 Новый год
1/7キリストの誕生日 Рождество Христово
2/23祖国防衛者の日 День защитника Отечества
3/8国際婦人デー Международный женский день
5/1春と労働の祝日 Праздник весны и труда
5/9勝利の日 День Победы
6/12ロシアの日 День России
11/3国民統一の日 День народного единства
新年
新年休暇は 1/1 - 1/5。これも法定の休日。なお、旧暦と新暦では21世紀では13日のズレが生じる。このため、1/14を «旧正月 Старый Новый год» と呼ぶ。
クリスマス
上述のように、旧暦と新暦では21世紀では13日のズレが生じる。このため、旧暦の12/25は新暦では1/7となるわけだ。クリスマス、すなわちキリストの誕生日は «国家の祝日» ではなく «教会の祭日» であるため、旧暦が廃止された現在でも旧暦に基づいて祝っているのである(ロシア正教会はいまだに旧暦を使用している)。
 ソ連政府も革命後しばらくはクリスマスを廃止できなかった。庶民の生活カレンダーに定着していたからである。その代わり、クリスマスの宗教色を極力薄めようとした。西欧からサンタクロースを導入したのもそのためである。ロシア伝統の民間信仰の対象であるモローズ爺さんをサンタクロースに仕立てて、もみの木ならぬヨールカ(エゾマツ)を飾る祭りをソ連全土で政府主催で開催し、定着させた(ちなみにモローズ爺さんもヨールカも帝政時代末期から存在したが、貴族や金持ちだけのもので、庶民の間には普及していなかった)。しかも姑息なことに、これをクリスマスではなく新年と結びつけた。この結果、ロシアではクリスマスツリー(ヨールカ)は新年に飾るものであり、サンタクロース(モローズ爺さん)は大晦日にプレゼントを配る。こうして、帝政時代には新年はクリスマスの付録でしかなかったが、ソ連時代には逆転。クリスマスは新年のお祝い気分が終わる日という位置づけになった。スターリンの独裁体制が確立した頃、ようやくソ連政府はクリスマスを廃止することができた。ソ連の崩壊により祭日として復活。
祖国防衛者の日
現在でこそこんな抽象的な名前になっているが、もともとは赤軍の日。1918年のこの日、対独戦の前線に向けて大動員が行われ、のちにこれが赤軍の建軍記念日となった。
 ソ連・ロシアでは徴兵制が敷かれていて全男子は徴兵の対象となっている(種々の事情で徴兵を免除される場合も多いが)。このためロシア人の意識では、祖国防衛者の日はほぼ男性の日とイコールとなっているようだ。
国際婦人デー
クララ・ツェトキン(赤の広場に埋葬されているドイツ人共産主義者)の主唱により、1911年に始まった国際的な女性労働者の記念日。
 1917年のこの日、ペトログラードで行われたデモがロシア革命の転換点ともなった。ソ連では1965年から休日。ソ連時代には «婦人労働者の日» と呼ばれていた。
 祖国防衛者の日が男性の日と認識されているのに対して、こちらは女性の日である。
春と労働の祝日
これまたわけのわからない名前になっているが、要するにメーデーである。もともとは異教時代、夏の到来を告げる日だった。これに社会主義的、労働運動的意味合いが加わったのは19世紀末、第二インターナショナルによってである。そう考えれば、この名前はむしろこの日に相応しいと言える。
 ソ連時代には «インターナショナルの日» とか «国際労働者連帯デー» などと呼ばれていた。
勝利の日
第二次大戦の戦勝記念日。西側のVデー(5/8)とは一日ずれる。
 無名戦士の墓や、当時の軍事指導者たち、そしてスターリンの墓に献花が溢れる。街には軍服に身を包んだ老人が溢れる。
ロシアの日
1990年にロシアが主権宣言を採択した日(言わば独立記念日)。
 ロシア人の大半がこの日の意義を知らず、ただ家でゴロゴロするか家族や友達と遊ぶかしている、との調査結果もある。
国民統一の日
11/7という祝日を廃止したい、しかしただ廃止しただけでは意味がない、ということで、現ロシア政府が無理やりつくりだした祝日。2005年から11/7と入れ替わる形で休日となった。
 もともと帝政時代の正教会の祭日(労働日)。1612年のこの日、ポーランド軍が占拠するモスクワのキタイゴーロドを第二次国民軍が解放。この時掲げられていた «カザンの聖母のイコン» にちなみ、«カザンの聖母のイコンの日» と呼ばれていた。
 ナショナリストたちが街に溢れる。ただし一般のロシア人はほとんどが6/12と同様にその意義を知らないらしい。とある集計によれば、2009年の時点でいまだに11/3を祝う人よりも11/7を祝う人の方が多いらしい。

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法の定める祝祭日(労働日)

日付
1/25ロシアの学生の日 День российского студенчества
4/2国民統一の日 День единения народов
4/12宇宙飛行の日 День космонавтики
5/24スラヴの文字と文学の日 День славянской письменности и культуры
6/1子供保護の日 День защиты детей
6/6ロシアのプーシュキン・デー Пушкинский день России
6/27若者の日 День молодёжи
8/22ロシア連邦の国旗の日 День Государственного флага РФ
9/1知識の日 День знаний
10/1老人の日 День пожилых людей
11/7合意と和解の日 День согласия и примирения
母の日 День Матери
ロシアの学生の日
こんな公式の名ではなく、«タティヤーナの日 Татьянин день» で知られている。1755年のこの日、女帝エリザヴェータ・ペトローヴナの勅令によりモスクワ大学が開学した。以来、ロシアの学生にとっては最大の祝日となっている。各大学で独自に祝賀行事が開催される。モスクワ大学の卒業生であるチェーホフも、「この日ほどモスクワの通りが騒々しく陽気なことはない」と書いている。
国民統一の日
«国民» と言っても複数形。具体的にはロシア人とベラルーシ人。1996年のこの日、ロシアとベラルーシが共同体の創設で合意した。
宇宙飛行の日
言うまでもなく、ガガーリンが飛んだ日。
スラヴの文字と文学の日
正教会の祭日で、キリール文字(ロシア語やブルガリア語などで使われている文字)の基となったグラゴール文字をつくった聖メトディオスと聖キュリロスの記念日。もっとも、ふたりの記念日は 5/11。5/24 になっているのは、正教会がいまだにユリウス暦を使用しているため。
子供保護の日(国際子供デー)
国際婦人デー同様に国際的な祝日だが、なぜかこちらは労働日。
ロシアのプーシュキン・デー
«ロシアの» というのがどういう意味かよくわからんが、要するにプーシュキンの誕生日。
若者の日(国際若者デー)
これまた国際的に決められた日。新しい祝日で、1999年に国連で決議された。
ロシア連邦の国旗の日
1991年、八月プッチが失敗に終わった翌日、議会にて赤旗に替えて三色旗がロシア連邦の国旗とされ、8月22日が «国旗の日» と定められた。
知識の日
教育年度の開始日。シュコーラでは先生にプレゼントを贈ったりする。
老人の日(国際老人デー)
これまた国際的に決められた日で、1990年に国連で決議された。
合意と和解の日
言うまでもなく十月革命記念日。2004年までは休日だった。
母の日
ロシアでは母の日は11月最後の日曜日。

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ソ連時代の祝日

日付
1/221905年1月9日の日 День 9 января 1905 г.
3/12専制打倒 Низвержение самодержавия
3/18パリ・コミューンの日 День Парижской Коммуны
憲法の日 День Конституции
1905年1月9日の日
この日、有名な «血の日曜日» 事件が勃発した。
専制打倒
1917年のこの日、二月革命が最終局面を迎えた(3日後に皇帝ニコライ2世が退位)。
パリ・コミューンの日
1871年のこの日、パリの革命政権 «パリ・コミューン» が成立した。
憲法の日
憲法発布の日を憲法記念日としたわけだが、歴史的に憲法記念日は3つあった。最初はスターリン憲法で12/5(1966-76)、次がブレージネフ憲法で10/7(1977-91)、最後が «エリツィン憲法»(現行憲法)で12/12(1994-2004)。2004年に憲法記念日はなぜか廃止された。

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ロシア正教会の祭日

新暦旧暦
1/712/25キリストの誕生日 Рождество Христово
1/141/1主の割礼 Обрезание Господне
1/191/6主の洗礼 Крещение Господне
2/152/2主の迎接 Сретение Господне
マースレニツァ Масленица
4/73/25聖母の受胎告知 Благовещение Пресвятой Богородицы
主のイェルサレム入城 Вход Господень в Иерусалим
復活祭(イースター) Пасха
主の昇天 Вознесение Господне
五旬祭 Пятидесятница (День Святой Троицы)
7/76/24洗礼者ヨハネの誕生 Рождество Иоанна Предтечи
7/126/29ペテロとパウロの日 День святых первоверховных апостолов Петра и Павла
8/198/6主の変容 Преображение Господне
8/288/15聖母の昇天 Успение Богородицы
9/118/29洗礼者ヨハネの斬首 Усекновение главы Пророка, Предтечи и Крестителя Господня Иоанна
9/219/8聖母の誕生 Рождество Пресвятой Богородицы
9/279/14主の十字架の建立 Воздвижение Креста Господня
10/1410/1聖母の庇護 Покров Пресвятой Богородицы
12/411/21聖母の聖堂への入場 Введение во храм Пресвятой Богородицы
キリストの誕生日(クリスマス)
十二大祭の一。
主の割礼
ユダヤの宗教法によると、すべてのユダヤ人は誕生8日目に割礼を受けなければならないらしい。よって、12/25 に生まれたイエスは 1/1 に割礼を受けた、ということになる。
主の洗礼
十二大祭の一。洗礼者ヨハネからイエスが洗礼を受けた日だが、福音書からも正確な日付を割り出すことは不可能で、1/6 に祝っているのは東方正教会だけらしい。
主の迎接
十二大祭の一。ルカによる福音書によると、マリアとヨセフが生まれたばかりのイエスを抱いてイェルサレムの神殿に詣でた日。
マースレニツァ
本来は異教時代に行われていた春を迎える祭り。
 大斎期・四旬節の前の1週間(復活祭の8週間前)(ただし月曜日に始まり、日曜日がマースレニツァの最終日)。2009年は2/23 - 3/1、2010年は2/8 - 2/14。
聖母の受胎告知
十二大祭の一。
 ちなみにこれにちなんだのがブラゴヴェシチェンスキイ大聖堂(ロシア各地にあり、クレムリン内にもある)。
主のイェルサレム入城
十二大祭の一。復活祭直前の1週間。
復活祭(イースター)
正教会最大の祭日。イエスの復活を記念する。ユダヤ教の過越の祭りがそのままキリスト教に取り入れられたもの。
 大本は春を祝う異教の祭りであり、春分の日以後最初の満月の次の日曜日。2009年は4/19、2010年は4/4、2011年は4/24、2012年は4/15。
主の昇天
十二大祭の一。復活祭+39日。
 ちなみにこれにちなんだのがヴォズネセンスキイ大聖堂/修道院など(修道院はクレムリン内にもかつて存在した)。
五旬祭(ペンテコステ)
十二大祭の一。復活祭+49日。復活したイエスの予言に従い、使徒たちに精霊が降ってきたことを記念する。
洗礼者ヨハネの誕生
ルカによる福音書によると、洗礼者ヨハネはイエスより6ヶ月年長。
ペテロとパウロの日
聖ペテロと聖パウロの記念日であり、その名の日。
主の変容
十二大祭の一。共観福音書で語られる出来事で、とある高い山の上でイエスの姿が変わり、モーセとエリヤが現れてイエスと語り合った、とされる。
 ちなみにこれにちなんだのがプレオブラジェンスキイ大聖堂/修道院など(ロシア各地にある)。
聖母の昇天
十二大祭の一。聖母マリアが生涯を終えるにあたってその身のまま天に昇ったとするもの。ただし 8/15 はもともとローマの異教の祭日。
 ちなみにこれにちなんだのがウスペンスキイ大聖堂(ロシア各地にあり、クレムリン内にもある)。
洗礼者ヨハネの斬首
オスカー・ワイルド『サロメ』で有名。ただし、このエピソードを述べるマタイによる福音書にはサロメの名は現れない。
聖母の誕生
十二大祭の一。
主の十字架の建立
十二大祭の一。326年、皇帝コンスタンティヌス大帝の母ヘレネーがイェルサレム巡礼中に、イエスが磔にあった十字架を発見。すぐさま聖墳墓教会が建立され、聖十字架もそこに納められた。614年、サーサーン朝によりイェルサレムが攻略され、聖十字架も持ち去られる。しかし628年、皇帝ヘラクレイオスがこれを奪還。
 聖ヘレネーによる発見と皇帝ヘラクレイオスによる奪還の双方を記念するのがこの記念日である。
聖母の庇護
聖母マリアの庇護に感謝する日だが、その由来となった出来事については諸説入り乱れてはっきりしない。
 ちなみにこれにちなんだのがポクローフスキイ大聖堂/修道院など(ロシア各地にある)。
聖母の聖堂への入場
十二大祭の一。聖母マリアは幼い時に教会に捧げられ、成人まで養われたとする伝承を記念する日。

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最終更新日 17 01 2013

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