А08:有声音と無声音
ロシア語では、文字と音の関係は、多くの場合に一対一である。つまりひとつの文字はひとつの音でしか読まれない。
一対二の場合、「本来の音」のほかに特殊な場合に特殊な音を表すことになる。その特殊な場合とは、母音字においてはアクセントの有無であった。これに対して子音字の場合は、後続する音が何か、である。子音字は、後続する音によって、有声が無声に、無声が有声に交替する。
有声子音と無声子音の対応
有声音と無声音の音声学的な区別はともかくとして、「カキクケコ」が無声音、「ガギグゲゴ」が有声音、と言えば日本人にはわかりやすいだろう。ちなみに、日本語のすべての音を有声と無声とで分類してみる。
- 有声音 : アイウエオ、ナニヌネノ、マミムメモ、ヤユヨ、ラリルレロ、ワ、ン、ガギグゲゴ、ザジズゼゾ、ダヂヅデド、バビブベボ、ニャニュニョ、ミャミュミョ、リャリュリョ、ギャギュギョ、ジャジュジョ、ヂャヂュヂョ、ビャビュビョ
- 無声音 : カキクケコ、サシスセソ、タチツテト、ハヒフヘホ、パピプペポ、キャキュキョ、シャシュショ、チャチュチョ、ヒャヒュヒョ、ピャピュピョ ※もっとも母音「アイウエオ」を含んでいる時点で、これらの音はすべて有声音なのだが。
ただし、ロシア語のすべての音を有声と無声とに分類することにはあまり意味がない。意味があるように、子音字のみ、次のように分類してみよう。
有声・無声の対応あり | 対応なし | ||||||||||||||||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
有声音 | 無声音 | 有声音 | 無声音 | ||||||||||||||||||
б | в | г | д | ж | з | к | п | с | т | ф | ш | й | л | м | н | р | х | ц | ч | щ | |
本来の音 | /b/ | /v/ | /g/ | /d/ | /ʐ/ | /z/ | /k/ | /p/ | /s/ | /t/ | /f/ | /ȿ/ | /j/ | /l/ | /m/ | /n/ | /r/ | /x/ | /ʦ/ | /ʨ/ | /ɕː/ |
特殊な音 | /p/ | /f/ | /k/ | /t/ | /ȿ/ | /s/ | /g/ | - | /z/ | /d/ | - | - | - | - | - | - | - | - | - | - | - |
「有声・無声の対応あり」というのは、日本語でいう「カ」と「ガ」のような関係を持つ音ということである。「対応なし」は「ナ」のようなもので、日本語の「ナ」は有声子音だが、対応する無声子音は日本語には存在しない。
確認しておくと、йлмнпрфхцчшщ はすべて、ひとつの音「本来の音」しか持たない。
文字と音の関係が一対二なのは бвгджзкст だけということである。この9つの文字・音は、有声と無声の対応関係を持つ。では次に、これらだけを抜き出して図式化してみる。
有声 ⇒ 無声 | 有声 ⇔ 無声 | |||||
---|---|---|---|---|---|---|
有声音 | б /b/ | в /v/ | ж /ʐ/ | г /g/ | д /d/ | з /z/ |
無声音 | п /p/ | ф /f/ | ш /ȿ/ | к /k/ | т /t/ | с /s/ |
これが何を意味しているかと言うと、б という文字は、通常であれば /b/ という本来の有声子音で発音される。ところが特殊な場合において、/p/ という対応する無声子音で発音されるのである。в も同様で、基本的には本来の音 /v/ で発音されるが、特殊な場合に /f/ と発音されることになる。そしてそれは ж も同様である。
他方、г、д、з もこれと同じく、特殊な場合にそれぞれに対応する無声子音で発音される。しかし同時に、これらに対応する無声子音 к、т、с もまた、特殊な場合には対応する有声子音で発音されるのである。つまり、г が場合によっては к と発音されるように、к もまた場合によっては г と発音される。
бвж が有声から無声への一方通行なのに対して、гдз と ктс は双方向への交替があるというわけだ。
無声化
無声化とは、有声子音が無声子音と交替することである。ロシア語においては、次のような場合に無声化が起こる。
- 有声子音 бвгджз ⇒ 無声子音 пфктшс
- 語末
- 無声子音 кпстфхцчш の前
語末における無声化は、たとえば次のようなものである。гри́б という単語において、語末の б という有声子音字は、/b/ という有声子音ではなく /p/ という無声子音で発音される。よってこの単語は、/grʲip/ という発音になる。ところがこの複数形 грибы́ では、б という有声子音字はもはや語末ではない。ゆえにそのまま有声子音として読む。/grʲibɨ/ である。
なお、この際、ь は音ではなく単なる記号であるから、ь の有無はこの規則とは無関係である。ゆえに、кро́вь という単語において、語末の文字は ь であるが、語末の音は в (厳密には вь)である。よって、в という有声子音字は /v/ という有声子音ではなく、/f/ という無声子音で発音される。結果、この単語の発音は /krofʲ/ となる。ただしこの単語が語形変化して кро́вью になると、語末に /ju/ という母音が加わるので、/krovʲju/ とそのまま発音されることになる。
語頭や語中においては、無声子音 кпстфхцчш の前で無声化が起こる。вчера́ の語頭にある有声子音字 в の次にあるのは、無声子音字 ч である。ч は常に無声子音として発音される。ゆえに、無声子音の前にある в は無声化して /f/ と発音されることになる。結果、/fʨɪra/ という発音になる。
この場合も、ь の有無はこの規則とは無関係である。оста́вьте の в は、無声子音 /t/ の前にあるので無声化し、/əstafʲtʲɪ/ という発音になる。
この現象は、語末でも起こる。мо́зг では、有声子音字 г が語末にある。このため無声化して /k/ と発音される。しかも г が無声子音として発音されるため、その前にある有声子音字 з もまた無声化して /s/ と発音される。結果、/mosk/ という発音になるのである。
この現象は、さらに、複数の単語間で起こることもある。в саду́ という単語の連なりにおいて、в という有声子音字は続く無声子音 /s/ と同化して無声子音 /f/ として発音される。/f sadu/ というわけである。
有声化
有声化とは、無声子音が有声子音と交替することである。ロシア語においては、次のような場合に有声化が起こる。
- 無声子音 ктс ⇒ 有声子音 гдз
- 有声子音 бгджз の前
このように、無声化と違い、有声化が起こる条件は非常に限定されている。вокза́л という単語において、к という無声子音字の後には有声子音字 з が続いている。しかも з がそのまま有声子音 /z/ として発音されるため、к もまた有声化して /g/ と発音される。/vəgzal/ という発音になる。
この場合も、ь の有無はこの規則とは無関係である。про́сьба という単語において、/b/ という有声子音の直前にある с という無声子音字は、無声子音 /s/ ではなく有声子音 /z/ と発音される。ゆえにこの単語は /prozʲbə/ と発音されることになる。
この現象は、さらに、複数の単語間で起こることもある。с горы́ では、г という有声子音の直前にある с が有声化して、/z/ と発音される。/z gərɨ/ となるのである。