В11:名詞の複数形(不規則変化)
«不規則» という言葉をどう解釈するかにもよるが、前述のパターンから少しでもはずれるものを不規則とするならば、次の3パターンが考えられる。
- 母音が現れたり消えたりするもの(出没母音があるもの)
- 男性名詞・女性名詞なのに -ы/-и にならない、中性名詞なのに -а/-я にならないもの
- 語幹が変化するもの
- 変化語尾が独特
出没母音
単語の語形変化にともなって母音が現れたり消えたりすることがある。このような、現れたり消えたりする母音を «出没母音» と呼ぶ。
ロシア語における出没母音の規則は非常に煩雑である。実践的には、そんな規則を理解し覚えるよりも、個々に対応した方がはるかにたやすい。ただし、単数形と複数形との対比に限定して言うと、次のようなことは言える。
- «出» はない。«没» だけ。
- о か е。
- «子音+о/е+子音» で終わる男性名詞。まれに、«子音+о/е+子音+ь» で終わる男性名詞・女性名詞。
以下、具体例を示しておこう。
- ро́т ⇒ рты́ 口
- но́готь ⇒ но́гти* 爪(男性名詞)
- ого́нь ⇒ огни́ 火(男性名詞)
- ло́жь ⇒ лжи́* 嘘(女性名詞)
- це́рковь ⇒ це́ркви* 教会(女性名詞)
- любо́вь ⇒ любви́* 愛(女性名詞)
- оте́ц ⇒ отцы́ 父 ※複数形の発音は /аццы́/。
- ве́тер ⇒ ве́тры 風
- де́нь ⇒ дни́ 日・昼・一日(男性名詞)
- козёл ⇒ козлы́ オス山羊
- лёд ⇒ льды́* 氷 ※文字上は ё が ь と交替した形だが、文法上はこれも出没母音。
- воробе́й ⇒ воробьи́ スズメ ※本来は -еи となるはずなのに -ьи となっている。形の上ではここでも単数の е と複数の ь が交替しているが、これまた出没母音。
前ページと同じく、* を付した単語は、単数形と複数形で発音が大きく異なるもの。
不規則語尾
男性名詞・女性名詞は -ы/-и、中性名詞は -а/-я の語尾になるのが規則だが、それ以外の語尾をとるものも少なくない。これが文字通りの不規則変化である。
とはいえ、それなりの規則性はないでもない。具体的には、不規則語尾をとるのはほぼ男性名詞に限定されるし、その不規則語尾は -а/-я である。女性名詞で不規則語尾をとるものは存在しない。中性名詞には例外的に不規則語尾をとるものがあるが、ごく小数である。
- -ы/-и で終わるはずの男性名詞が、中性名詞と同じ -а/-я (山ほどある) ※見ての通り、必ず変化語尾にアクセントが移る
- го́род ⇒ города́* 都市
- ле́с ⇒ леса́ 森
- гла́з ⇒ глаза́ 目
- а́дрес ⇒ адреса́ 住所
- бе́рег ⇒ берега́* 岸
- бо́к ⇒ бока́* わき腹
- ве́к ⇒ века́ 世紀
- ве́чер ⇒ вечера́ 夕・晩
- го́лос ⇒ голоса́* 声
- до́м ⇒ дома́* 家・建物
- но́мер ⇒ номера́* ナンバー
- о́стров ⇒ острова́* 島
- по́езд ⇒ поезда́* 列車
- рука́в ⇒ рукава́ 袖
- учи́тель ⇒ учителя́ 教師(男性名詞)
- -а で終わるはずの硬音の中性名詞が、軟音の男性・女性名詞と同じ -и (ここに挙げたものだけ覚えておけば十分)
- у́хо ⇒ у́ши 耳 ※х が ш に音韻交替している(よく見られる現象)
- ве́ко ⇒ ве́ки まぶた
- плечо́ ⇒ пле́чи 肩
- я́блоко ⇒ я́блоки りんご
語幹変化
«語幹» とは、変化語尾(-ы/-и とか -а/-я)を除いた、«変化しない幹の部分» を指す。その変化しないはずの部分が変化している特異な例である。
- 変化語尾は規則どおり (とりあえず次の例だけ覚えておけば十分)
- 男性名詞
- цвето́к ⇒ цветы́ 花
- 女性名詞
- ма́ть ⇒ ма́тери 母
- до́чь ⇒ до́чери 娘
- 中性名詞
- не́бо ⇒ небеса́ 空
- чу́до ⇒ чудеса́ 奇蹟
- су́дно ⇒ суда́ 船
- де́рево ⇒ дере́вья 木
- крыло́ ⇒ кры́лья 翼
- перо́ ⇒ пе́рья 羽
- -мя で終わる名詞 (すべて中性名詞)
- вре́мя ⇒ времена́ 時間
- и́мя ⇒ имена́ 名
- пла́мя ⇒ пламена́ 炎
- пле́мя ⇒ племена́ 部族
- се́мя ⇒ семена́ 種子
- зна́мя ⇒ знамёна 旗 ※これのみアクセントの位置が例外
- 男性名詞
- 変化語尾も不規則 (すべて男性名詞)
- ребёнок ⇒ ребя́та 幼児
- хозя́ин ⇒ хозя́ева あるじ
- господи́н ⇒ господа́ ご主人様
- 以下のパターンは山ほどある
- бра́т ⇒ бра́тья 兄/弟
- ли́ст ⇒ ли́стья 葉
- му́ж ⇒ мужья́* 夫
- дру́г ⇒ друзья́* 親友
- сы́н ⇒ сыновья́ 息子
特殊語尾
以上、不規則変化を見てきたが、結局不規則変化と言っても、変化語尾自体は -ы/-и か -а/-я のどちらかである。しかし以下のものは、変化語尾自体が例外的である。
- граждани́н ⇒ гра́ждане 市民
- армяни́н ⇒ армя́не アルメニア人
- дворяни́н ⇒ дворя́не 貴族
- боя́рин ⇒ боя́ре ボヤール(古いロシアの大貴族のことで、歴史学用語)
- англича́нин ⇒ англича́не イギリス人
- датча́нин ⇒ датча́не デンマーク人
- россия́нин ⇒ россия́не ロシア国民(民族ではなく国籍)
- цыга́н ⇒ цыга́не ロマ(ジプシー) ※これのみ語幹が単複で同じ
これは、
- 単 -анин ⇒ 複 -ане
- 単 -янин ⇒ 複 -яне
という、人を表す接尾辞のパターンである。アクセントの位置が移動するタイプと移動しないタイプに分けられる。
規則変化と不規則変化の使い分け
不規則変化をする名詞には、同時に規則変化もする、というものが少なくない。その場合、意味や文体によって規則変化と不規則変化を使い分ける。たとえば
- учи́тель ※意味による区別
- 規則変化 учи́тели : 先達・先覚者
- 不規則変化 учителя́ : 教師・師匠
- сы́н ※文体による区別
- 規則変化 сыны́ : 息子(雅語)「祖国の息子たち」のように詩などで用いられる。
- 不規則変化 сыновья́ : 息子(一般)
これを見てもわかるとおり、一般的に、規則変化は特殊な意味や古語で使われ、日常的に用いられるのは不規則変化の方である。ゆえに、特に学習し始めの段階では、これらの単語の規則変化を覚える必要はない。
#20 名詞の複数形は、いちいち辞書で確認しないとわからない。