Н10:挿入語
«挿入語» とは、その名のごとく、文中に挿入される異質な要素のことである。
「異質」と言うのは、構造からすると挿入語は文の一部を為していないからである。基本的には、文字で書く時にはザピャターヤ( , )で、口頭で発する際にはポーズで、前後から区切られる。と言っても、挿入語とされるもの個々の特性や、さらには句読法などの問題もからんで、厳密なことを言い出すとなかなか難しい。
挿入語は構造上文の一部を為していない、ということは、挿入語がなくても文は成立する、ということである。その意味で、挿入語は文法的には何の意味もないが、意味的には非常に重要な役割を果たす。
- Фи́льм уже́ конча́лся, когда́ я́ включи́л телеви́зор.
- Фи́льм, к сожале́нию, уже́ конча́лся, когда́ я́ включи́л телеви́зор.
1 と 2 とは、ある意味まったく同じ文である。述べている事実は、どちらも「TVをつけた時、映画はすでに終わりかけていた」ということである。
ところが 2 には、к сожалению という挿入語がある。これは「残念ながら」という意味である。
- TVをつけた時、映画はすでに終わりかけていた。
- TVをつけた時、残念ながら、映画はすでに終わりかけていた。
このふたつの違いは、日本語でもわかる通りである。この場合、挿入語は話者・筆者の主観的判断をつけ加えている。
- Я́ ду́маю, что о́н дура́к.
- О́н, по-мо́ему, дура́к.
このふたつは、そもそも文法的に違っている。
- わたしはかれが愚か者だと思う。
- おれが思うに、あいつはバカだ。
と、あえて訳し分けてみたが、こちらは上と異なり、一見 1. と 2. の文に意味上の違いはないように思われる。
しかし 1. では «Я думаю» が主文であり、«он дурак» が従属文となっている。構造上、「わたしは «он дурак» と考えている」という全体が、話者・筆者の言いたいことである。これに対して 2. では、по-моему は挿入語であるから、構造上なくてもいい。つまり、こちらで話者・筆者が言いたいのは «он дурак» だけである。そこにあくまでも付け足しとして по-моему が加わっているに過ぎない。
つまりこのふたつの文は、同じことを言っているように思われるが、構造上は話者・筆者の言いたいことに大きなズレがあるのだ。
なお、по-моему という挿入語はどちらかと言うと口語的ニュアンスがあるので、そのような文体的違いも考えられる(なので、あえて上掲のように日本語訳の文体を変えてみた)。
- Часы́ то́чно рабо́тают.
- Часы́, то́чно, рабо́тают.
このふたつの文は、ザピャターヤの有無によってまったく意味の違う文になっている。
1 にはザピャターヤがない。ゆえに точно は挿入語ではない。副詞である。работают という動詞を修飾している。意味は「正確に」。よってこの文は、「時計は正確に動いている」という意味だ。
他方、2 にはザピャターヤがある。ゆえに точно は挿入語である。挿入語ということは、文の構造上、必要がないということだ。つまりこの文は «Часы работают.» 「時計は動いている」である。挿入語としての точно の意味は「確かに・実際に」。よってこの文は、「確かに、時計は動いている」となる。
1 が時計の動きが正確である、つまりズレていないことを述べているのに対して、2 はそのようなことは一言も言っていない。事実としては、ただ単に時計が動いていると言っているだけだ。それを見た話者・筆者がその事実を確認した、というニュアンスが、挿入語 точно によってつけ加えられている。
挿入語の使用において、このように、ザピャターヤは必須である。
挿入語かそうでないかは、話者・筆者の意図による部分もある。
- Э́то, с мое́й то́чки зре́ния, ва́жный вопро́с. 「これは、わたしの目から見れば、重大な問題である」
- Э́то ва́жный вопро́с с то́чни зре́ния междунаро́дной эконо́мики. 「これは、国際経済の観点からして重大な問題である」
この場合、1. では с точни зрения が挿入語として使われているが、2. ではそうではない。文の必須の一部となっているのである。
このように、挿入語には様々な難しい点がある。しかしそれをここで詳しく厳密にやっていたらかなり話が細かくなってしまう。とりあえずいまの段階では、
挿入語はザピャターヤで本文から切り離される
と理解しておいて、あとは個々の挿入語ごとに実例を基に覚えていこう。
- Таки́м о́бразом, о́н ста́л чемпио́ном. 「このようにして、かれはチャンピオンになった」
- Ита́к, до свида́ния. 「それでは、また」
- Я́ люблю́ ру́сских писа́телей, наприме́р: Пу́шкина, Достое́вского, Толсто́го, Че́хова, и т.д. 「わたしはロシアの作家が好きです。たとえばプーシュキン、ドストエーフスキイ、トルストーイ、チェーホフ、等々」
- О́н роди́лся, ка́жется, в октябре́. 「かれの生まれたのは、確か、10月だったと思う」
- Э́то, мо́жет бы́ть, совсе́м не та́к. 「それって、もしかしたら、ぜんぜん違うかも」
- Э́то, наве́рно | наве́рное | ве́рно | вероя́тно, совсе́м не та́к. 「それって、たぶん、ぜんぜん違う」
- О́н, пожа́луй, уже́ до́ма. 「かれはたぶんもう家だ」
- Скажи́те, пожа́луйста, ка́к дойти́ до гости́ницы Метропо́ль? 「すみませんが、メトロポール・ホテルにはどう行ったらいいか教えてもらえますか?」
- Э́той зимо́й, говоря́т, буду́т больши́е моро́зы. 「この冬は厳しい寒波がくるそうだ」
- Рома́н о́чень интере́сен. Впро́чем, не зна́ю, тебе́ понра́вится или не́т. 「この小説はとってもおもしろい。もっとも、きみの気に入るかどうかは知らないが」
- Приходи́те в друго́й де́нь, ска́жем, за́втра. 「別の日においでください。たとえば、明日とか」
- О́н, в конце́ концо́в, на́чал рабо́тать у своего́ дя́ди. 「かれは結局、伯父・叔父のところで働き始めた」
- А, мѐжду про́чим, де́ньги-то вы́ получи́ли? 「そうえいば、お金は受け取りました?」
- Му́зыка, кста́ти, мне́ не та́к понра́вилась. 「ちなみに、この音楽はそんなに気に入らなかった」
- О́н не та́к спосо́бный. Че́стно говоря́, о́н дура́к. 「かれはあまり出来がよくありません。正直に言えば、アホです」
- Вчера́ я́ лёг спа́ть ра́но, точне́е, в се́мь. 「昨日はわたしは早く寝た。正確には7時だ」
- Зна́чит, ты́ его́ не лю́бишь? 「つまり、かれのこと好きじゃないってこと?」
- Я́, мѐжду на́ми, его́ совсе́м не понима́ю. 「ぼくにはね、ここだけの話、かれの言っていることがさっぱりだよ」
- Зна́ете, о́н уже́ в Москве́. 「あのですね、かれはもうモスクワにいます」