Д07:前置格の不規則語尾
さて、前述のような使い方をする場合、前置格の変化語尾には不規則語尾が現れることがある。
- на дому́ 家で・自宅で
これはかなり特殊な変化語尾である。念のため、改めて前置格の変化語尾を確認しておこう。
主格の末尾 | 前置格 | |
---|---|---|
単数 | 複数 | |
子音 | -о,-а | -е | -ах |
-ь(男),-й,-е,-я,-ё | -ях | |
-ь(女),-й,-е,-я(и の後) | -и |
このように、前置格の変化語尾は非常に単純である。その埋め合わせというわけではないだろうが、特殊な変化語尾が存在するのである。それが -у | -ю である。
この特殊な変化語尾には、次のような特徴がある。
- 規則的な変化語尾 -е と並存。
- アクセントは必ずここに移動する。
「規則的な変化語尾 -е と並存」ということは、たとえば до́м という名詞には
- до́ме
- дому́
というふたつの前置格がある、ということである。
では、どういう場合にこの特殊な変化語尾が出現するのだろうか。この問題は実はさほど難しくない。この特殊な変化語尾が用いられるのは、以下の条件をすべて満たした場合だけである。
- 男性名詞(子音で終わる名詞)。
- 単数形。
- в | на と結びついて「〜で」という常識的な意味を表す場合にのみ使われる。それ以外は -е。
#90 男性名詞の単数前置格には、特殊な変化語尾 -у́ | -ю́ が存在する。
規則変化語尾 -е と、不規則変化語尾 -у́ | -ю́ との使い分けについて、説明しよう。
第一に、-у́ | -ю́ という変化語尾は в | на と結合する場合にしか使われない。
すでに学んだように、前置格というのは5つの前置詞と結びつく場合に用いられる。そのうち、この特殊な変化語尾が用いられるのは в | на と結合する場合だけである。つまり、ほかの前置詞と結合する場合には規則的な変化語尾が用いられる、ということだ。
- о до́ме 家について
- на дому́ 家で・自宅で
#91 -у́ | -ю́ という特殊な変化語尾は、в | на と結合する場合にのみ用いられる。
第二に、-у́ | -ю́ という変化語尾は「常識的な意味を表す場合」にしか使われない。
一般化するのが難しいのでわかりづらい言い回しになったが、дом 「家」を例にとると、常識的に「家で」という場合に на дому́ になる。非常識な意味合いで用いられる場合には、規則的な変化語尾が用いられて до́ме という形になるのだ。
- на дому́ 家で・自宅で
- на до́ме 家の表面上で=建物の上で・屋上で
- в до́ме 建物の中で
「家で」と言われて、「家の表面上で」、あるいは「家という建物で」と想像する人はまずいないだろう。それがつまり「非常識な意味合い」ということである。
ря́д という名詞がある。これは、もともとは「列」という意味だ。ゆえに、常識的な意味で「何列目に」とかいう場合には
- в ряду́
と、特殊な変化語尾を用いる。ところが意味が転じて「一連の〜に」となると、
- в ря́де
と、規則的な変化語尾が用いられる。
話は少々逸れるが、в | на という前置詞は場所以外を表す場合にも用いられる。そのような場合にも、この法則は適用される。
たとえば、ча́с という名詞がある。これは「時間」、特に「一時間・二時間」という場合の「時間」、あるいは「一時・二時」といった場合の「〜時」などで用いられる。この ча́с も в | на という前置詞と結合する。その場合にどうなるかと言うと、次のようになる。
- в часу́ 〜時に
- в ча́се 一時間の中に
- на ча́се (授業の)一時間に
ここまでに学んできた法則が、きちんと適用されている。
ча́с を常識的な意味で用いた場合は「〜時に」という意味になる。ゆえにこれが в часу́ となる(実際にはこれに、「〜時」を示す数字が加わる)。
「非常識な意味」とは言えないものの、「〜時に」よりも使用頻度の低いのが「一時間の中に」という意味だ。ゆえにこちらが в ча́се になる。たとえば、「一時間の中には分は60である」といった、かなり特殊な場合に用いられる。ちなみに「一時間のうちに」、つまり「後一時間で」というように限界を示す場合には、まったく違う言い方をする。в | на という前置詞は、あくまでも存在する場所を表すものだから、そのような場合には使えない。
最後に、ча́с が本来の「時間」という意味ではなく、比喩的に用いられた場合。具体的には、学校の授業の「一時間」という意味で用いられた場合、前置詞は в ではなく на になる。
#92 -у́ | -ю́ という特殊な変化語尾は、「常識的な意味を表す場合」に用いられる。それ以外は規則語尾 -е。
さて、「非常識な意味」と言ったが、そもそもそんな意味があり得ない名詞の場合は、規則的な変化語尾が в | на と結合することはない。
- о бе́реге 岸について
- на берегу́ 岸で(岸の上で)
のごとくである。つまり бе́рег という名詞は、о と結合する場合は -е、на と結合する場合は -у́ と覚えておけばいい、ということになる。
実践的な観点からすると、基本的に「非常識な意味」で用いられる -е は、覚えておく必要はない。ча́с がいい例だが、現実生活の中で в ча́се を使う場面というのはおそらく一生の間にそう何度もないはずだ。つまり、в часу́ だけ覚えておけばそれで十分なのである(もちろん学生は на ча́се も覚えておかないとならないが)。
ということで、以下に紹介する単語については、基本的に、「в | на と結合する場合は -у́ | -ю́」と覚えておこう。なお、-у́ | -ю́ という不規則語尾を持つ名詞はほかにもあるので、そのつど覚えていこう。
- 場所
- аэропо́рт 空港 ⇒ в аэропорту́ 空港で
- бе́рег 岸 ⇒ на берегу́ 岸(辺・上)で
- до́м 家 ⇒ на дому́ 家で
- ле́с 森 ⇒ в лесу́ 森で
- по́л 床 ⇒ на полу́ 床の上で
- по́рт 港 ⇒ в порту́ 港で
- са́д 庭 ⇒ в саду́ 庭で
- 身体
- бо́к わき腹 ⇒ в боку́ わき腹で/на боку́ わき腹の上で = わき腹を下にして
- гла́з 目 ⇒ в глазу́ (片)目の中で/на глазу́ (片)目の表面で
- мо́зг 脳 ⇒ в мозгу́ 脳で
- но́с 鼻 ⇒ в носу́ 鼻の穴の中で/на носу́ 鼻の表面上で
- ро́т 口 ⇒ во рту́ 口の中で ※
- 時間
- го́д 年 ⇒ в ... году́ 〜年に
- ча́с 時間 ⇒ в ... часу́ 〜時に
- 自然環境
- ве́тер 風 ⇒ на ветру́ 風の吹く中で
- жа́р 暑さ ⇒ в жару́ 暑さの中で/на жару́ 暑いところで
- лёд 氷 ⇒ во льду́ 氷の中に/на льду́ 氷の表面上に ※
- све́т 光 ⇒ на свету́ 明るいところで/в све́те ... 〜の観点から/на све́те この世で
- сне́г 雪 ⇒ в снегу́ 雪の中/на снегу́ 雪の降る中
- хо́лод 寒さ ⇒ на холоду́ 寒いところで
- その他
- ды́м 煙 ⇒ в дыму́ 煙の中で
- ря́д 列 ⇒ в ... ряду́ 〜列目に
- у́гол かど ⇒ на углу́ 曲がり角に/в углу́ 隅っこの場所に/в угле́ 角に(数学用語)
※в рту や в льду ではさすがにロシア人にも発音しづらいと見えて、前置詞 в に母音を加えて во рту、во льду とする。このように、前置詞に母音を加える、という現象はほかにも見られるが、多くの場合はよく使われる語結合でだけ現れる。発音しづらいから、と言って勝手に -о を加えていいものではない。辞書で確認しよう。
#93 とりあえず -у́ | -ю́ という特殊な変化語尾を持つ名詞は、「в | на と結合する場合は常に -у́ | -ю́」と理解しておこう。
Кали́нка, кали́нка, кали́нка моя́.
В саду́ я́года мали́нка, мали́нка моя́.