アレクサンドル・コリアトヴィチ
Александр Кориатович
ポドーリエ公 князь Подольский (1363-)
ヴラディーミル=ヴォルィンスキイ公 князь Владимир-Волынский (1366-70)
生:?
没:?
父:ノヴォグルードク公カリヨタス (リトアニア大公ゲディミナス)
母:?
結婚:?
子:?
ゲディミノヴィチ。正教徒。リトアニア語ではアレクサンドラス・カリヨタイティス Aleksandras Karijotaitis。
1363年、青水の戦いに従軍。兄弟とともに、アルギルダスからポドーリエをもらった。
ポドーリエは、かつてキエフ公領、ガーリチ公領、ヴォルィニ公領に属した地域である。ガーリチ=ヴォルィニは叔父リウバルタスがすでに20年来、ポーランド王カジミェシュ大王と激しく領有を巡って争っていた。ここに新たに創設された «ポドーリエ» なる領域がコリアトヴィチ兄弟に与えられたことで、コリアトヴィチ兄弟とリウバルタスとの間に確執も生まれたのではないかと想像される。それもあってか、アレクサンドル・コリアトヴィチは、カジミェシュ大王側についてリウバルタスと戦い、1366年にはヴラディーミル=ヴォルィンスキイをもらった。しかし1370年のカジミェシュ大王の死後これを失う。
1380年頃に死んだものと思われる。