ロシア語概説:比較

степени сравнения

«比較» は形容詞と副詞に特有の形態変化と用法の総称である。

 形容詞・副詞の形態変化としての比較には、比較の意味を表さない «原級 положительная степень» と、比較の意味を持つ «比較級 сравнительная степень» と «最上級 превосходная степень» がある。

形容詞副詞
長語尾短語尾
原級чистыйчистчисто
比較級単純型чище
複合型более чистыйболее чистболее чисто
最上級単純型чистейший
複合型наиболее чистый
самый чистый
наиболее чистнаиболее чисто

 原級とは、英語などと同じく、形容詞・副詞の «本来の形» であるから、意識する必要はない。比較において重要なのは、比較級と最上級である。

 なお、比較級・最上級を持つのは性質形容詞、およびそれから派生した副詞だけである。ただし性質形容詞と関係形容詞との区別は必ずしも厳密ではない(関係形容詞の中には性質形容詞化したものもある)から、関係形容詞にも比較級・最上級を持つものがある。

比較級

 比較級とは、何かと比較相対させた時に「〜〜の方がより〜〜だ」と言う場合に使うものである。故に、文において明示されていると否とにかかわらず、常に比較相対させる対象(「〜〜よりも」)が念頭にある。逆に言うと、何かと比較相対させている場合には比較級を使う。「最近めっきり寒くなった」は比較級でなければならない。
 この点、比較級の存在しない日本人にはピンと来ない部分であり、よって日本人は神経質になるべきである。«Жить стало лучше, жить стало веселей!» はスターリンが言った言葉だが、「生きることが良くなった、生きることが楽しくなった」という程度の意味である。しかしここでは лучше、веселей という比較級が使われており、文面上は明示されていないものの、何かと比べて(おそらくは過去だろう)「より良くなった」、「より楽しくなった」と言っているのである。
 もうひとつ注意しなければならないのは、良いものと悪いものを比べて「こちらの方が良い」というだけではなく、比較というのは、良いものと良いものを比べて「こちらの方が良い」という場合にも、逆に悪いものと悪いものを比べて「こちらの方が良い(まだマシ)」という場合にも使うということである。形態上はこの3つを区別することができないので、前後の文脈からこの区別を正確に読み取ることが必要だ。«Лучше поздно, чем никогда.» はことわざだが、поздно と никогда というふたつの悪を比較して、「никогда よりは поздно の方がまだマシだ」と言っているのである。上記のスターリンの発言も、前後の文脈次第では「生きることは依然として苦しい。しかしそれでも以前に比べればマシになった」という意味にもなり得るのである。

 ロシア語の比較級は、その形態によって以下のように分類することができる。

 形容詞・副詞は、単純型と複合型のどちらもとり得る。

単純型

 単純型とは、形容詞・副詞そのものが形態変化する。規則変化をするか不規則変化をするかは、形容詞・副詞ごとに異なる。
 単純型は格変化をしない。ゆえに、形容詞長語尾、形容詞短語尾、副詞の区別が(形の上からは)不可能である。

 規則変化をするにせよ不規則変化をするにせよ、形容詞も副詞も単純型では語尾が同じになる。живо́й / жи́во ⇒ живе́е、бли́зкий / бли́зко ⇒ бли́же のごとくである。ゆえに前後の文脈で形容詞か副詞か判断する必要がある(もっとも、常識的に判断できるが)。
 なお、以下、原則として例には形容詞のみを挙げるが、副詞もまったく同じ形になる。

規則変化

 規則変化は、形容詞の変化語尾の代わりに -ее を加える。アクセントの位置は、原則として短語尾女性の位置に等しい。

 なお、より口語的な形態として -ей がある。скоре́е ⇔ скоре́й

不規則変化

 かなり多くの形容詞・副詞が不規則変化をする。

 不規則変化は不規則であるがゆえに不規則変化と言うので、ここではごく大雑把な規則性を述べるにとどめる。
 第一に、語尾は -е となる。第二に、アクセントは常に語幹に置かれる。第三に、語幹末の子音が г、к、х、および一部 д、т、ст のものに多く見られる。第四に、語幹末で音韻交替を起こす。

 最後のグループには、不規則変化と規則変化(っぽいもの)が共存する形容詞・副詞がいくつかある。その場合、不規則変化が一般的で、規則変化には古語的なニュアンスがあったり、意味が限定されたりすることが多い(逆に不規則変化で意味が限定されるもの、不規則変化と規則変化で意味が異なるものなどもある)。

別語幹

 理由はわからないが、形容詞・副詞の中には単純型の比較級を持たないものがある。何らかの理由で持たないのだが、意味的には比較級が使えないと困る場合、別の形容詞・副詞の比較級を流用することがある(もちろん、複合型にすることも可)。

補足

 単純型には、по- という接頭辞がつくことがある。「ちょっと」という感じで、語義を和らげる働きをするが、文体的には口語によく見られる。тепле́е ⇒ потепле́е, бли́же ⇒ побли́же

 単純型からさらに形容詞がつくられることがある(以下の8例)。

文体論

 文体論から言うと、規則変化が中立的なニュアンスを持つのに対して、不規則変化には口語的なニュアンスが強い。ゆえに、далёкий / далеко の比較級としては、далее よりも дальше の方が一般的である。もちろん個々の形容詞の都合にもよる。красивый という形容詞には краше という不規則変化もあるが、これは民話などでしか用いられない形であり、規則変化 красивее の方が会話も含めて一般的である。
 規則変化においても、-ее よりも -ей の方が口語的であることは上でも述べた。また、-ее であっても по- という接頭辞がつくと口語的なニュアンスが生じる(より正確に言うと、по- という接頭辞がつく形が口語で多用されている)。

複合型

 複合型とは、形容詞(長語尾・短語尾)あるいは副詞の前に бо́лее ないし ме́нее を付加する。これは英語でいう more と less である。これはすべての形容詞・副詞に共通である。
 複合型の形容詞は格変化をする。格変化をする形容詞の前に бо́лее ないし ме́нее をつけただけのものが複合型だからである。ゆえに、複合型の形容詞には長語尾と短語尾の区別もある(別の言い方をすると短語尾からも複合型の比較級をつくることができる)。

 使用頻度からすると、менее の使用はまれである。むしろ не менее (より少なくなく=同じほど/劣らず)という成句的表現で用いられることの方が多い。これは英語の less と no less との関係に相応する。

 文体論から言うと、複合型は文語(書き言葉)である。
 もちろん、文法的な制約もある。単純型は格変化ができないので、定語として用いるのであれば複合型にせざるを得ない。выше здание は「より高い建物」という意味にはならず「建物はより高い」という文になってしまうので、「より高い建物」と言いたければ более высокое здание と言うしかない。
 複合型の文語(書き言葉)的な臭みを避けたいために、口語(話し言葉)においては単純型を定語として用いることがある。その場合、「より高い建物」では済まず、何らかの言葉を添える。В Японии нет здания выше Токийской башни.
 とはいえ、前置詞を伴う場合には、単純型を後置して定語として用いることはできない。ゆえに、どうしても複合型を使わざるを得ない。в более трудных случаях
 このため、会話においてはなるべく複合型を使わずに済む言い回しが好まれる。

対象

 比較の対象を示す方法は、以下の2通り。

 名詞生格で比較の対象を示すやり方は、単純型の場合のみ。複合型では使えない。この場合、名詞生格は比較級の直後に置かれる。
 また、意味的には、主語と比較する対象のみを示す(要するに主格か対格)。

 上の例文では、「ミーシャはサーシャよりもマーシャを愛している」という意味だが、生格を使ったのでは「サーシャよりもミーシャの方が」なのか「サーシャよりもマーシャの方を」なのかの区別がつかない。ゆえに чем を使い、「サーシャよりもミーシャの方が」であれば主格で чем Саша、「サーシャよりもマーシャの方を」であれば対格で чем Сашу とする。
 下の例文では、比較する対象が、そもそも格変化しない副詞である。ゆえにこのような場合は чем を使うしかない。

 ただし、口語(話し言葉)ではこのような規範も崩れることが多い。

 чем で比較の対象を示すやり方は、単純型でも複合型でも使うことができる。
 また、名詞と名詞だけでなく副詞と副詞、形容詞と形容詞、文と文など何を比較する場合にでも使うことができる。

用法

形容詞副詞
定語述語
単純型
複合型

 単純型は格変化をしない。ゆえに、定語になることができず、基本的に述語として使われる。この点において、単純型は短語尾に似ている。このため、短語尾の比較級(比較級の短語尾)という理解もある。しかし、単純型と複合型との間には、短語尾と長語尾のような意味的相違は存在しない。その意味においては両者は決して同一ではなく、単純型を比較級の短語尾、あるいは短語尾の比較級と呼ぶことは誤解を招きかねない。

 単純型は、原則として述語(形容詞・副詞)ないし状況語(副詞)として用いられる。

 単純型は、名詞に後置することで定語(形容詞)となることがある。ただしこれは文法的には «崩れた用法» と認識されており、主に口語(話し言葉)で用いられる。

 複合型は、定語、述語、状況語いずれでも等しく用いられる。

 単純型と複合型との使い分けの最大のポイントは文体である。複合型は文語(書き言葉)に特有で、単純型は文語(書き言葉)・口語(話し言葉)を問わず用いられる。

最上級

 比較級と異なり、最上級の場合、上記3通りのつくり方が(最上級を持ち得る)すべての形容詞において(理屈上は)可能である。ただし副詞では、наиболее / наименее を使った形しかあり得ない。

 最上級の使用頻度はさほど高くない。一般的には(特に会話においては)、最上級を使う代わりに比較級を流用する。

単純型

 単純型の最上級は、変化語尾の代わりに -ейш- ないし -айш- という接尾辞を付加してつくる。これにさらに変化語尾がつく。当然、通常の形容詞と同じように格変化をする。

 -айш- は、к、г、х、з がそれぞれ音韻交替して ч、ж、ш、ж となった場合に使われる。アクセントは必ずここ。

 それ以外の場合には -ейш- である。アクセントは基本的に比較級に同じ(短語尾女性に同じ)。

 形態的には比較級にも見えるが、высо́кий ⇒ вы́сший と ни́зкий ⇒ ни́зший は最上級である。лу́чший と ху́дший は比較級だが、最上級の意味も持つ。

 単純型を持たない形容詞もある。

 語義的には、単純型は「他と比較して一番」という意味よりも、単に「非常に」という程度のニュアンスの方が強い。「他と比較して一番」という意味合いは、複合型の самый の方がより明確に有している。
 形態論的には、単純型は形容詞のみ。副詞から単純型の最上級をつくることはできない。また、短語尾はなく、常に長語尾で使われる。
 文体論的には、単純型は文語(書き言葉)である。

 単純型には、наи- という接頭辞がつくことがある。語義的には「最大限・最高度」を意味する。少々大げさな感じで、場合によっては滑稽に響きかねない。наилу́чший

複合型

 複合型には2種類ある。

са́мый

 形容詞の前に定代名詞 са́мый を置くことで、「最も〜な」という意味になる。самый высокий, самый богатый
 са́мый は、後に続く形容詞と同じく、修飾する名詞に応じて性・数・格の変化をする。самый высокий / самого высокого / самому высокому / самая высокая / самые высокые ...

 形態論的には、самый は定代名詞であるから形容詞を修飾することはできても副詞を修飾することはできない。ゆえに、самый を使った最上級は形容詞のみ。また、常に長語尾であり、短語尾は存在しない。
 文体論的には特別なニュアンスを持たず、あらゆる場合で用いることができる。

наибо́лее / наиме́нее

 形容詞・副詞の前に副詞 наибо́лее を置くことで、「はなはだ〜な」、「はなはだ〜に」という意味になる。самый と異なり、наиболее そのものは格変化しない。格変化するのは後に続く形容詞だけである。
 наиме́нее を置くと、逆の意味になる。

 使用頻度からすると、наименее の使用はまれである。

 語義的には、3種類の最上級の中で最も広い意味を持つ。
 形態論的には、最上級で唯一、副詞からもつくることができる(наиболее は副詞だから副詞を修飾することもできる)。同じく、最上級で唯一、形容詞の短語尾が存在する。
 文体論的には文語(書き言葉)である。

用法

形容詞副詞
定語述語
単純型×
複合型самый×
наиболее

 定語・述語としては、3種類の最上級いずれも用いることができる。

 これに対して、状況語などとして使うことができるのは наиболее / наименее だけである。

 問題は、単純型と наиболее / наименее がともに文語(書き言葉)である、という点である。самый を使った最上級は、文語(書き言葉)・口語(話し言葉)いずれでも用いられるが、これは副詞では使えない。このため、文体に関係なく、比較級を流用した表現が多用される。

 日本語でも「誰よりも」、「何よりも」をつけることで自然と最上級の意味にすることができる。ロシア語でも、比較級(単純型)の後に всего (何よりも) ないし всех (誰よりも)をつけて、事実上最上級扱いする。

 ただし、これらは一様に最上級と呼ばれているが、個々の単語の意味により微妙に意味・ニュアンスが異なる。

 上の3つは、いずれも одной из... を加えることができる。

 このことは、この3つが、最上級と言いながらも、唯一最高を意味しているわけではないことを意味している。これに対して «Он занимается работой важнее всего.» には одной из... を加えることができない。すなわち、唯一最高を意味する表現はこれだけである。
 繰り返すが、最上級の3つの表現はいずれも「最上級」と言いながら決して「これ以上ない唯一最高の」という意味を表すわけではない。むしろ「程度がはなはだしい」ことを示すにすぎない。このことは特に単純型と наиболее を使った表現について言える。ゆえに口語(話し言葉)では、単純型や наиболее を使った表現の代わりに очень や особенно といった単語を補う言い回しが好まれる。

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最終更新日 23 01 2013

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