ロシア語講座:初級

А09:発音の規則

「ロシア語は書いてあるとおりに発音する」とはよく言われるが、それを文字どおり信じた人が、「やっぱりロシア語も書いてあるとおりに発音しないじゃないか」と言って怒ることがある。これは、「ロシア語は書いてあるとおりに発音する」と言う側も悪いが、それを文字どおりに受け取った側も悪い。この地球上に、文字どおりに「書いてあるとおりに発音する」言語など人工言語にしか存在しない。ロシア語にも、文字どおりに「書いてあるとおりに発音する」単語はおそらく半分もない。大多数が、さまざまな規則に従い微妙に文字と異なる発音をしている。しかし逆に言えば、規則を完璧に理解して使いこなせるようになれば、99% の単語は正確に発音できる。露和辞典に発音記号が載っていないのは、このためである。
 「ロシア語は書いてあるとおりに発音する」というのは、そのような発音上の規則を身につけることを前提とした言葉である。

 ロシア語における発音上の規則の最たるものは、すでに見た、母音におけるアクセントによる音韻交替、子音における有声化・無声化の2点である。この2点が身につけば、90% の単語は正確に発音できるだろう(ちなみに 90 という数字に根拠はない)。
 残り 9% を正確に発音するために、以下のような規則を身につけよう。ちなみに最後の 1% は、完全な不規則発音である。これはひとつひとつ辞書で確認して覚えるほかはない。

 なお、以下、いまの段階で完璧に身につけることは不可能であろうから、これからロシア語を学んでいく過程で、折に触れてまたこのページに立ち返り、確認を繰り返していくことをお勧めする。

母音結合

 ロシア語では、ひとつの母音字がひとつの母音を表し、ひとつの母音がひとつの音節を構成する。当たり前のことに思われるが、多くの言語でこの関係がしばしば崩れる。英語の dead では、e と a というふたつの母音字がひとつの母音 /e/ を表している。apple には母音字がふたつ ae あるが、母音はひとつ /a/ である。ところがこの単語、時に音節がひとつではなくふたつになることがある。すなわち語末の /l/ という子音が音節を構成することがあるのである。このように子音が音節を構成する言語として有名なのがチェコ語で、"Strč prst skrz krk." や "Vlk zmrzl, zhltl hrst zrn." などは、母音字、すなわち母音をひとつも持っていない。
 繰り返すが、ロシア語ではこのような不規則は存在しない。「母音字 = 母音 = 音節」という等式が常に成立する。
 これがどういうことかと言うと、母音字が複数続いても、ひとつひとつ律儀に発音する、ということだ。この点では、まさに書いてある通りに発音する。ゆえに、ае の発音はそのまま /aje/ である。оо の発音はあくまでも /oo/ である(もちろんアクセントの有無により微妙に変化する)。これについては、下手に英語が身についてしまった人ほど間違えやすいので注意が必要である。

子音結合

 子音結合とは複数の子音が連続して発音されることだが、ここでは学習的な観点から、複数の子音字が連続して書かれる場合にどうなるか、を音韻論的に3種類に分けて確認しよう。

連続子音

 ひとつは複数の異なる音素をそのまま連続して発音する。英語の black がそれである。ロシア語でも同様で、здравствуйте は、それぞれの子音をひとつづつそのまま発音する。ロシア語では、このように、3つも4つも子音が連続する、しかも英語には見られない組み合わせが頻繁に見られることから、多くの日本人にとって子音結合が難しく感じられる。нравиться、лгать 等々である。しかしこれは所詮は「慣れ」である。少なくとも、チェコ語やセルビア語よりはマシである。

音韻交替

 ふたつめに、異なる音素に変換することがある。英語の meets がそれである。この場合、t と s とを融合させて [ʦ] と発音する。ただしロシア語では、どのような場合に別の音素に転換するかが必ずしも明確ではない。отсутствие には2ヶ所に тс というスペルがあるが、前者が融合せずに別々に発音されるのに対して、後者は融合して英語同様に [ʦ]、すなわち /ц/ の発音になる。ゆえにこの単語は、/от-суцтвие/ と発音される。もっともそれは英語でも同様で、hotspur は /hɑʦpə/ ではなく /hɑt-spə/ と発音される。いまの段階では、これらはひとつひとつ覚えるしかない。

二重子音

 第三に、連続する子音が同じ場合は、二重子音(長子音)となることがある。二重子音と長子音とは厳密には区別すべきだろうが、ここでは同じものとして扱っておく。これはつまり、母音を添えずに子音だけを長めに発音することである。摩擦音がわかりやすいが、/s/ を母音なしに長く発音すると、/ssssssss/ という感じになるか。母音の次に長子音があると、日本語では促音「ッ」を入れる感じである。特に破裂音でこれが顕著で、/atta/ は日本語的には「アッタ」という発音になる。ロシア語にも長子音は存在するが、どのような場合に長子音化するかが決められていない。касса は長子音化して「カーッサ」と発音されるが、Россия は長子音化しないので「ロッシーヤ」ではなく「ロシーヤ」/росия/ と発音される。Анна は長子音化して「アーンナ」と発音されるが、теннис は長子音化しないので「テーンニス」ではなく「テーニス」/тенис/ と発音される。

 子音結合については、どのような場合に音韻交替になるか、どのような場合に二重子音になるか、個々の組み合わせで決まっている場合がある。しかしいまの段階で覚えるのは大変なので、ただひとつだけ、「что を /што/ と発音する」という規則だけ覚えておこう。
 基本的には、発音の法則というのはどの言語でも、「より楽な発音に逃げる」という人類の普遍的な傾向性に基づいている。ゆえにロシア語の発音に慣れてくると、われわれでも自然とできるようになる。

г の特殊な発音

 г 本来の音は /g/ であり、無声化すると /k/ となるが、時としてとんでもない発音になることがある。
 第一が、/x/ である。

これは /k/、/g/、/x/ の3つの音が、同じ発音の仕方をすることからきた現象である。つまりこの3つの音が、いずれも口内の同じ場所(軟口蓋)で発せられているからである。

 第二が、/v/ である。これは、形容詞、および形容詞的語尾変化をする代名詞において、その生格・対格語尾である -ого、-его が /ovo/、/jevo/ と発音される、というものである。

 実践的な観点からすると、第一の例については、特殊な発音として辞書にも発音記号が載っている。ゆえに、辞書で確認する方が早いであろう。第二の例については、覚えてしまえば何ということはない。いずれ形容詞について学ぶ際に、改めて確認しよう。

その他の特殊な発音

 以上の規則のいずれにも属さない、文字通りの特殊な発音もまれに存在する。ロシア語がウクライナ語やベラルーシ語と分かれてから数百年、ポーランド語やチェコ語と分かれてからは千年近くが経っており、その長い年月の間に種々の理由から特殊な発音が生まれ、消えていったが、こんにちでも残っているものがある。これらは規則的なものではないから、辞書で確認するしかない。
 たとえば、дождь という単語は、規則に従えば /дошт'/ /doʂtʲ/ となるはずだが、現実には /дощ/ /doɕː/ と発音される。
 また、[x] の有声音 [ɣ] が用いられる場合がある。бога、господь など、一部の г の発音に見られる(ただしどちらかと言うと古い発音)。

リエゾンについて

 先行する単語の最後の子音と、後続する単語の最初の母音とが融合して発音される現象を、単純に言うとリエゾンという。ロシア語において、リエゾンは必ずしも規則化されておらず、多分に恣意的。基本的には、前置詞と後続する名詞との間に現れる。
 後続する単語の最初の音が子音だった場合、無声化・有声化の規則が適用されることがある。つまり、из То́кио(東京から)は /is tokio/ と発音される。в То́кио(東京へ)も同様に /f tokio/ と発音される。
 これに対して後続する単語の最初の音が母音だった場合、リエゾンしないこともあり得る。ゆえに、в окно́(窓へ・から)は、/v əkno/(「ヴアクノー」)と発音することも /vəkno/(「ヴァクノー」)と発音することもある。なお、и はリエゾンすると ы と発音される。すなわち、от и́мени(〜の名において)は、/отымени/ /ətɨmɪnɪ/ (「アトィーメニ」)と発音される。

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最終更新日 28 02 2015

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