ロシア語講座:初級

初級を終えるにあたり、日常会話において非常に重要な役割を果たすいくつかの要素を学んでおこう。通常の学習では学ぶことはあまりないが、なしで済ませられるものでもないと思うので。
 文法的に体系づけられていない要素だったりもするので、単語の紹介めいた感じになってしまうだろうが。

Н01:前置の小詞

 «小詞» とは耳慣れない(初耳の)言葉だろうが、ロシア語の «частица» の訳語である。このロシア語はしばしば日本語で «助詞» とも訳される。実際、三省堂・研究社・岩波書店のロシア語辞典は、いずれも、小詞ではなく助詞という用語を使っている。しかしロシア語の «частица» は日本語の «助詞» と定義も用法もまったく異なるので、ここでは «小詞» という言葉を使う。

 ロシア語の小詞と日本語の助詞は、別物ではあるが、どちらも特に日常会話において大活躍する、という点で共通している。これを駆使することで、平坦な文に多彩なニュアンスが生まれるのである。
 ここでは、本来辞書の果たす役割ではあるが、いくつかの基本的な小詞の用法について確認しておこう。

 なお、それぞれの単語は、小詞としての用法のほかに、接続詞としての用法、副詞としての用法なども持っていることもある。それこそ辞書の役割であるので、基本的にここではそれらは割愛する。

 小詞には単独では存在し得ないものが多い。ここで言う «前置の小詞» とは、主役となる単語の前に置かれるもので、つまり、後に続く単語に何らかのニュアンスを付加する。

強調

именно 「まさに」

даже 「さえ」

хоть

разбуди́ть(完了体動詞) ⇔ буди́ть(不完了体動詞)
   対格を起こす・目覚めさせる、対格を呼び起こす
крича́ть(不完了体動詞) ⇔ кри́кнуть(完了体動詞)
   叫ぶ・大声を出す、泣く(声を出して)・鳴く
сде́ланное(名詞)なされたこと・もの
   «« сде́ланный(受動形動詞過去)
   «« сде́лать(完了体動詞)
вороти́ть(完了体動詞) ⇔ ─ (不完了体動詞)
   対格を帰らせる・引き返させる・呼び戻す(口語)

  1. 小詞 「せめて」
    • Скажи́ хо́ть одно́ сло́во. 「せめて一言でも言ってよ」
    • Да́йте хо́ть копе́йку. 「1コペイカでいいからおくれ」
    • Приди́ хо́ть ты́. 「せめてきみぐらいは来てよ」
    • Хо́ть бы ты́ меня́ разбуди́ла. 「せめてお前さんが起こしてくれてたら良かったのに」『桜の園』
  2. 接続詞 「〜とはいえ」
    • Хо́ть я́ и написа́л, о́н не отвеча́ет. 「わたしから手紙を出したというのに、かれは返事をくれない」
    • Хо́ть о́н и ребёнок, а уже́ хорошо́ пи́шет. 「子供ながらにかれは文章がうまい」
    • Хо́ть пла́чь, хо́ть кричи́, сде́ланного не воро́тишь. 「泣こうがわめこうが、なされたことは取り返しがつかない」
      • плакать は涙を流して泣く(悲しむ)。これに対して кричать も「泣く」と訳し得るが、涙を流しているかどうかはどうでもいい。まして悲しんでいるかどうかは関係ない。力点は大声を出すことにあり、ゆえに「悲鳴をあげる」とか「怒鳴る」とか「吠える」といった場合にも使う。大の大人が大声で泣いていれば плакать だろうが、赤ん坊が泣くのは кричать。
      • плачь も кричи も命令形。条件文をつくる命令形(命令法)の用法である。中級・上級で改めて学ぶことにしよう。
      • сделанного は、形容詞の単数中性で「〜なもの・こと」を意味する。сделанный は受動形動詞過去といい、まだ学んでいない文法である。中級で学ぶことになるが、「DされたA」という場合の「Dされた」を表す。基になっているのが сделать であるから、「為された」、「作られた」といったような意味である。
         生格になっているのは否定生格(воротишь が否定されている)から。
      • воротишь は二人称単数。つまり、すでに学んだ普遍人称文である。

почти 「ほぼ」

だけ

 「〜だけ」を表す言葉は、日常会話でよく耳にするものとしては4つある。ここでは、文法的な小詞という区別に囚われず、この4つをまとめて見ておく。

только

 下記いずれとも互換可能。もっとも汎用性の高い言葉。

генера́л(男性名詞)将軍
капита́н(男性名詞)陸軍大尉、海軍佐官、艦長・船長、キャプテン(スポーツの)

лишь

 「だけ」という意味においては、только と代用可能(только にはほかの用法もあるので、そちらでは代用とならない)。

всего

 数字と結合。「全部あわせてこれだけ」というニュアンス。

 ただし、本来の意味は「計・総計〜」。

本代 за книги15
食事代 за обед28
飲み物代 за напитки3
地下鉄代 за метро5
合計 всего51

みたいな感じ。
 このため、「だけ」を表す(強調する)場合にはしばしば только や лишь とともに用いられる。

один

 個数詞。1についてのページを参照のこと。

не

 いまさらではあるが、前置の小詞の代表格なので、整理しておく。

со́н(男性名詞)睡眠、夢
поклони́ться(完了体動詞)
   ⇔ кла́няться(不完了体動詞)与格にお辞儀する・挨拶する
   ⇔ поклоня́ться(不完了体動詞)与格に礼拝する・拝む・賛美する・崇める
кла́няясь(副動詞)お辞儀・挨拶しながら «« кла́няться

  1. 述語の否定 = 否定文
    • Я́ не вра́ч. 「わたしは医者ではありません」
    • Не сты́дно? 「恥ずかしくないの?」
    • Вчера́ ве́чером меня́ не́ было до́ма. 「昨夜ぼくは家にいなかった」
    • Я́ не зна́ю. 「知らないよ」
    • Я́ та́к не ду́маю. 「ぼくはそうは思わない」
    • Не сто́ит. 「(「ありがとう」とか「ごめんなさい」とかには)値しない」=「どういたしまして」
    • Не говори́ та́к гро́мко. 「そんな大声で喋らないで」
  2. 述語以外の否定 = 部分否定
    • ... э́то бы́л не со́н! 「あれは夢じゃなかった!」(イヴァン・カラマーゾフ)
      • «Э́то не́ был со́н.» とは、言っていることは同じだが、ニュアンスが違う。
    • Я́ не тебе́ поклони́лся, я́ всему́ страда́нию челове́ческому поклони́лся. 「ぼくはきみに跪いたんじゃない。人類のすべての苦悩に跪いたんだ」(ラスコーリニコフ)
    • Я́ не та́к спосо́бен. 「ぼくはさほど有能じゃない」
    • Э́тот рома́н не о́чень интере́сен. 「この小説はとても面白いというわけでもなかった」
    • Я́ не ра́з слы́шала об э́том. 「わたしは一度ならずそのことを耳にした」
    • Она́ живёт не одна́. 「彼女は一人暮らしをしているわけではない」
    • Лёша у́чится не в на́шей шко́ле. 「リョーシャが通っているのはうちの学校じゃない」
    • Зна́ть, уви́дел ва́с 「きっとお前に出会った時が」
      Я́ не в до́брый ча́с! 「良くなかったのだろう」『黒い瞳』
      • 誤解を与えかねないので念のため。ここで вас を「お前」と訳しているが、厳密には「お前たち」。ではお前たちとは誰かと言うと、очи черные、すなわち「お前のふたつの黒い瞳」である。
    • Фе́дя слу́шал его́ расска́з не без интере́са. 「フェーデャはかれの話を聞きながら、まんざら興味がないわけでもなさそうだった」
    • Не я́ та́м. 「わたしではない誰かがそこにいる」=「そこにいるのはわたしじゃない」
    • Не всё коту́ ма́сленица. 「すべてがネコにとってマースレニツァというわけではない(楽あれば苦あり)」
      • マースレニツァとは、キリスト教(ロシア正教会)の行事。わたしはよくわからないが、ある種の謝肉祭(カーニバル)のようなもの。かつては集落をあげてお祭り騒ぎをした。
      • коту は与格。関係性を示す。
    • Не все́ из на́с приду́т наза́д. 「われわれ全員が戻ってくるわけではないのだ」『Прощание славянки』
    • До́ктор поклони́лся Рю́хину, но кла́няясь, смотре́л не на него́, а на Ива́на Никола́евича. 「医師はリューヒンに会釈をしたが、頭をさげながら、視線はかれではなく、ベズドームヌィイの方に向けていた」『巨匠とマルガリータ』

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最終更新日 14 07 2019

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