ロシア人の姓

  1. ロシア人の姓の起源は、祖先のイーミャやあだ名に由来するものが多く、ほかに職業、出身地などに由来するものもある。
  2. ロシア人の姓は、文法的には形容詞に由来し、よって語尾に一定のルールが存在する。
  3. ロシアには «二重姓» というのはほとんど存在していない。

姓の由来

 ロシアにおいて、姓の発生は父称が存在した関係で遅く、16世紀頃のことだった。

 ロシアにおける姓の発生にかんして、おもしろい例を挙げてみよう(実例だ)。
 1500年頃のモスクワに、ユーリー・ザハーリエヴィチ・コーシュキン Юрий Захарьевич Кошкин という小貴族がいた。
 かれの息子はロマーン・ユーリエヴィチ・ザハーリイン Роман Юрьевич Захарьин といった。
 その息子はニキータ・ロマーノヴィチ・ユーリエフ Никита Романович Юрьев と名乗った。
 さらにその子はフョードル・ニキーティチ・ロマーノフ Фёдор Никитич Романов といった。
 このフョードルの子こそ、ミハイール・フョードロヴィチ・ロマーノフ Михаил Фёдорович Романов、ロマーノフ家最初のロシア皇帝である。
 ミハイールが皇帝になった時、まだ父親フョードルは存命中だった。もしフョードルがすでに亡くなっていたら、ミハイールはロマーノフではなくニキーティンという姓で知られていたかもしれない。とするならば、ロシアの皇家はロマーノフ家ではなくニキーティン家と呼ばれていたかもしれない。

 ロシア人の姓にもっとも多いのが、このように «祖父(時には父)のイーミャから取ったもの» である(アンドレーエフ Андреев、イヴァノーフ Иванов、ニコラーエフ Николаев、パーヴロフ Павлов、ミハーイロフ Михайлов)。
 もっとも、この場合の «祖父のイーミャ» というのは、現在も使われている一般的なイーミャばかりではなく «あだ名» も含む。一般論として言うと、貴族にこの手の «あだ名から取られた» 姓が多く見られる(ゴリーツィン Голицын、シャホフスコーイ Шаховской、ダーシュコフ Дашков、ドルゴルーキー Долгорукий)。むしろ貴族で «普通のイーミャ» からつくられた姓を持っているのは珍しく(しかも通常は18世紀以降の新興貴族)、ロマーノフ家というのは例外的存在であると言ってもいいだろう。
 ただしかつては、«あだ名» が正式なイーミャに転じる例が、特に庶民の間で一般的に見られた。多いのが動植物や身体的特徴、さらにその他の普通名詞・形容詞・動詞である。ロシア語では熊をメドヴェージ медведь というが、«あだ名» として使われることもあれば、生まれた子に熊のような力強さを持ってもらいたいと願う親がメドヴェージと名付けることもあった。ゆえにメドヴェーデフ Медведев という姓の由来になっている祖先は、そのような «あだ名» で呼ばれただけかもしれないが、他方で正式なイーミャとして持っていたのかもしれない。
 «あだ名» であれ正式なイーミャであれ、祖先の呼び名に由来する姓というのはロシア人の姓のほとんどを占めると言っても過言ではなかろう。チャイコーフスキー Чайковский(かもめ)、トルストーイ Толстой(でぶ)、ゴルバチョーフ Горбачёв(せむし)、モローゾフ Морозов(寒波)、ストローガノフ Строганов(?)等々。

 このほかの由来としては、職業(トーカレフ Токарев、カラーシュニコフ Калашников)、領地や出身地(ドストエーフスキー Достоевский)などがある。
 おもしろいのが、ドラゴミーロフ Драгомиров(大事な平和)、ドブロリューボフ Добролюбов(善を愛する、善き愛)など。聖職者につけてもらった姓らしい。
 言っちゃ悪いが笑えるのが、グリボエードフ Грибоедов(キノコ食)、ミャソエードフ Мясоедов(肉食)。ただし実際には、グリボエード грибоед は虫の名前。ミャソエード мясоед は教会で肉食が許された期間のこと。よって、おそらく前者はやはり祖先のあだ名から来た姓、後者は聖職者につけてもらった姓なのだろう。

姓の文法的分類

 以上語源的にロシア人の姓を分類してみたが、次に文法的に見てみよう。
 ロシア人の姓は、文法的にはその多くが形容詞に由来する。形の上からすると、

  1. 〜オフ -ов、〜ヨーフ -ёв、〜エフ -ев、〜イン -ин・-ын
  2. 〜スキー -ский、〜スコーイ -ской
  3. 〜イー -ый・-ий、〜オーイ -ой

に分けられるだろうか。
 厳密に言えば、1、2、3 それぞれ形容詞の種類もその意味するところも違う。1 と 2 は要は «◯◯の» という意味であると言っていい。3 は普通の形容詞である。
 これらは形の上では形容詞そのものなので、形容詞と同じく格変化をする。と言っても、ここで注意すべきは、男性の姓と女性の姓とで語尾が違う、という点である。
 1 の場合は、女性には語尾に «〜〜ア -а» が付く。条件反射を発見した生化学者はパーヴロフ Павлов だが、バレリーナはパーヴロヴァ Павлова。エリツィン Ельцын の奥さん・娘さんはエリツィナ Ельцына となる。
 2 と 3 の場合は、女性では語尾が «〜〜アヤ -ая» に変化する。ドストエーフスキー Достоевский の奥さん・娘さんはドストエーフスカヤ Достоевская、トルストーイ Толстой の奥さん・娘さんはトルスターヤ Толстая となる。
 〜インで終わる姓の持ち主で最も有名なのはチャールズ・チャップリンだろうが、言うまでもなくチャップリンの姓はロシア語でも何でもない(英語でチャペルの牧師 chaplain)。しかしロシアにもチャープリン Чаплин という姓が存在する(こちらはロシア語の鷺 цапля)。文字表記すると一緒になるので紛らわしい。

 ごく稀に、主に 3 が格変化した形を取る姓がある。たとえば、ジヴァーゴ Живаго(Живой の男性単数生格の古形)、ヒトロヴォー Хитрово(Хитрой の男性単数生格の異綴)、ドルギーフ Долгих(Долгой の複数生格)などだ。これらは語尾変化できないので、女性でも同じ形になる。
 なお、シチェルビーナ Щербина はこれらとは違い、普通名詞がそのまま姓となったもの。女性名詞だが、男性でもこの形。当然その奥さんや娘さんの場合でも語尾変化しない。

非ロシア語的な姓

 これ以外の語尾を取る姓もないではない。ゾズーリャ Зозуля、チュバーリ Чубарь、ナーフカ Навка、バーイダ Байда、マリャール Маляр、レフコー Левко。その多くが名詞(固有名詞含む)がそのまま姓になったものだ。
 だが基本的には18世紀・19世紀に一般庶民にも姓が浸透してきたときに、ほとんどのロシア人が上記の 1 か 2 の語尾に変えた(貴族でもドルゴルーキー Долгорукий がドルゴルーコフ Долгоруков)。なので、一般論として言えば、それ以外の語尾を取る姓は、少なくともその起源は非ロシア系が多いと言えるだろう。もちろん、そういった姓の持ち主がロシア人ではない、などと言うわけではない。言語学的な起源が非ロシア語だ、と言っているだけの話である。
 たとえば、ロバーチ Лобач やクリーク Кулик という普通名詞がそのまま姓として残っているのは、どちらかと言うと西方(ウクライナやベラルーシ)に多い。これがロシアだと、ロバチョーフ Лобачёв やクリコーフ Куликов となるのが一般的である。

 «〜〜エンコ -енко» というのはウクライナ系の姓である。シェフチェンコ Шевченко、チェルネンコ Черненко、ルィセンコ Лысенко 等々、この姓のロシア人は多いが、少なくとも言語学的にはこれらの姓はウクライナ語に由来する。

 «〜〜ヴィチ -вич» というのはロシアでは父称であり、この語尾をとる姓は基本的には非ロシア的である。
 シュシュケーヴィチ Шушкевiч (ベラルーシ)、ハタエーヴィチ Хатаевiч (ベラルーシ)、ミツケーヴィチ Мiцкевiч (ベラルーシ)/ミツキェヴィチ Mickiewicz (ポーランド)、シャンケーヴィチ Сянкевiч (ベラルーシ)/シェンキェヴィチ Sienkiewicz (ポーランド)、ツィランキェヴィチ Cyrankiewicz (ポーランド)、マレヴィチ Malewicz (ポーランド)、ミロシェヴィチ Милошевић (セルビア)、ミハイロヴィチ Михаиловић (セルビア)等々。
 ※ミツケーヴィチ/ミツキェヴィチはその民族的由来についてこんにちでも紛糾が続いている。ベラルーシとポーランド、これにリトアニア(リトアニア語ではミツケヴィチウス Mickevičius)までからんでいる。歴史的にこんにちのベラルーシは14世紀以来リトアニアの支配下にあったが、リトアニアは16世紀以来ポーランドと連合国家を組んでいたので、ベラルーシはベラルーシ、リトアニア、ポーランドの3つの言語・文化が入り乱れていたのだ。学問的裏付けはないが、個人的には «〜〜ヴィチ» という姓は元来ベラルーシ系(+セルビア系?)だと思っている。

 «〜〜アク»、«〜〜イク» という語尾は、ストリジャーク Стрижак、ソプチャーク Собчак、パステルナーク Пастернак、シュヴェールニク Шверник など、ロシア人にも多いが、«〜〜エク» も含めておそらく本来は西スラヴ系。
 たとえばギェレク Gierek (ポーランド)、クベリーク Kubelík (チェコ、クーベリックは英語風)、コペルニク Kopernik (ポーランド、コペルニクスはラテン語)、コルチャーク(ポーランド Korczak、チェコ Korčák)、シュラーメク Šrámek (チェコ)、ドヴォジャーク Dvořák (チェコ、ドヴォルザークは誤り)、ドゥプチェク Dubček (スロヴァキア)、ドルノフシェク Drnovšek (スロヴェニア)、フサーク Husák (チェコ、スロヴァキア)、ミコワイチク Mikołajczyk (ポーランド)等々。
 ちなみに、«〜〜オク» はよくわからない(ロシア人にもたまにいる)が、«〜〜ウク» はウクライナ人の姓(イヴァニューク Iванюк、クラフチューク Кравчук)。

 また «〜〜スキー» という語尾を取っていても、ロシア系ではなくポーランド系だったりウクライナ系だったりすることもある。たとえばゼルジンスキー Дзержинский、ポリャンスキー Полянский などというのはいずれもポーランド系の姓だ(ポーランド語ではそれぞれ DzierżyńskiPolanski)。
 そもそも «〜〜スキ» という接尾辞はスラヴ系の言語に共通しているので、スラヴ系の民族にはたいていこの語尾を持った姓がある。ヤルゼルスキ Jaruzelski (ポーランド)、コメンスキー Komenský (チェコ)、スタンボリースキ Стамболийски (ブルガリア)など。オーストリアはかつてチェコなどスラヴ系民族を多く支配していたため、こんにちでも «〜〜スキー»、«〜〜ツキー» という語尾を持つ姓が多い。

 ちなみに、一見ロシア人っぽく見えるが、実はロシア語でも何でもない姓もある。スラヴ系の言語はもともとは起源が同じなので、スラヴ系の民族にはロシア人と似たような姓が多い。
 たとえばフチーコヴァー Fučíková はチェコ人の女性の姓で、男性の場合はフチーク Fučík。チェコ語ではロシア語と同じように女性の姓は変化をするので、一見語尾がロシア人っぽく見えるのだ。ナヴラーティロヴァー Navrátilová (男性形はナヴラーティル Navrátil)とかマンドリーコヴァー Mandlíková (男性形はマンドリーク Mandlík)とか。
 ブルガリア人も基本的に語尾が «〜〜オフ»、«〜〜エフ» になる。ジェレフ Желев、ストイチコフ Стоичков、ムラデノフ Младенов など。ロシア語がわかっている人であれば、これらの姓はロシア語起源とは思えないので、少なくとも言語学的にはロシア語起源の姓ではないのではないかと察しがつく。

 同じく一見ロシア人っぽく見えるが、実はもともとは外国から来た姓もある。トゥルゲーネフ Тургенев(モンゴル)、レールモントフ Лермонтов(スコットランド)、アブドゥーリン Абдуллин(アラブ)、サルキーソフ Саркисов(アルメニア)などである。
 これらは外国語、あるいは外国の姓の語尾をそれっぽく変えたものである。
 特にイスラーム系やシベリア・極東の少数民族は、このように姓の語尾をロシア人っぽく変えている。ハミト(?)からハミトフ(バシュキール)、ミンネハン(?)からミンニハノフ(タタール)、カダル(?)からカドィロフ(チェチェン)、マムスラト(?)からマムスロフ(オセート)等々(それぞれオリジナルの民族言語の発音はよくわからない)。アリエフ(アゼルバイジャン)、ナザルバエフ(カザフ)、アタンバエフ(キルギス)、カリモフ(ウズベク)、ベルディムハメドフ(タジク)など、中央アジア諸国などでもいまだにこのような語尾の姓を名乗っている人は多い(ただしトゥルクメン大統領はラフモノフからラフモンに改姓した)。
 これらについても、ロシア語がわかっていれば、語源的にロシア語起源ではないのではないかと想像できる。

 このほかに、ロシアにしばしば見られる非ロシア系の姓について。
 «〜〜アス»、«〜〜イス»、«〜〜ウス» は、ラトヴィア系・リトアニア系の姓である。ブラザウスカス、ブルブリス、スネチクス等。ただし、パレツキスは元来パレツキーというロシア系の姓だった。ランズベルギスはランズベルグというドイツ系の姓だった。
 «〜〜ヤン» はアルメニア系の姓である。西側ではカラヤンやサローヤンが有名だが、ロシアでもミコヤン、バグラミャンなどがある。
 «〜〜シュヴィリ» は、スターリンの本名ジュガシュヴィリで有名だが、グルジア系の姓である。グルジア系の姓にはほかに、«〜〜アーゼ»、«〜〜イーゼ»、«〜〜アニ» などもある。シェヴァルナーゼ、シハルリーゼ、ゲロヴァニ等。
 «〜〜イア»、«〜〜ウア»、«〜〜アヴァ» は、同じグルジアでも基本的にメグレル系の姓である。ベリヤ、ガムサフルディヤ、ストゥルア、オクジャヴァ等。

補足

 二重姓というのは稀にではあるが、存在している。有名どころでは映画監督のミハルコーフ=コンチャローフスキー Михалков-Кончаловский がそうだ。ミハルコーフは父親の、コンチャローフスキーは母親の姓である。弟はただミハルコーフとだけ名乗っている。
 ロシア革命の前後には、二重姓が多く見られたが、現実にはそのほとんどは «本当の姓» と «革命活動用の変名» とを組み合わせたものである。レーニンも一時はウリヤーノフ=レーニン Ульянов-Ленин などと呼ばれていた。

 ちなみにロシアは世界有数の離婚大国であり、そのためもあるのか、夫婦別姓も珍しくない。たとえばレーニンの妻ナデージュダは、ナデージュダ・レーニナ、あるいはナデージュダ・ウリヤーノヴァではなく、結婚前の姓ナデージュダ・クループスカヤで知られている。
 また子供にしても必ずしも父親の姓を名乗っているとは限らない(上記ミハルコーフ兄弟の例)。

姓の由来(詳述)

 最後に改めて姓の由来についてより詳しく述べるとともに、具体例を紹介していこう。

 記述のとおり、ロシア人のロシア語起源の姓は、( 1 ) 祖父(あるいは父)のイーミャ・あだ名、( 2 ) 職業、( 3 ) 出身地・領地に由来するものがほとんどである。ロシア語以外の言語を起源とする姓も多いので話は複雑になるが、純粋に言語的に見れば、上記3つがロシア人の姓の主な由来であることに間違いはない。

 出身地・領地に由来する姓はさほど多くはない。特に、領地に由来する姓は、ほぼリューリコヴィチかゲディミノヴィチに限定されると言っても過言ではない(しかもほとんど現存しない)。
 地名が由来の姓は、ゆえに、ほとんどが出身地を示す。グロムィコ Громыко やドストエーフスキー Достоевский、プリセーツカヤ Плисецкая。ただし大きな都市名としては、カザーニ由来のカザーンツェフ Казанцев 、ロストーフ由来のロストーフツェフ Ростовцев と、ベロゼールスク由来のベロゼールツェフ Белозерцев、そしてモスクワ由来のモスクヴィーン Москвин ぐらいであろうか(もっともモスクヴィーンが出身地を意味するのかどうかはよくわからない)。

 英語では鍛冶屋に由来するスミスという姓が最も多い姓となっているが、ロシアでもクズネツォーフ Кузнецов とコヴァリョーフ Ковалёв (どちらも鍛冶屋だが、後者は西スラヴ系)は確かに多い(コヴァリョーフはさほどでもない)。ちなみにコヴァレーフスキー Ковалевский はポーランド語起源、コワルスキ(コヴァルスキ) Kowalski となると完全にポーランド人の姓である。
 ほかに職業に由来する姓としては、サポージュニコフ Сапожников (靴屋)、シャーポシュニコフ Шапошников (帽子屋)、セレブリャコーフ Серебряков (銀細工師)、ドラグノーフ Драгунов (竜騎兵)、ピーサレフ Писарев (清書係)、プロトポーポフ Протопопов (長司祭)、ポノマリョーフ Пономарёв (教会の堂守)、メーリニコフ Мельников (製粉職人)などがある。ただし、これらの姓の持ち主が必ずしもそれぞれの職業従事者の子孫とは限らない。マヨーロフ Майоров は少佐の子孫ではなく、少佐の所有する農奴の子孫である場合がほとんどである(らしい)。

 最も多いのが、祖父(あるいは父)のイーミャ・あだ名に由来する姓である。これについては、詳述する必要がある。

 姓の由来となったイーミャは、あえて分類すれば3種類ある。正教会の暦にも載っている洗礼名、その省略形(愛称形)、そして民間で適当につけられた(通常はあだ名から転じた)種々雑多なその他のイーミャである。
 洗礼名に由来する姓は、掃いて捨てるほどある。アレクセーエフ Алексеев、ヴァシーリエフ Васильев、シーモノフ Симонов、セルゲーエフ Сергеев、ドミートリエフ Дмитрьев、ペトローフ Петров、ロマーノフ Романов ……。いずれも男性名に由来する点、父称と同じである。女性名からつくられた姓は、原則存在しない。
 洗礼名ではなく省略形(愛称形)としては、アリョーヒン Алёхин (アレクセイ)、イリユーシン Ильюшин (イリヤー)、ヤーシン Яшин (ヤーコフ)などがある。省略形・愛称形というのは基本的に男性のイーミャでも -а で終わるので、そこからつくられる姓は語尾が «〜イン» となる。
 なお、由来が想像できない姓の中には、現在では使われなくなったイーミャ(さらにはその省略形)に由来するものも少なくない。アフクセーンティエフ Авксентьев やヴラーソフ Власов、ティトーフ Титов などがそれで、これらのイーミャは教会暦には載っているので、いまでも洗礼名として使われる可能性がゼロではない。
 そして最後にその他のイーミャに由来する姓であるが、これは教会暦に載っているものとは無関係に、民間で好き勝手につけられたイーミャ(その多くがあだ名に由来する)が起源となっている。たとえば、ジュダーノフ Жданов («待ち望まれた子» を意味する男性名ジュダーンに由来。以下同)、トレティヤコーフ Третьяков (第三子)、ネチャーエフ Нечаев (思いがけない子)などは、誕生時の境遇を物語るイーミャに由来する。
 これと区別できないのが、他人からつけられたあだ名(に由来する姓)である。ネクラーソフ Некрасов (美しくない人)は、実際に美しくないから他人からそう呼ばれたのか、それとも誕生時に親からこう名付けられたのか(魔除けとして新生児に悪い意味のイーミャをつけるのは洋の東西を問わず見られる現象である)。ほかにもキセリョーフ Киселёв (食べ物の名が転じて意気地なし)、ザミャーティン Замятин (不安・騒動、古語)、ブルガーコフ Булгаков (騒々しい人)、ベゾブラーゾフ Безобразов (醜い人)、リハチョーフ Лихачёв (向う見ずな人)などがあるし、スミルノーフ Смирнов (従順な)やドブルィニン Добрынин (優しい)のようにいい意味でも、どちらとも判断しがたい。チェルヌィショーフ Чернышёв (黒い、主に髪が)、プザーノフ Пузанов (太鼓腹の人)、ベリャーエフ Беляев (白い)、ベロウーソフ Белоусов (白髭)のような身体的特徴を示す場合は、おそらく成長後に他人からつけられたあだ名だったのだろう。プリマコーフ Примаков (入り婿)などは新生児につけるイーミャではあり得ない。
 その他、様々な性質や特質からつくられたあだ名(からつくられた姓)がある。グラズノーフ Глазунов (野次馬)、スコーベレフ Скобелев (ある種のナイフ、転じて«しょっちゅうむずむずしている人»)、セミチャースヌィー Семичастный (七つの領地を持つ)、デルジャーヴィン Державин (大国、転じて«壮健な・堅固な人»)、ネスメヤーノフ Несмеянов (笑わない人)、ベススメールトヌィフ Бессмертных (不死の)等々。
 あだ名(イーミャ)には、民族名から転じたものもある。これに由来する姓としては、チェーホフ Чехов (チェコ人)、ポリャコーフ Поляков (ポーランド人)、ラートィシェフ Латышев (ラトヴィア人)、リトヴィーノフ Литвинов (リトアニア人)、リャーホフ Ляхов (ポーランド人の古名)、ヴォテャコーフ Вотяков (ウドムルト人)、カザコーフ Казаков (コサック)、チェルカーソフ Черкасов (チェルカース人)、チェレミーソフ Черемисов (マリ人)、モルドヴィーノフ Мордвинов (モルドヴァー人)などで、一方は近隣の外国人であり、他方は国内の少数民族である。これらのあだ名(イーミャ)を持つ者は、基本的にその民族の出身者ではなかく、これらがどのような意味、ニュアンスを持っていたのかは必ずしもはっきりしない。
 同じように、動物や鳥、昆虫の名前があだ名(イーミャ)に転じた例も多い。これに由来する姓は、ヴォールコフ Волков (狼)、ヴォローニン Воронин (ハシボソガラス)、ヴォーロノフ Воронов (ワタリガラス)、ヴォロビヨーフ Воробьёв (雀)、ヴォロンツォーフ Воронцов (キンポウゲの一種)、オルローフ Орлов (鷲)、クリコーフ Куликов (シギ)、コズローフ Козлов (山羊)、コーネフ Конев (馬)、コマローフ Комаров (蚊)、ザーイツェフ Зайцев (兎)、ジューコフ Жуков (甲虫類)、スクヴォルツォーフ Скворцов (椋鳥)、ソコローフ Соколов (鷹)、ソロヴィヨーフ Соловьёв (ツグミ)、バラーノフ Баранов (羊)、ブィコフ Быков (雄牛)、ムーヒン Мухин (蠅)、ムラヴィヨーフ Муравьёв (蟻)、メドヴェーデフ Медведев (熊)、レーベデフ Лебедев (白鳥)……。

 ごく少数だが、教会関係者によってつけられたと思しき姓もある。ロジェーストヴェンスキー Рожественский (クリスマス)やミャソエードフ Мясоедов (教会暦において肉食の許される期間)などは一目瞭然だが、ヴィノグラードフ Виноградов (ブドウ)、ローザノフ Розанов (バラ)などもそうだ。ヴォズネセーンスキー Вознесенский (復活)やポクローフスキー Покровский (聖母の庇護)、ピャートニツキー Пятницкий (ある聖女の添え名)は、教会関係者によってつけられた場合もあれば、そういう名の教会(ロシア各地にある)にちなんで姓とした場合もある。

 由来としては以上のいずれかに属しても、俗形からつくられたり、長い年月の間に微妙に変化したために、由来となった単語が想像しがたいものも多い。
 男性名グリゴーリー Григорий に由来する姓には、グリゴーリエフ Григорьев や、愛称形グリーシャ Гриша からつくられたグリーシン Гришин のほかに、グリシチューク Грищук (ウクライナ系)、グリードネフ Гриднев、グリニコーフ Гриньков、グリニョーフ Гринёв、グリハーノフ Гриханов、ゴーリン Горин、ゴールキン Горкин など多数ある。
 зуб (歯)からつくられた姓は、ズーボフ Зубов のほかに、ズバチョーフ Зубачёв、ズバートキン Зубаткин、ズーバレフ Зубарев、ズービン Зубин、ズプツォーフ Зубцов などがある。
 こうなると、こんにち実際にロシア人が名乗っている姓の由来が何なのか、はっきりさせることはかなり困難になってくる。
 フェーディン Федин とトドローフスキー Тодоровский はどちらもフョードル Фёдор というイーミャに由来すると、誰が想像できるだろうか。サモリョートフ Самолётов は飛行機 самолёт が登場する以前から存在した姓である。ソルジェニーツィン Солженицын という姓の由来については種々の説があるが、そもそもロシア語起源なのかどうかも不明である。
 そもそもの起源の問題、方言や訛り(に由来する)という問題、しかも長年にわたり変化した可能性も考えれば、一見由来の明白に思われる姓も、実は全然別の言葉に由来するかもしれない。
 いずれにせよ、ここで問題としているのはあくまでも言語学的に見た起源であって、本人の民族的帰属(意識)とは無関係であることは強調しておきたい。金髪碧眼でどう見てもヨーロッパ系としか見えない人の中にも、テュルク系・アラブ系・モンゴル系のイーミャに由来する姓を名乗っている人も多い(アブドゥーリン Абдуллин、チャアダーエフ Чаадаев、ラフマーニノフ Рахманинов)。

 なお、特にスポーツ関連などでは、ロシア語のわかっていない人が英語表記やフランス語表記から何となくカタカナ化しているらしく、本来のロシア語からするとおかしな日本語訳になっていることが多々ある。トカチェフとかシハルリドゼとかプルシェンコとか。この点は念頭に置いておいていただきたい。

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