ロシア学事始

ロシア連邦議会

ロシアの議会は、連邦議会 Федеральное Собрание (Federal'noe Sobranie) と呼ばれる。
 連邦議会は二院制で、連邦ソヴィエト(上院)と国家ドゥーマ(下院)とから成る。在日ロシア連邦大使館の公式サイトでは、それぞれ連邦院・国家院と訳されている。
 1993年の新憲法により導入された。それ以前は、ソ連時代の最高ソヴィエトが存続していた。

 同一人が同時に連邦ソヴィエト・メンバーでありかつ国家ドゥーマ代議員であることはできない。特に国家ドゥーマ代議員については制限が厳しく、ほかの国家的代議制機関のメンバー、地域自治機関のメンバーであってはならない。国家勤務者であってもならないし、その他の給料のある職務に就いていてもならない(教育・学術等の創造的職業は例外)。

連邦ソヴィエト

 連邦ソヴィエト Совет Федерации (Sovet Federatsii) の議員はメンバー член (chlen) と呼ばれる。
 連邦ソヴィエト・メンバーは、ロシア連邦を構成する83の地方行政単位(これを «連邦構成主体» と呼ぶ)を代表する。83の連邦構成主体の行政府の長(知事・大統領など)と立法府の長(議会議長)が、それぞれの代理としてメンバーを任命する。このため、議席数は166。
 現在、過半数の連邦構成主体(州や地方)の行政府の長はロシア連邦大統領が任命することになっているので、連邦ソヴィエトは大統領支持派が最低でも3分の1を占める仕組みになっている(このため大統領が解任されることはあり得なくなる。大統領の解任については後述)。

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変遷

 1993年に導入された時点では、連邦ソヴィエト・メンバーは、直接普通選挙で国民により選出されていた。その意味で、国家ドゥーマ代議員と違いはない。任期は2年。
 1995年、連邦構成主体の行政府と立法府それぞれの長をメンバーとすることになる。国家ドゥーマとの差別化を図ったわけで、これにより連邦ソヴィエトは連邦構成主体の意見を連邦レベルで反映させる機関となった。しかし連邦構成主体の行政府の長も立法府の長も、連邦ソヴィエト・メンバーとして以前に地元での職務がある。このため、連邦ソヴィエトは恒常的に機能することが不可能になった。
 2000年、再改正。連邦構成主体の行政府・立法府それぞれの長ではなく、その代弁者をメンバーとする現在の仕組みになった。任期は4年。

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権限

 連邦ソヴィエトの権限は以下の通り。

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歴代連邦ソヴィエト議長

任期氏名生没年
1第1期 1994-96シュメイコ ヴラディーミル・フィリッポヴィチ1945-カリーニングラード州選出
2第2期 1996-2001ストローエフ エゴール・セミョーノヴィチ1937-オリョール州知事
3第3期 2001-11ミローノフ セルゲイ・ミハイロヴィチ1953-サンクト・ペテルブルグ市議会代表
4第3期 2011-マトヴィエンコ ヴァレンティーナ・イヴァーノヴナ1953-サンクト・ペテルブルグ市政府代表

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訳語について

 連邦ソヴィエトは、上述のように在日ロシア連邦大使館の公式サイトでは «連邦院» と訳されており、また一般には «連邦会議» と訳されることも多いようだ。
 しかし «連邦会議» と訳した場合、議会を意味する «連邦議会» と紛らわしいことこの上ない。そこでここではあえて «連邦ソヴィエト» と訳しておいた。

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国家ドゥーマ

 国家ドゥーマ Государственная Дума (Gosudarstvennaya Duma) の議員は代議員・代議士 депутат (deputat) と呼ばれる。日本語ではどうでもいいことだが、ロシア語では連邦ソヴィエトの議員と国家ドゥーマの議員とは、それぞれ別の単語を使うことになる。
 定数は450議席。完全比例代表制の直接普通選挙により選出される。ただし得票率が 7% に満たない政党は切り捨て。このため大政党に有利になった。
 任期は、大統領と同じく変遷がある。1993年選挙分は2年だったが(暫定的なものだったため)、その後4年になった。しかし2008年、法改正により5年に延長された(ただし2007年選挙分の任期は4年であるため、任期満了は2011年)。

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権限

 国家ドゥーマ独自の権限として最大のものは、行政府への関与であろう。
 首相(政府議長)は大統領に任命権があるが、国家ドゥーマの承認を得なければならない。国家ドゥーマが承認しない場合、大統領は何度も首相を指名し直さなければならない(現実には3度まで)。事実、1998年に国家ドゥーマはエリツィン大統領が首相に指名したキリエンコとチェルノムィルディンを、それぞれ2度にわたって承認拒否した。キリエンコは3度目に承認されたものの、チェルノムィルディンに3度目はなく、エリツィン大統領は代わってプリマコーフを指名している。
 国家ドゥーマは、さらに、内閣不信任を決議することができる。大統領はこれを拒否することができるが、国家ドゥーマが再度内閣不信任を決議すると、大統領には内閣総辞職か国家ドゥーマ解散・総選挙かの選択肢しかなくなる。
 もともと政府は大統領にのみ責任を負っていたが、法改正により国家ドゥーマへの報告義務を負うことになっている。

 国家ドゥーマ独自の権限としてもうひとつ大きいのが、大統領弾劾権であろう。
 憲法には大統領を弾劾できる条件が規定されているが、簡単に言えば、連邦最高裁判所と憲法裁判所それぞれが国家に対する裏切りないし類似の大罪の咎で大統領を有罪と判断した場合ということになる。
 この場合、大統領を弾劾することができるのは国家ドゥーマのみである。ただし通常の立法と異なり、代議員の過半数ではなく3分の2以上の賛成がなければ弾劾は成立しない。
 国家ドゥーマが大統領の弾劾を決議すると、それに基づいて連邦ソヴィエト・メンバー3分の2以上の賛成で、大統領は解任される。上述のように、現在では連邦ソヴィエト・メンバーの3分の1以上を大統領支持派が確保できる仕組みになっているため、現実には大統領解任はほぼあり得ない。

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解散

 国家ドゥーマは大統領により解散させられる。その条件は ( 1 ) 大統領の指名した首相候補を3度にわたって拒否した場合、( 2 ) 政府不信任案を可決し、大統領がそれを受け入れず(内閣を総辞職させず)、これに対して国家ドゥーマが政府不信任案を再可決した場合。ただしいずれの場合も必ず国家ドゥーマが解散させられるとは限らない。大統領が折れて、( 1 ) の場合であれば別の候補を首相に指名するか、( 2 ) の場合であれば内閣総辞職に踏み切ることもあり得るからである。
 2011年現在、国家ドゥーマは1度も解散させられたことがない。上述のように、1998年にキリエンコをもう少しで3度連続承認拒否しそうになったことがある。

 なお、過去の国家ドゥーマ選挙は、1993年、1995年、1999年、2003年、2007年、2011年。いずれも任期満了によるもの。

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歴代国家ドゥーマ議長

任期氏名生没年所属政党
1第1期 1994-96ルィプキン イヴァン・ペトローヴィチ1946-農業党
2第2期 1996-2000セレズニョーフ ゲンナーディイ・ニコラーエヴィチ1947-共産党
第3期 2000-03
3第4期 2003-07グルィズローフ ボリース・ヴャチェスラーヴォヴィチ1950-統一ロシア
第5期 2007-11
4第6期 2011-ナルィシュキン セルゲイ・エヴゲーニエヴィチ1954-統一ロシア

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立法

 法案の提出権を有するのは、大統領、連邦ソヴィエト、連邦ソヴィエト・メンバー、国家ドゥーマ代議員、政府、連邦構成主体立法府、憲法裁判所、最高裁判所、最高調停裁判所。
 法案は国家ドゥーマに提出される。
 法案は、国家ドゥーマが承認すると、連邦ソヴィエトに送られる。連邦ソヴィエトが承認した場合、ないし14日以内に結論を出さなかった場合、連邦法は承認されたものと見なされる。連邦ソヴィエトが否決した場合、両院協議会が設置され、法案は再び国家ドゥーマに指し戻される。国家ドゥーマが再審議の結果、3分の2以上の賛成で可決した場合、法案は成立する。
 大統領は連邦議会の可決した法案に対する拒否権を有する。大統領に拒否された法案は連邦議会に差し戻され、再審議される。その結果、連邦ソヴィエト・国家ドゥーマそれぞれの3分の2以上により再可決されると、もはや大統領に拒否権はない。

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最終更新日 19 05 2012

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