ロシア語講座:初級

В14:人称代名詞

少し文法的な話をしよう。つまり、複数について学んだところで、改めて代名詞について確認しておきたいと思う。

 まずは人称代名詞である。英語などでお馴染みの人も、英語には存在しない特徴が見られるので、よく読んでおいていただきたい。

単数複数
一人称я́мы́
二人称ты́вы́
三人称男性о́нони́ /ани́/
女性она́ /ана́/
中性оно́ /ано́/

一人称

 一人称単数とは、話者・筆者のことである。
 日本語でいう、「わたし」、「ぼく」、「おれ」、「それがし」、「せっしゃ」、「自分」、「わらわ」、「わし」、「本官」、「小職」、「小生」等々である。
 それだけではない。父親が子供に対して「お父さん」、学校の教師が生徒に対して「先生」、上戸彩が他者に対して「彩」、いずれもすべてロシア語では一人称単数の代名詞 я である。英語でもそうだが、ロシア語でも、話者・筆者が自分を指すのに一人称単数の代名詞 я 以外の単語を使うことはない。松本伊代が「伊代はまだ十六だから」と歌う場合、ロシア語では「わたしはまだ十六だから」としなければならない。

 я は、ほかの単語と同じように、文頭でのみ大文字、文中では小文字で書く。英語では「わたし」を意味する人称代名詞 I は常に大文字だが、ロシア語ではそんなことはない。この点、英語に慣れ親しんだ人は注意が必要。

 一人称複数とは、複数の話者・筆者、あるいは話者・筆者プラスアルファのことである。それは話し相手を含んでいるかもしれないし、含んでいないかもしれない。そこは前後の文脈で変わってくるが、それは日本語と同じことである。

二人称

 二人称単数とは、話し相手のことである。
 日本語でいう、「きみ」、「お前」、「あなた」、「てめえ」、「貴様」、「あんた」、「自分」、「貴殿」、「汝」、「お宅」等々である。
 それだけではない。母親が父親に対して「お父さん」、孫が祖父に対して「お爺ちゃん」、母親が子供に対して「太郎くん」、誰かが鈴木さんに対して「鈴木さん」、いずれもすべてロシア語では二人称単数の代名詞 ты である。英語でもそうだが、ロシア語でも、話し相手に対して二人称単数の代名詞 ты 以外の単語を使うことはない。
 ただし、«呼語(呼びかけ)» は当然話が別である。

  1. 「佐藤さんはこれどう思いますか?」
  2. 「佐藤さん、これどう思いますか?」

は、実は全然違う文である。
 1. における「佐藤さん」は、主語である。これはロシア語では当然、代名詞に置き換えなければならない。つまり、「あなたはどう思いますか?」という文をつくる。
 これに対して、2. における「佐藤さん」は呼語である。そしてこちらにおいては、主語が存在しない。省略された形になっている。これはつまり、「佐藤さん、あなたはどう思いますか?」である。
 そしてロシア語において、文字通り「佐藤さんはこれどう思いますか?」と言うのは、佐藤さん以外の人に尋ねる場合だけである。日本語で言えば、「佐藤さんがこれをどう思っていると思いますか?」であろう。佐藤さんに対して「佐藤さんはこれどう思いますか?」と尋ねることは、ロシア語ではあり得ない。

 二人称複数とは、複数の話し相手、あるいは話し相手プラスアルファのことである。学校の教師が生徒たちに対して「きみたち」と言うのは前者であり、わたしが友人に「友人とその奥さん」という意味で「きみたち」と言うのは後者である。

#25 一人称と二人称では、代名詞以外の単語を用いることはない。

二人称複数の特殊用法

 ヨーロッパの言語では、フランス語でもドイツ語でも、二人称の代名詞には特殊な使い方がある。それは、話し相手ひとりを指すのに単数ではなく複数を用いる、というものである。
 話し相手ひとりを指すのは、本来は当然単数であるから ты である。ところがこういう場合に複数の вы を用いることがある。これは、相手に対する隔意、あるいは敬意を表現している。すでに見た、«Здравствуйте.» と «Здравствуй.» の使い分けである。
 ты と вы の使い分けは非常に微妙で、われわれネイティヴではない人間には分かりづらいが、大雑把に次のように考えることができる。

相手の立場/相手との関係口調
ты年下部下身内親しい若者同士ぞんざいカジュアル私的
вы年上上司他人親しくない年輩者同士丁寧フォーマル公的

これらの要素が渾然一体となって、ты と вы が使い分けられている。言うまでもないが、ты と вы には本来の単数と複数という区別もある。その結果、次のように言うことができる。すなわち、

#26 親しい相手・目下の相手ひとりに対して ты、それ以外はすべて вы。

これは重要な文法事項として、しっかりと理解しておかないといけない。
 少し具体的な例を挙げてみよう。
 たとえば、娘は父親に対して ты。家族間では、基本的に相手が誰だろうと ты が使われる。ただし年輩者の中には、特に人前では家族に対して вы を用いる人がいる。これは ты にぞんざいで馴れ馴れしいニュアンスがあるからである。
 このニュアンスは、特に年齢によってはっきり表れる。ティーンエイジャー同士、大学生同士で вы を使うロシア人はいない。初対面でもいきなり ты を使う。逆に、年輩者同士では、たとえ親しい相手に対してであっても вы が用いられることが多い。中間の年齢層では話が複雑になるが、女性には比較的 ты を使う人が多い。女性は永遠に若いからである。
 ただし中間の年齢層における男女間では話が別。乱暴に言って二十歳以上還暦以下の年齢層においては、男女間で ты を使うか вы を使うかは女性が決定権を持つ。街中で女性をナンパして ты で話しかけると、そのまま成功するか、「вы とわたしとはそんな関係じゃありません」と言って振られるかであろう。
 ты と вы の違いは、基本的に、親しいか否か、である。だから中間の年齢層においては、初対面では вы を使う。やがて親しくなっていって ты に移行する。
 しかし同時に、вы には日本語でいうところの敬語のようなニュアンスもある。だから年齢の違う相手に話しかける場合、年下は年上に対して вы を使う。地位が違う場合にも、部下は上司に対して вы である。よほど個人的に親しくなれば、年上、あるいは上司の側から ты に移行することを提案することもある。なお、ロシア人は日本人ほど長幼の順にうるさくない。1歳や2歳の違いは気にしない。
 では年上が年下に対して、上司が部下に対してどちらを使うかと言うと、これは様々な要因による。たとえば大人が子供、特にティーン以下の子供に話しかける場合は ты が一般的だが、たとえば四十代が三十代に話しかけるのであれば вы であろう。つまり、この場合は最初に戻り、ты の持つぞんざいで馴れ馴れしいニュアンスが嫌われるのである。

 実践的な観点からすると、あなたが二十歳以下の年齢層であれば、年上には вы、それ以外(同年輩や年下)には ты、と理解しておけばいい。
 あなたが三十代以上の年齢層の場合は、子供に対して ты、それ以外には вы、と理解しておくといいだろう。
 この中間層では、微妙。
 いや、いっそのこと誰に対しても вы でも構わない。子供に対しても敬語を使う人が日本人にも時々いるが、それと同じ感覚である。ただし、あなたが使う場合には、誰に対しても вы でも構わないが、たとえば小説を読むような場合には、ты と вы の使い分けがわかっていないと、人間関係がわからなくなる。

  1. 相手が親しい・目下の単数
    • Ты́ студе́нт.
    • Ты́ студе́нтка.
  2. 相手が疎遠な・目上の単数
    • Вы́ студе́нт.
    • Вы́ студе́нтка.
  3. 相手が複数
    • Вы́ студе́нты.
    • Вы́ студе́нтки.

このそれぞれの明確な意味の違い、微妙なニュアンスの違いがわかるようになろう。最初なので、少し解説しておこう。
 1. は「相手が親しい・目下の単数」である。あえて日本語にすれば、「お前は・君は・あんたは大学生だ」というところか。これは、若者同士であれば初対面でも使う。しかしある程度以上の年齢になると、初対面どころか多少親しいという程度でも使ってはいけない。相手がティーンエイジャーならいいが、20代以上の「立派な大人」を相手に使うべきではない(ごく親しい友人を除き)。
 2. は「相手が疎遠な・目上の単数」である。これもあえて日本語にすれば、「あなたは大学生です」という感じだろう。言わば «敬語» と思っても、必ずしも間違いではない。ここで注意すべきは、主語は вы で複数だが、述語は студент と単数になっている点である。述語の方は、意味に基づいて単数形を使うのである。この点は要注意。形の上では主語と述語の数が一致しない
 しかしこのような ты と вы の使い分けは、単数だけの話。複数になると消滅する。それが 3. である。こちらでは、述語が студенты と複数形になっていることから、主語の вы が複数の意味で使われているのは明らかである。その場合、もはや「お前ら」、「君たち」、「あなた方」といったニュアンスの違いはなくなる。「てめえら学生だろ」でも「あなた方は学生ですね」でも、«Вы студенты.» である。

#27 単数を意味する вы が主語の場合、述語が名詞・形容詞であれば単数形。

  1. 相手が親しい・目下の単数
    • Ты́ высо́кий.
    • Ты́ высо́кая.
  2. 相手が疎遠な・目上の単数
    • Вы́ высо́кий.
    • Вы́ высо́кая.
  3. 相手が複数
    • Вы́ высо́кие.

こちらもいいだろうか。意味的・ニュアンス的な違いは、上と同じである。
 文法的には、3. で性の区別がなくなっている点、上と異なる。いずれにせよ、вы が単数の意味で用いられているのか、複数の意味で用いられているのか、その意味に応じて述語となる名詞・形容詞の数が違ってくる。

 このような ты と вы の使い分けは、ты と вы だけに限らず、その派生語にも及んでいる。たとえば次で詳しく確認する «所有代名詞» である。

  1. Она́ твоя́ ма́ть?
  2. Она́ ва́ша ма́ть?

この 1. は、意味はひとつしかあり得ない。「あの人は君の・お前のお母さん?」である。
 ところが 2. には、3つの意味・ニュアンスがあり得る。

この区別は、前後の文脈から読み取らねばならない。

#28 二人称複数の用法は、人称代名詞にとどまらずすべて関連する単語に及ぶ。

三人称

 三人称とは、話者・筆者でも、その相手でもない第三者を指す。
 ということはつまり、すべての名詞は三人称である。「きみの奥さんは元気?」の «きみの奥さん»、「そこにうちのイヌが寝ている」の «うちのイヌ»、「富士山は日本一の山だ」の «富士山»、「ロシアは世界で最も広い領土を持つ国である」の «ロシア»、「その可能性は低い」の «その可能性»、いずれも三人称である。
 三人称の代名詞とは、これらを受けたもので、「かれ」、「彼女」、「こいつ」、「そいつ」、「あいつ」、「これ」、「それ」、「あれ」等々である。ゆえに三人称の代名詞は、基本的に前の文に出てきた名詞を受けて用いられる。

 ところが日本語では、二人称でもそうだが、三人称でも代名詞を使いたがらない。一人称にもそういう傾向性が見られるから、そもそも日本語は代名詞を嫌う言語なのかもしれない。

帝政時代、ロシアの首都はサンクト・ペテルブルグであった。しかし革命後、首都はサンクト・ペテルブルグからモスクワに遷された。

という文は、日本語としては何の問題もない。しかしロシア語では、繰り返される名詞「首都」と「サンクト・ペテルブルグ」のどちらか、あるいは双方が、後の文では三人称の代名詞に置き換えられる。

「おたくの息子さんは何をしておられるんですか?」
「うちの息子は総理大臣をしております」

というような会話においても、答えの文における「うちの子」は、ロシア語では代名詞にしないとおかしい。

 三人称の代名詞は、単数では男性、女性、中性に分かれるが、これは英語の he、she、it には相当しない。ここで言う男性、女性、中性とは、男性名詞、女性名詞、中性名詞のことである。
 ゆえに、Путин 「プーティン」の代わりに用いられる代名詞は он だが、Хабаровск 「ハバロフスク」や Эрмитаж 「エルミタージュ」も он である。борщ 「ボルシチ」も он なら、карандаш 「鉛筆」も он である。
 Москва 「モスクワ」や Волга 「ヴォルガ」は она、голова 「頭」も неделя 「週」もまた она である。
 他方、лицо 「顔」、ухо 「耳」、небо 「空」、поле 「平原」、сердце 「心臓」、наказание 「罰」、Рождество 「クリスマス」はすべて оно である。
 英語を知っている人は、この英語とロシア語とのズレをしっかり認識しておく必要がある。

#29 三人称単数の代名詞 он、она、оно は、それぞれ男性名詞、女性名詞、中性名詞を示す。

日本語英語ロシア語
かれこいつ
そいつ
あいつ
この人
この子
この者
heон
彼女sheона
もの男性名詞これ
それ
あれ
itон
女性名詞она
中性名詞оно

 この例文を考えてみよう。Москва は女性名詞であるから、代名詞は она になる。ロンドン Лондон は男性名詞であるから、代名詞は он となる。

 ただし、複数になると性の区別は消失するから、三人称複数の代名詞は они ひとつである。

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最終更新日 28 02 2015

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