ロシア語概説:音韻論

ロシア語の音素は以下のとおり(ここでは国際音声記号 IPA で表示した)。

有声音無声音
母音子音
硬音aiouɐəɛɨbvgdʒzlmnrkpstfxʦʃ
軟音eɪ(ʒʲː )jʧ(ʃʲː )

アクセント

 アクセントとは、音の高低、強弱、長短などで単語を識別する標識である。
 この際、重要なのは、日本語のアクセントは高低であるが、ロシア語のアクセントは強弱であり、高低はイントネーションだ、という点である。ロシア語においては、音の強弱は単語の意味(や形態)に、音の高低は文意にかかわるものである。

 「アメ」という単語を、「ア」を高く、「メ」を低く発音すると、「雨」という意味になる。「ア」を低く、「メ」を高く発音すると、「飴」という意味になる。これが日本語のアクセントである。
 ロシア語には「アメ」という発音の単語は存在しないが、そのまま例として使うと、「雨」という発音と「飴」という発音の違いは、ロシア人にはアクセントの違いではなくイントネーションの違いに聞こえる。それはどういうことかと言うと、「雨」と発音しようと「飴」と発音しようと、ロシア人には単語の違いが認識できない。そうではなく、平叙文、強調文、感嘆文、疑問文などの違いとして認識されるのである。
 当ページの一番下に、"Все права защищены с 7 11 2008 г." と記されている。この права́ という単語は、ふたつ目の -а にアクセントがある。これを、たとえば「伊藤」という感じで発音しようと、「加藤」という感じで発音しようと、同じことである。偶然だが、защищены́ という単語でも最後にアクセントが置かれている。この最後の -ы を、高く発音しようと低く発音しようと、単語の意味には何の違いもない。

アクセントの有無で音が変わる

 ではロシア語の強弱アクセントとはいかなるものか。
 基本は、アクセントのある母音を大声で、アクセントのない母音を小声で発音するというものである。しかしロシア語のアクセントには、それ以上に重要なポイントがある。それは何かと言うと、あえて単純に言うと、アクセントのある母音はその母音本来の発音で、アクセントのない母音は «あいまい母音» に近い発音で発する、ということである。声の大きさ以上に、発音する音の相違が、アクセントの有無を識別する重要なポイントとなる。
 下図は、アクセントの有無による母音の変化を表にしたものである。話を単純化するため、正確なものではない。1 がアクセントのある場合、3 がアクセントのない場合、2 はその中間の特殊な場合である。

文字123
  ё/o//o/
о/ɐ//ə/
а/a/
  я/ɪ/
э/ɛ//ɨ//ə/
  е/e//ɪ/
  и/i/
ы/ɨ//ə/
у/u/
  ю

 上図は、左から右へ、アクセントから遠ざかっていくにつれ、それぞれの発音が徐々に «あいまい母音» に接近していく様を如実に物語っている。/u/ はどの場合でも変化しないようだが、音声学的にはやはり 1 から 3 に移行するにつれ、微妙に変化している。
 このように、ロシア語の母音は 3 の段階においては、/u/ を除いてすべて、硬音は /ə/ に、軟音は /ɪ/ になってしまうのである。しかし 1 の段階では、すべての文字はそれぞれまったく異なる発音がされる。これこそが、その母音本来の発音であり、すなわち、アクセントがある時の発音ということになる。

 専門用語を使えば、ロシア語のアクセントとは、アクセントのない母音が弱化して音韻交替を起こす、というものである。つまり、а は、アクセントがある場合は /a/ という音だが、アクセントがないと /ə/ という音に変化する。
 日本人の耳には、/a/ も /ə/ も、どちらも /ア/ と聞こえる。だから а はアクセントがあろうがなかろうが同じ音で発音されているように聞こえる。ところが、日本人の耳には /o/ と /ə/ とはまったく別の音に聞こえる。だから о は、アクセントがない場合には音が変わる、と聞こえるのである。初心者向けの教科書に、「アクセントのない о は а と発音される」と書かれているのはこういうことだが、これは厳密には正確ではない。アクセントのない母音は о に限らずすべてアクセントがある場合とは違う音で発音されているのである。
 ちなみに、このためロシア人は「小野」と発音できない。ふたつある o のうち、いずれかは a の発音になってしまうからである(「オナ」か「アノ」)。

 また、現実問題としては、ロシア人はアクセントのある母音を比較的長めに発音している。これは文法上の法則ではなく、ゆえに「アクセントのある母音を長く発音しなければならない」などという規則は存在しない。しかし、アクセントのある母音を強く、明瞭に発音しようとすることで、結果論としてアクセントのない母音に比べて長めに発音されている。文法上は、「レーニン」を「レニン」と、「スターリン」を「スタリン」と発音しても、何の問題もない。

 このようなアクセントは、接続詞・前置詞・小詞(の大部分)には存在しないが、それ以外のすべての単語に、必ず1ヶ所存在している。ごくまれに、«弱アクセント» を持つ単語が存在する(接続詞や前置詞に多い)。また、«第二アクセント» を持つ単語も存在しないでもないが、これは複数の単語を結合させて新しい単語をつくった際に、本来 «弱化» してあいまい母音化するはずの母音がそうはならないというだけである。

長母音と短母音の区別

 «調音» 時間の長短で母音を区別する言語としては、日本語がその典型であろう。「リョケン(旅券)」と「リョーケン(猟犬)」は、現実問題としては母音の長短で区別されている(文字上は、「りょけん」と「りょうけん」と、「う」の有無で区別することができる)。
 英語では、dot /dɑ́t/ と dart /dɑ́ːrt/ と、/r/ を発音しなければ、/ɑ/ という母音の長短だけで区別される。このように紛らわしいケースは多くはないが、母音の長短は単語ごとに厳然と決められている。

 ロシア語には、このような母音の長短の区別が存在しない。
 上述のように、ロシア語では、アクセントのある母音は比較的長めに発音されるが、これはあくまでも結果論である。そもそもロシア人は、アクセントのある а とアクセントのない а と、特別長さが違うとは思っていない。
 よって、ロシア語では、「シュジ(主事)」、「シュージ(習字)」、「シュジー(主治医)」を区別することができない。当然「シュージ(習字)」と「シュージ(修二)」を区別することもできない。
 とはいえ、多くの場合においてロシア人はアクセントのある母音を長めに発音する。ゆえに「シュジ」を発音しようとして「シュージ」か「シュジー」になってしまう(「シュ」にアクセントを置くと前者、「ジ」にアクセントを置くと後者)。「トド」を発音しようとすると、「トード(凍土)」か「トドー(都道)」になってしまう。逆に、「トードー(藤堂)」とは発音することができない。

アクセントの位置は移動する

 ロシア語にあって、アクセントの位置は移動可能である。
 英語では、export という単語を、ex- にアクセントを置いて発音するか、-port にアクセントを置いて発音するかで、文法上の役割だけでなく意味すら異なる。しかしロシア語では、単語の意味は変わらない。名詞とか動詞とかが変わることもない。変わるのは、単数か複数か、主語の役割を果たしているのか目的語の役割を果たしているのか(«格»)、という点である。
 逆に言えば、ロシア語では、アクセントを移動させることによって名詞の単数・複数、«格» を示すことがある。当ページの一番下に、"Все права защищены с 7 11 2008 г." とある。この права は、アクセント位置を明示すれば права́ であり、複数主格である。これが пра́ва となると、単数生格となる。

その他の母音の特徴

鼻母音が存在しない

 鼻母音とは母音を発音中に「音を鼻に抜」いて発せられる音である。ヨーロッパではフランス語、ポルトガル語、ポーランド語にしか存在しない。
 鼻母音は日本人の耳には(ロシア人の耳にも)「ン」に聞こえる。それどころか日本人は、無意識のうちに鼻母音をしょっちゅう発している。「パン」、「印象」、「幸運」、「田園調布」、「損失」において、すべての「ん」を、平均的な日本人は鼻母音で発音する。よって、日本人がロシア語を学ぶ際には、鼻母音を発しないよう注意が必要である。

二重母音が存在しない

 母音がふたつ続けて発せられる場合、2通りのパターンがある。第一が二重母音であり、第二は母音接続である。二重母音とは連続するふたつの母音をあたかもひとつの母音のように発音することで、音節はひとつである。"I, my, me" は3音節であり、I と my が二重母音である。これに対して母音接続とは、連続するふたつの母音をそれぞれ別々に発音することで、音節はふたつである。preindustrial は、/priindʌ́striəl/ と発音され、-ei- /ii/ が母音接続である。
 二重母音になりやすい母音というものは存在し、それが「〜イ」、「〜ウ」である(「アイ」や「オウ」など)。その結果、多くの言語で [i] という母音に近似した [j] という半母音(子音)を、[u] という母音に近似した [ɰ] という半母音(子音)を生み出している(ただし本人たちが半母音を発音していると自覚しているか否かは別問題である)。

 ロシア語には、二重母音が存在しない。母音がふたつ続けて発せられる場合、それは必ず母音接続となる。
 ここで注意をしておきたい。ロシア語には母音を表す文字が5つではなく10ある、と言われる。しかし音韻論上は、ロシア語の母音は文字と対応していない。ロシア語の母音と文字との、初心者向け教科書レベルでの対応表は以下のとおり。

発音/a//ɨ//i//u//e//o/
硬音字аыуэо
軟音字яиюеё

 しかしこの表は、次のように書き換えることができる。

硬音字а /a/ыу /u/э /e/о /o/
軟音字я /ja/ию /ju/е /je/ё /jo/

 おわかりだろうか。ロシア語の ая というスペルは、一見母音がふたつ連続しているように見えるが、発音は /aja/ であり、/j/ という子音が間にはさまれているのだ。つまり、このようなスペルはそもそも母音接続でも何でもないのである。ロシア語における母音接続は、文字上は、硬音字が連続する場合だけということである。
 少し辞書を眺めていれば気づくだろうが、ロシア語にはそもそも母音がふたつ連続するスペル自体ほとんどない。だいたい、ロシア語は「〜イ」という発音を「母音 + /j/」と処理している。しかも「〜ウ」という発音を処理しきれず「母音 + /v/」と逃げてしまった。その結果、ロシア語には二重母音は存在しないが、母音接続もまたほとんど存在しない。
 もちろん母音接続は皆無ではない。しかし通常は、語形成の結果(上述の英語 pre- + industrial = preindustrial のような)か、さもなくば外来語か、のいずれかである。
 ちなみに、このためロシア語には「アウ」、「エウ」、「オウ」などの発音がほとんどない。auto はロシア語では /avto/、europa はロシア語では /evropa/ となる。

有声音・無声音

 とりあえずここでは、話を単純化して、以下の子音の対応がすべてであると思っておいていただこう。

対応非対応
有声б /b/в /v/г /g/д /d/ж /ʒ/- /ʒʲː /з /z/й /j/л /l/м /m/н /n/р /r/
無声п /p/ф /f/к /k/т /t/ш /ʃ/щ /ʃʲː /с /s/х /x/ц /ʦ/ч /ʧ/

 音声学上は、/ʦ/ にも /ʣ/、/ʧ/ にも /ʤ/ と、対応する有声音が存在するが、ロシア語では文字として存在せず、ゆえに基本的に外来語でしか発せられない音である(語形変化や語結合で偶然発生することもある)。
 また、/ʒʲː / は特別な場合にのみ出現する音で、よって独自の文字を持たない。このため、音声学上は /ʃʲː / と対応しているが、ロシア語の音韻論では無声音と対応した有声音とは認識されていない。
 ここで重要なのは、対応する6ペアである。以下の話はこの6ペアにのみかかわる話である。

有声音の無声化

 ロシア語において、有声子音は以下の場合に無声子音化する。

  1. 語末
    • гриб /грип/、остров /остроф/、берег /берек/、сад /сат/、нож /нош/、рассказ /раскас/
  2. 無声子音の前
    • юбка /юпка/、травка /трафка/、соседка /сосетка/、бумажка /бумашка/、сказка /скаска/

無声音の有声化

 ロシア語において、無声子音は以下の場合に有声子音化する。

  1. 有声子音の前(ただし в の前は例外)
    • сбегать /збегать/、сгореть /згореть/、отдел /оддел/、вокзал /вогзал/、сзади /ззади/
    • свисток /свисток/、битва /битва/、листва /листва/

口蓋化

 «口蓋化» とは、発音の際に、舌を硬口蓋(上顎中央部)により接近させることである。
 硬口蓋に舌を接近させる «硬口蓋接近音» は [j] である。つまり、口蓋化とは、発音の際に [j] を同時に発音すること、と言ってもいい。このため国際音声記号 IPA では、口蓋化音は [ʲ] で表している(例:[s] の口蓋化音は [sʲ])。
 たとえば [s] という音は、歯茎と舌(舌先)とを摩擦させて発する。歯茎の奥と舌(の中央)を摩擦させると後部歯茎音 [ʃ] に、さらに上顎(硬口蓋)と舌(の中央)を摩擦させると硬口蓋音 [ç] になってしまう。そうではなく、舌先を歯茎に接近させて [s] を発音しつつ、同時に舌の中央部を硬口蓋に接近させるのである。

 日本語には、このような口蓋化音と、口蓋化されない非口蓋化音との区別は存在しない。
 [s] の口蓋化音 [sʲ] は、日本人の耳には「シ」に聞こえる。しかし [sʲ] は日本語の「シ」とは異なる音である。日本語の「シャ・シ・シュ・ショ」は、厳密には「サ・ス・セ・ソ」の口蓋化音ではなく、まったく別の音である。このように、口蓋化音は音声学的には日本語の拗音とは異なる。「カ・ク・ケ・コ」が非口蓋化音であり、「キャ・キ・キュ・キョ」が口蓋化音である。

 ロシア語では、口蓋化音を «軟音» と、非口蓋化音を «硬音» と呼ぶ。この区別は、ロシア語の音韻体系の軸となっており、ほとんどの子音に軟音と硬音の対応が存在する。

硬音・軟音

 ロシア語における硬音(非口蓋化音)と軟音(口蓋化音)との対応を図示すると、以下のようになる。

対応非対応
硬音発音bvgdzklmnprstfxʦʒʃ
文字бвгдзклмнпрстфхцжш
軟音発音ʧʒʲːʃʲːj
文字чщй

 このように、硬音・軟音が対応していない音にはそれぞれ独自の文字がある([ʒʲː ] は例外的な音)。
 これに対して、硬音・軟音が対応している音の場合は、硬音にしか文字がない。軟音を表すためには、以下の方法が用いられる。

  1. 母音の前 : 軟母音字 е、ё、и、ю、я を使う
  2. 子音の前・語尾 : 軟音記号 ь を使う

 すなわち、/bʲa/ という音を表記するには、бя と書く。逆に言えば、лю という表記は、/lʲu/ という音を表している。ちなみに、これはそれぞれ日本語の「ビャ」、「リュ」にほぼ相当する。

 /ʦ/、/ʒ/、/ʃ/ は常に硬音である。よって、ци は /цы/ という発音になる。/ʧ/、/ʃʲː/ は常に軟音である。よって、чэ は /че/ という発音になる。

 なお、一部の硬子音は、特定の軟子音の前に置かれると軟音化する。здесь = зьдесь

その他の子音の特徴

長子音、二重子音、内破音

 音声学上、長子音とは «調音» 時間の長い子音のことである。二重子音とは同じ子音を連続して発音することである。このふたつの違いはよくわからないが、たぶん同じものである。これに対して、内破音とは «調音» の際に一種の «タメ» を置くことをいう。
 長子音ないし二重子音とは、たとえば Anna、Assam、Sulla などがそれで、日本語表記すれば「アンナ」、「アッサム」、「スッラ」となる。
 内破音は、日本語や東南アジアの言葉に見られる。「きって」、「いっぽん」、「がっか」、「オッス」などがそれである。日本語では、長子音と内破音とを厳密に区別しないので、促音はこのいずれかの方法で発音される(単純に、破裂音は内破音、それ以外は長子音)。
 厳密に長子音か内破音かはともかくとして、この発音によって単語を区別するのは、日本語(長子音と内破音)、イタリア語・フィンランド語(長子音)、ヴェトナム語・マレー語(内破音)などである。「来て」と「切手」、「画家」と「学科」など。英語にも長子音・内破音はあるが、それによって単語を区別することはない。

 ロシア語には、内破音は存在しない(少なくとも音韻論上)。長子音として認識されているのは、щ /ʃʲː /、およびその有声音 /ʒʲː / のみ。二重子音という概念は存在するが、ロシア語の説明で使われることはない。つまり、ロシア語の音韻論においては、二重子音も内破音も存在しないものとして扱われている。
 しかし現実には、ロシア語にも二重子音が存在する(あるいは、上記2音以外の長子音が存在する、と言ってもいい)。しかしそれは、同じ文字が続けて書いてある場合に発生する。だから、ロシア人は「書いてあるとおりに発音している」としか思っていない。Анна を「アンナ」と発音するのは、単に /ан/ と /на/ を連続して発音しているだけであり、/н/ を二重子音として発音しているわけではない(少なくともロシア人自身はそう認識していない)。отдать を「アッダーチ」と発音するのは、単に /ат/ と /дат'/ を連続して発音した際に最初の /т/ が後続の /д/ と同化して有声化し(/аддат'/)、しかも後続の /д/ に呑み込まれてしまったため、結果的に長子音になっているだけの話である。
 このように、二重子音(長子音)が概念として確立していないために、どのような場合に二重子音として発音するかのルールも確立していない。Россия は /расия/ と発音されるが、касса は /касса/ と二重子音で発音される。грамматика は /граматика/ と発音されるが、сумма は /сумма/ と二重子音で発音される。

子音結合

特殊な発音

 г は、次の場合に特殊な発音になる。

  1. 形容詞・代名詞・順序数詞の男性・中性単数生格の変化語尾において /v/
  2. к、т、ч の前において /x/

/w/、/h/ が存在しない

 ロシア語には、/w/ と /h/ の音が存在しない。これは何も不思議なことではなく、フランス語でも、/h/ は存在しないし、/w/ は独自の文字を持たない。ドイツ語には /h/ はあるが /w/ はない。だから「ヒトラー」はロシア語でもフランス語でも発音できないし、「ワット」はロシア語でもドイツ語でも発音できない。日本語の「はい」はフランス語では「アイ」となるし、フランス語の "oui" はドイツ語では「ヴィー」となる。
 このように、ドイツ語でもそうだが、/w/ の音が存在しない言語は、通常これを /v/ で代用する。もともと w という文字自体が v をふたつ重ねてできたものだ。このため、「和歌山」はロシア語では「ヴァカヤマ」と発音される。
 一方、/h/ の音をロシア語では /g/ で置き換えるのが一般的だった。/h/ は喉の奥で出す音だが(日本語のハヒフヘホとはまったく異なる音)、これに最も近いのが /g/、/k/ だからであろう。「横浜」は「ヨコガマ」と発音されてきた(いまでもそうだ)。しかしどうやら近年、同じ摩擦音である /x/ で置き換える方が一般化しつつあるように思われる。たとえば「袴田」は「ハカマダ」となっている。なお、日本語では /x/ と /h/ と「ハヒフヘホ」と区別することが不可能だが、この3つは全く異なる発音である(さらに厳密に言えば、「ハヘホ」と「ヒ」と「フ」と、日本語は3つの発音を使い分けている)。

イントネーション

 ロシア語においては、音の高低はイントネーションを表す。細かい話ははぶいて、基本的なイントネーションのパターンは以下の3とおり。

  1. 平叙文
  2. 強調文
  3. 疑問文

 ロシア語のイントネーションにおいては、文の中心となる単語のアクセントのある音節が、«イントネーション構造の中心» となる。以下、次の例文を用いて説明する。ただし、現実においては話者の意図を示すのはイントネーションだけではなく、速度や調子、さらには語順なども重要な役割を果たす。しかしここではそれら(特に語順)の問題は一切無視した。

平叙文

 平叙文のイントネーションは、中心において音が下がる。例文において、потерял (失くした)を中心としたい場合には、この単語のアクセントのある位置、すなわち -рял で音を下げる。-рял で下げず、карандаш の -даш で下げると、карандаш (鉛筆を)が中心の文となる。этой の э- で下げると、「鉛筆を失くしたのはこの部屋だ」というニュアンスの文になる。

強調文

 日本人がよくやるイントネーションである。すなわち、中心において音を上げる。例文で言えば、Вчера Миша потерял свой карандаш в этой комнате. と、すべての単語のアクセント位置を高く発音する。こうなると、聞いているロシア人には、何でもかんでも強調しているようで、何が言いたい文かよくわからなくなってしまう。音を高くする、と言っても、あくまでも中心のみの話である。-рял を最も高く発音すれば、「失くした」ということを強調するイントネーションになる。

疑問文

 強調文より、中心における音をもっと高く発音する。-рял で極端に音を高くすると、通常の疑問文になる。э- で高くすると、「この部屋なのか」を聞いている疑問文になる。
 ここで注意すべきは、ロシア語の疑問文のイントネーションは尻上がりにはならない、という点である。あくまでも、中心、つまり聞きたい単語で上げるのが、ロシア語の疑問文のイントネーションである。ただし近年は、英語などの影響で尻上がりのイントネーションで疑問文を発声するロシア人も、特に若者に増えているように思われる。

尻上がり

 尻上がりのイントネーションは、ロシア語では、「まだ文が続く」という合図である。例を挙げると、

において、-шёл で音を上げる。こうすることで、「まだこの先に文が続く」ということを示すのである。

 ただしこの場合も、厳密には尻上がりではなく、上げるべきはアクセントの位置である。ゆえに、

においては、-мал- で音を上げる。続く -ся でその音を維持するか、それとも再び下げるかは、さして重要な問題ではない。

 これとは逆に、尻下がりのイントネーションは、「ここで文は終わり」という合図である。平叙文のイントネーションとかぶるが、ゆえに、原則として文の最後の単語で音は下がることになる。
 よって、上記の例文において -шёл ないし -мал- で音を下げてしまうと、そこで文が終わってしまうと勘違いされる可能性がある。すなわち、

と間違われてしまう。
 NHKなどのロシア語講座で、ロシア人講師が単語の発音の練習をする際、たとえば同じ単語を3回続けて発音すると、спал↗、спал↗、спал↘ というおかしな発音をする。これはロシア人の感覚からするとおかしくも何ともなく、文でも何でもないのにロシア人は文と同じイントネーションで発音しようとするから、最初の2回は「まだ続く」という意味で尻上がりで、最後の1回は「もう終わり」という意味で尻下がりで発音しているのである。

▲ページのトップにもどる▲

最終更新日 27 08 2012

Copyright © Подгорный (Podgornyy). Все права защищены с 7 11 2008 г.

ロシア学事始
ロシア語概説
inserted by FC2 system