民族と言語はイコールではないが、しばしば混同されるし、事実においてもたいてい各民族は固有の言語を持っているので、民族と言語をイコールと見ることも、少なくとも一般論のレベルでは無理もない。そもそも «日本語» とは «日本人» の話す言葉だから «日本語» と名付けられたのであり、«イギリス(英吉利)人» が話すから «英語»、«ユダヤ人» が話すから «イディッシュ(ユダヤ語)»、«ユカギール人» が話すから «ユカギール語» と、通常言語名は民族名にちなんで名付けられている。言語とは民族固有のもの、という認識だろう。
ロシアにおいても、ロシア語がかなり浸透しているとはいえ、元来は各民族それぞれに固有の言語を使用していた。
2010年の国勢調査の結果がまだ出ていないので、2002年の国勢調査の結果に基づき、以下説明する。詳細は次のページを参照。
«言語» の項目では、堪能な言語を答えさせているが、その答え(未回答も含めて)を合計すると、178 470 927となる。総人口が145 166 731だから、単純に33 304 196人がふたつ以上の言語を操るということになる。
公用語
ロシアの公用語はロシア語である。しかし、連邦を構成する連邦構成主体の中には、ロシア語以外に独自の公用語を定めているところもある。
ロシア語
ロシア語話者は142 573 285人で、ロシア人が115 889 107人であるから、これまた単純に26 684 178人の少数民族がロシア語を話すということになる。もっとも、個人的には、ロシア語話者が総人口の100%でないことの方が驚きである。2 593 446人のロシア国民がロシア語を話せないということになる。
民族別のロシア語話者の割合を見てみると、低いのが以下のとおり。
民族 | % | |
---|---|---|
1 | 中国人 | 67.7 |
2 | ヴェトナム人 | 77.3 |
3 | 中央アジア・ロマ | 77.8 |
4 | イギリス人 | 78.3 |
5 | アメリカ人 | 80.6 |
6 | ヒンディー語系インド人 | 80.6 |
7 | チェチニャー人 | 82.9 |
8 | テレンギト人 | 84.6 |
9 | トィヴァ人 | 84.8 |
10 | 中央アジア・ユダヤ人 | 85.2 |
いずれも文字通りの少数民族だが、例外は100万を超えるチェチニャー人。チェチニャー戦争の影響もあろうが、もともと反ロ感情の強い民族であることがこの数字にも反映されていると見ていいだろう。
非ロシア語
ロシア語に次ぐ話者人口を誇るのは英語で、6 955 315人。次にタタール語の5 347 706人、ドイツ語の2 895 147人、ウクライナ語の1 815 210人、バシュキール語の1 379 727人と続く。ちなみにフランス語話者も705 217人いる。
ロシア国内に巨大な人口を持つドイツ人(それでも60万人)を除いて、イギリス人・アメリカ人やフランス人、さらにスペイン人やイタリア人などはごく少数であるが、その人口を2桁も3桁も凌駕する話者人口をこれらの言語は有している。これは教育とも関連するが、これらの数字はソ連崩壊後の外国語教育の成果である。
国勢調査では、«母語» がわからない。
生まれながらに自然と身についた言語、物心ついた頃にはいつの間にか話せるようになっていた言語と、学校などで習い覚えた言語とは区別すべきである。さらに言えば、家庭で日常的に使われる言語と社会で必要とされる言語とも区別すべきであろう。家庭で日常的に使われるがゆえに自然と身についた言語を «母語» と呼ぶが、学校などで習い覚えた言語は «第二言語» と呼ぶ。
しかしロシアにおいては、おそらく大多数の少数民族にとってロシア語はそのどちらでもない。両親との会話は母語かもしれないが、TVやラジオ、新聞や雑誌で目にし耳にするのはロシア語であり、一歩外に出れば看板や広告もロシア語、道行く人が話しているのもロシア語で、近所の人たちもロシア語を話すとなれば、少数民族にとってのロシア語は、言わば «準母語» とでも言うべきものとなろう。
しかし少数民族の中にも、周辺諸民族にとっては «大民族» となっているものがある。そのような民族の言語は、地域的にロシア語と並ぶ準母語となっていることもある。ダゲスターンにおけるアヴァール語やツェズ語、レズギ語、チュクチにおけるチュクチ語などがそうである。
言語政策
ソ連政府は、レーニンが民族自決を主張したこともあって、革命直後は各民族の言語を尊重し、母語による教育を充実させた。文字を持たない言語には文字を与え、正書法や文章語を整理し、文学などの芸術・学術活動を奨励した。その後も、時期によってはロシア化(ロシア語化)が強化されたこともあったが、おおよそソ連時代を通じて各民族の言語はそれなりに尊重されていたと言っていい。
しかし現実問題として、事実上国家語の地位を占めるロシア語の習得は必須であり、ロシア人以外のほとんどがバイリンガル、場合によってはトリリンガルになった。そのような中で、もともと少数の話者しか持たない言語は衰退の一途を辿り、現在消滅してしまった、あるいは消滅の危機に瀕している言語は少なくない。これは特にシベリア・極東の、いわゆる北方諸民族と呼ばれる少数民族の言語に顕著である。
ソ連崩壊で資本主義原理が導入された結果、少数言語の教育・学術・芸術に対する国家的補助も激減しているらしい。
言語の分類
世界の言語は、おおよそ次のようなグループに分類されていると言える(なおここは言語学を専門的に論じる場所ではないので、以下のグループ分けはあくまでもここだけの話である)。
- インド=ヨーロッパ語族
- ウラル語族
- アルタイ語族
- アフロ=アジア語族
- ナイル=サハラ語族
- ニジェール=コルドファン語族
- コイサン語族
- ドラヴィダ語族
- シナ=ティベット語族
- アウストロアジア語族
- アウストロネシア語族
- カフカーズ諸語
- パレオアジア諸語
- パプア諸語
- オーストラリア諸語
- アメリカ・インディアン諸語
- 孤立言語
«語族» とは、所属する言語間の関係がある程度解明されているもの、«諸語» とは、解明されていないものを示す。
たとえば «アメリカ・インディアン諸語» とは、アメリカ大陸の先住民たちが話す言語をまとめた呼び方だが、果たしてかれらの言語がどのようにまとめられるのかよくわかっていない。概して «諸語» とされた5つは研究が遅れているが、ある程度研究が進んでいても親縁関係がはっきりしない言語は山ほどある。ミャオ=ヤオ語族やタイ=カダイ語族など、独立の語族とされたり、アウストロアジア語族に含められたり、シナ=ティベット語族に含められたり、学者によって一定しない。
これらのうち、たまたまロシアに滞在している、あるいは個人単位、家族単位でロシアに帰化したという場合を除き、古来集団でロシア連邦の領土内に居住してきた人々の使う言語を見てみると、インド=ヨーロッパ語族、ウラル語族、アルタイ語族、カフカーズ諸語、パレオアジア諸語の5つに分類される。
もっとも、細かく見ると、インド=ヨーロッパ語族の中で、こんにちのロシア連邦の «土着の» 言語はロシア語だけである(オセート語なども «土着» と言ってもいいかもしれない)。
逆に、ロシア語の話者はほとんどロシア国民に限定されるが、このように、ロシア国外にほとんど話者を持たない言語グループというのはない。しかし個々の言語で見てみると、上記5つのグループのうちウラル語族、カフカーズ諸語、パレオアジア諸語の多くの言語が、やはりロシア国外には話者を持たない、«ロシア土着の言語» である。