ロシア語講座:初級

А02:キリール文字の書き方

一応確認しておくと、«筆記体» という言葉・概念はロシア語には存在しない。英語にもない。強いてこれに相当するのは、英語では handwriting style であろうし、ロシア語では рукописное письмо であろう。これは文字通り、「手書きの文字」という意味であり、われわれ日本人が「筆記体」という言葉から連想するようなものより広い概念・言葉である。
 われわれ日本人が筆記体という言葉で連想するものはでは何か、と言うと、印刷用語でいう cursive である。言うならば «一筆書き» である。手書きのすべてが一筆書きというわけではない。日本語で考えてみればすぐわかるが、筆記体、すなわち一筆書きは、言うならば «草書体» に相当する。Wikipedia には、アメリカでの話だが、次のような記事が載っていた。2006年、アメリカでは大学受験に際して受験者の15%が «一筆書き cursive» で答案した。2008年、«一筆書き cursive» 教育法の授業を受けたことがある小学校の教師は12%だけ。2012年、インディアナ州とハワイ州は、学校教育における «一筆書き cursive» の教育を必須ではないと宣言した。
 日本語の草書体は、こんにちでは書道でしか習うことがない。ロシアでは «一筆書き cursive» は、学校教育で一応は習う。もっとも «一筆書き cursive» として習うのではなく、「手書きする場合はこう書く」と習う。だからとりあえずロシア人なら誰でも書けるが、個々人の癖が出やすく、ゆえに公文書のたぐいでは嫌われる傾向が強い。ホテルや空港で提出する書類に «一筆書き cursive» で記入すると、「ブロック体で печатное」と言われることがある。
 「ブロック体」と訳したが、このロシア語 печатное は「印刷の」という意味であり、要するに印刷物で使われる活字体を指す。手書きの場合は、それを真似た書き方、ということになろう。т の場合、т が «印刷体 печатное» であり、m が «手書き体 рукописное» ないし «一筆書き cursive» である。ただし「手で書いた」という意味ではどちらも «手書き体 рукописное» である。
 実用的な観点からすると、一筆書きである cursive が書ける必要はない。ブロック体で十分。要するに、「手書きする場合の特徴」をきちんと把握しているかどうかが重要である。

手書きの基本

 人にもよるが(個々人の癖による差異も小さくない)、キリール文字を手書きする際の留意事項は、おおまかに次のとおり。

キリール文字の cursive

文字の書き方と由来

 キリール文字には、見慣れない文字、わたしたちに馴染みのあるラテン文字とは微妙に異なる文字などがあり、慣れるまでには時間がかかるだろう。そこで、覚えるための一助となれば、と思い、余談だがそれぞれの文字の起源について語ることにする。
 あわせて、ひとつひとつの文字につき、その書き方を確認する。

ギリシャ文字ラテン文字ロシア語の
キリール文字
Α αА аA a
Β βB bБ б
В в
Γ γГ г
C c
G g
Δ δD dД д
Ε εE eЕ е
Ζ ζZ zЗ з
Η ηH hИ и
Θ θ
Ι ιI i(І і)
(Ї ї)
J j(Ј ј)
Κ κK kК к
Λ λL lЛ л
Μ μM mМ м
Ν νN nН н
Ξ ξ
Ο οO oО о
Π πP pП п
Ρ ρR rР р
Σ σS sС с
Τ τT tТ т
Υ υU uУ у
V v
W w
Y y
F f
Φ φQ qФ ф
Χ χX xХ х
Ψ ψ
Ω ω
Ж ж
Ц ц
Ч ч
Ш ш
Щ щ
ъ
ы
ь
Э э
Ю ю
Я я
А а

 言うまでもなく、「アー」を表す文字だ。これについては、いまさら語るべき何物もない。ギリシャ文字の Α α 「アルファ」からつくられたものであり、ラテン文字の A a とまったく同じ。

キリール文字フォント

 手書きでは、大文字と小文字でまったく異なる。
 大文字は、言葉では説明しづらい。強いて言えば、ペンタグラムを一筆書きするような感じ。左下から右上へと斜めの線を描き、そのまま下に縦線を書く。そこから左上へと斜めの曲線を延ばし、それをくるっと反転させて右に払うのである。
 小文字の書き方は、お習字帳のレベルでは英語の筆記体と同じとされる。すなわち二時方向から書き始め、反時計回りに楕円を描き、再び二時方向で「ツノ」を生やした後、下に反転して最後は右に払う。他方、実際にロシア人に書かせてみると、これとは微妙に違う書き方をする人が少なくない。たとえば、楕円を八時方向から書き始め、そのまま一周半した後、四時方向で鋭角に折れて右に払うことがある。

キリール文字筆記体
Б б : В в

 日本人が間違えやすい文字の筆頭がこれ。В в 「ヴェー」はラテン文字の B b 「ビー」と同じに見えるから(実際同じなのだが)、日本人はこれを思わず [b] と発音してしまう。しかしキリール文字では、その音を表すのは Б б。В в は、英語の V v に相当する音だ。
 なぜこんなややこしいことになったかと言うと話は簡単で、そもそも В в 「ヴェー」と B b 「ビー」双方の起源となったギリシャ文字の Β β 「ベータ」が、時代によって音を替えたためである。ローマ人がギリシャ人から文字を輸入した頃には、この文字は [b] と発音されていた。ところがスラヴ人に宣教するためにキリール文字が開発された頃は、この文字は [v] と発音されていたのである。
 考えてみれば、古代ギリシャ文字には [v] を表す文字が存在しない。だからローマ人がギリシャ人から文字を輸入した際に、[v] の音をどうやって表そうかと悩んだ末、Υ υ 「ウプシロン」で代用したのである。幸いローマ人は、[v] と [u] を厳密に区別しない人たちだったので、どちらも Υ υ で表すことができた。
 ただしそれは、ローマ人がギリシャ文字を輸入した当時の話。それから1000年以上が経って、キリスト教をスラヴ人に宣教するためにキリール文字が開発された頃には、状況が微妙に変わっていた。当時 Β β が [v] と発音されていたので、今度は [b] をどう書き表そうかと、キリール文字の開発者は頭を痛めたのである。その結果、Β β を微妙に変形させた Б б という文字が編み出されたのだ。
 [b] は上下の唇を使うが、[v] は上の歯と下の唇を使う。つまり、どちらも唇を使った音である。このため、[b] と [v] の混同、あるいは [b] から [v] への変化は決して珍しい現象ではない。かつて日本人が外来語の [v] を [b] に置き換えていたように(テレ)、あるいはギリシャ語の Β β が [b] から [v] に変化したように。標準スペイン語では v を [b] と発音する。
 わかってみれば、事情は実に単純である。とはいえ、身についた慣習はなかなか矯正できない。この文字を見たら、脊髄反射的に発音するのではなく、一度じっくり考えるようにしよう。

キリール文字フォント キリール文字フォント

 Б б の大文字を手書きするには、まず縦線を書き、そのままくるっとまわしてお腹を書く。最後に上の横線を描く。
 これに対して小文字はそもそも形が違うので注意。反時計回りに円を描いた後、上に線を伸ばすのだが、線の出所は円の左側ではなく右側である。印刷物で用いられる字体とは逆なので、これを間違えてはならない。そして何より重要なのは、伸ばした縦線を最後に右に払うこと。逆に左に払うと、д になってしまう。б と д の違いは、最後の払いが右に行くか左に行くか、だけである。
 ちなみに、たいていのロシア人は前の文字から小文字の б に続け書きをしない。いや、続けはするが、一旦筆を紙から離して、改めて б を書く。他方、小文字の б から次の文字への続け書きは、書き出しが上にある文字の場合は、結構やっている(たとえば бы)。だが慣れないわたしたちがやるとおかしなことになりかねないので、б から次の文字への続け書きは断念した方が賢明。

キリール文字筆記体

 В в の手書きは、英語の B b 「ビー」と同じでいい。大文字は、規範的には I と 3 「さん」とを一筆書きすることになっているようだが、I と 3 「さん」とを分けて書いてもいい(飾り文字はそう書く)。なお、小文字の場合、次の文字に続けないことが多い。だから最後は英語のように右に払うのではなく、縦線に接触させてそれで終わり。

キリール文字筆記体
Г г

 おかしな文字に見えるが、これはギリシャ文字の Γ γ 「ガンマ」。だから素直に [g] と発しておけばいい。
 ラテン文字で [g] を表す G g とはぶいずん形が違うが、言うまでもなくこれはラテン文字の方がおかしいのである。ローマ人はギリシャ人から文字を輸入した時、Γ γ そのままではなく、その崩れた形である C c を輸入した(これは Γ を斜めに書いたもの)。ただしこの文字は有声音 [g] ではなく無声音 [k] を表した。そこで有声音 [g] を表すために、C c から G g をつくりだしたのである。

キリール文字フォント

 大文字を手書きするのは簡単である。縦線を書き、続いて横線を書く。縦線と横線との位置関係だが、これは特に気にする必要はない。印刷物の字体では縦線は横線の左端から伸びているが、手書きでは Т のようになっても問題ない。Т は全然違う書き方をするからである。
 小文字は形が違うので注意。英語の s の逆を、少し傾けた感じ。イタリック体では英語の s の逆そのまま、というフォルムも多く見られるが、手書きでは中央の線が斜めではなくほぼ垂直に書かれる。なお、全体を滑らかな曲線にしなければならない。特に上のラインが少しでも鋭角になってしまうと、Ч ч の小文字になってしまう。г と ч の違いは、上部が曲線か鋭角か、だけである。

キリール文字筆記体
Д д

 これまた変な文字だが、ギリシャ文字 Δ δ 「デルタ」が基になっている。だから Д д の書き方がわからなければ、三角形でも通用する。Δ δ を間に挟んでみると、Д д と D d との間の共通性も見えてくるだろう。

キリール文字フォント

 大文字は英語の D の筆記体と同じ。ただし一筆書きでもいいし、縦の直線と曲線とを分けて書いてもいい。一筆書きするなら、縦線を書いた後、下から上へと曲線を描く。分かち書きの場合は、曲線も上から下へ(下から上でも構わないが)。
 小文字は、お習字帳レベルでは英語の g と同じ。a を書いた後、最後の右に払う部分で、右に払わずに基準線より下に直線を延ばし、そこで小さく円を描きつつ左下から右上へと払い上げる。
 ただしこれとはまったく異なる小文字の書き方もある。途中までは б と同じ。すなわち、反時計回りに楕円を描き、最後に楕円に右側から上に直線を伸ばす。ただしその直線を、б の場合は右に払うが、д の場合は左に払う。この書き方だと、次の文字につなぐことは不可能。と言うか、やっているロシア人がいるが、基本的にやらない方が無難である。
 ふたつの小文字の書き方のうち、個人的には後者の方が一般的だと思っているが、同じ人が両方の書き方で書く。知人のロシア人にふたつの書き方の使い分けについて質問したところ、「その時の気分で」という答えが返ってきた。
 なお、ブロック体では、台形か三角形を書いておけばOK。

キリール文字筆記体
Е е : Ё ё

 文字としては、何も言うべきことはない。上に点々がついているかどうかで区別される。
 Е е については、問題は発音で、ロシア語ではこれは「エ」ではなく「イェ」である。「エ」という音を表すのは、Э э というかなり特殊な文字だ。なぜこんなことになったかと言うと、話は簡単で、ロシア語には「エ」という発音がほとんどないからである。「イェ」である。どんな場合でも「イェ」である。ということで、この文字も、一旦考えてから発音するようにしよう。
 Ё ё の方は問題が多い。まず、この文字は通常書かれない。と言うか、上に点々を打たない。つまり Е е を書くのである。Е е と書いて、これを「イェ」と読むか「ヨー」と読むか、その場その場で判断するということだ。ロシア人はそれができる。
 「ヨー」と読む場合に Е е の上に点々を置くという方法は18世紀末に導入されたが、これがロシア語で使用されるキリール文字のひとつとして認識されるようになったのは、ソ連時代になってからである。ところが、文字として認識されるようになっても、正書法(正しい書き方の規則)によれば、Ё ё という独立の文字の使用は「望ましくはあるが必須ではない」。結果として、手書きで点々が書かれることはめったにないし、印刷物で用いられることもほとんどない。点々が必ず付されるのは、教科書と辞書ぐらいだ。その辞書でも、点々は打っても、文字としてはその存在を無視して Е е と同列に扱い、ゆえに見出し語を жест、жёсткий、жестокий という順で並べている。いまでも学者や役人が、時々、「Ё ё を用いるべきか否か」みたいな議論をしている。つまり、公式とは違い、現実にはロシア語で用いられるキリール文字は32文字みたいなものである。

キリール文字フォント キリール文字フォント

 大文字を手書きする場合には、アラビア数字の 3 「さん」の逆を書いておけばいい。
 小文字は英語の e そのままである。

キリール文字筆記体 キリール文字筆記体
Ж ж

 おかしな文字ばかりのキリール文字にあって、一際おかしな文字。
 厳密に IPA(国際発音記号)に従うと、ロシア語ではこの文字は [ʐ] と発音されるが、便宜上 [ʒ] と表記されることが多い。これは単純に [ʐ] という IPA が馴染み薄いためである。もっとも、[ʒ] という発音も多くの言語に存在していない。ギリシャ語にもラテン語にも存在しない。英語では pleasure や treasure で現れるだけで、特別な文字やスペルを持たない。ドイツ語にはそもそも存在しない。この発音が頻繁に用いられる有力言語と言えばフランス語だろうが、だからフランス語では J j がこの音を表す。ロシア語をはじめとするスラヴ系の言語にも、この音はよく現れる。
 さて、[ʐ]([ʒ]) という発音がギリシャ語に存在しない以上、この音を表す文字がギリシャ文字に存在しないのは当然である。ではスラヴ諸語の [ʐ] という音を、どのような文字で表すか。ということでつくりだされたのが Ж ж である。としても、そもそもこの形が何を基にして生み出されたのか、こんにちでははっきりしない。

キリール文字フォント

 手書きも非常に厄介だ。規範的な書き方としては、この文字は3つのパーツに分けて書く。まず、左側に英語の c の逆。次に、真ん中だが、稲妻のような形を中 ⇒ 上 ⇒ 下 ⇒ 中という感じで一筆書き。最後に、右側に英語の c。ただし、おそらく多くのロシア人が、実際にはこの3つのパーツを一筆書きしている。とはいえ、一筆書きした場合、雑になると т,ш との区別が難しくなる。ゆえに、規範に従い、3つのパーツを別々に書いた方がいいだろう。
 ブロック体は、たとえばギリシャ文字の Ψ の両側に足を生やしてもいい。あるいは X と I を組み合わせてもいい。もっとも、小文字でそういう書き方をするロシア人は多分いない。

キリール文字筆記体
З з

 アラビア数字の 3 「さん」と区別がつかないが、それはロシア人も一緒。なので手書きでは、英語の Z z の筆記体と同じ書き方をする。
 なぜこんな変な文字になったかと言うと、起源はこれまたギリシャ文字にある。Ζ ζ 「ゼータ」が崩れて З з 「ゼー」になったのである。キリール文字が開発された当時はアラビア数字はまだヨーロッパでは一般的ではなかったから、のちの時代に 3 (さん)と混同される、などという懸念はもちろんなかった。

キリール文字フォント

 手書きする場合は、大文字はアラビア数字の 3 「さん」でいい。小文字は英語の z の筆記体。

キリール文字筆記体
И и

 ラテン文字の N n の逆、と理解する人が多いし、形としてはそれでもいいが、発音は「イ」である。間違えないように。
 実はこれは、ギリシャ文字 Η η 「エータ」からつくられた。Η 「エータ」を一筆で雑に書いてみよう。И 「イー」になるはずだ。ここにも、ギリシャ語の発音の変化が反映されている。つまり、キリール文字が開発された頃は、Η η 「エータ」は「イータ」と呼ばれ、「イ」の音を表していたのである。
 ギリシャ文字には、Ι ι 「イオタ」もあるが、実はこれもキリール文字に導入され、ロシア語でも І і 「イー・ス・トーチコイ」という文字が使われていた。ところがロシア語では И и と І і を特に区別しなかったので、ソ連時代になって І і が廃止された。なお、ウクライナ語ではいまでも І і を用いている。それどころか Ї ї なる文字をつくり出し、И и とあわせて3つを使いわけている。
 さらにちなみに、ラテン文字の H h 「エイチ」も Η η 「エータ」に由来する。

キリール文字フォント

 手書きする場合、大文字と小文字では違うという点に留意。
 大文字は、英語の U の筆記体でいい。ところが小文字はそうではない。一見英語の u と同じように見えるが、決定的な違いが書き出し(前の文字からのつなぎ)である。下で述べる м のような書き方をするのである。つまり、и と м は基本的に同じフォルムをとる。違いはただ一点。м の場合は最初に「タメ」をつくる。これの有無が、и と м の相違点である。詳細は Л л にて。

キリール文字筆記体
Й й

 スペイン語で [ɲ] を表す文字を Ñ ñ と書く。チェコ語で [ʃ] を表す文字を Š š と書く。ラテン語になかった発音を表すために、このようにラテン文字に記号を加えて新たな文字を生み出すというのは一般的である。Й й もまた、スラヴ諸語独自の音を表すために生み出された文字である。その起源は15世紀で、徐々に広く浸透していき、И и や І і などと使い分けられていた。しかしロシア語で独立の文字として確立したのはソ連時代になってからのことである。
 名前はいささか複雑。当初は「イー・ス・クラートコイ」と呼ばれていた(「短縮記号のついたイー」という意味)。19世紀後半に、「イー・クラートコエ」(短いイー)という呼び名が生まれ、これが定着した。しかし Й й が表す音は子音 [j] であり、母音 [i] ではない。このため近年、学校教育などの場では「イイ [ij]」という名前(呼び方)が広がりつつあるようだ。ただし日本人には「イー」との区別がつかないので、日本語で書かれたロシア語の教科書などでは依然として「イー・クラートコエ」が使われている。なお、「イー・クラートコエ」は日本人の耳には「イー・クラートカイ」に聞こえる。

キリール文字フォント

 書き方は、И и の上に冠を加えるだけ。上の点々を省略してもいい Ё ё と違い、Й й の上の冠を省略してはならない。

キリール文字筆記体
К к

 小文字がラテン文字の k と微妙に異なる。その点にさえ気をつければ、あとは何の問題もあるまい。

キリール文字フォント

 手書きの場合、大文字は、I と < を組み合わせてもいいし、V の右下に足を生やしてもいい。しかし小文字は V の右下に足を生やす。

キリール文字筆記体
Л л

 ギリシャ文字 Λ λ 「ラムダ」からつくられた文字。もっともラテン文字の L l も同様だが、この3つはそれぞれ微妙に形が異なる。

キリール文字フォント

 手書きでは、大文字も小文字も同じ。左下から斜めに右上に、そこから下に降ろす。ただし書き始めをカールさせる。

キリール文字筆記体

 л,м,я の3つは、どれも書き始めに特徴がある。それは、前の文字からつなぐ場合に「タメ」をつくる、という点である。たとえば、шиши (こんな単語は存在しないが)を手書きするとこうなる。

キリール文字筆記体

はっきり言って、曲線の谷がいくつあり、上に向かって伸びた「ツノ」がいくつあるのか、わけがわからない。これに対して、млм (これまた存在しない単語だが)を手書きするとこうなる。

キリール文字筆記体

同じような感じであるが、曲線の谷底に小さな「タメ」がある。これが文字と文字との区切りになっている。л,м,я の3つは、この「タメ」が書き出しになる。

М м

 これも小文字が大文字をただ小さくしただけなので、大文字と小文字で微妙に形が違うラテン文字 M m と、その点で異なる。

キリール文字フォント

 大文字と小文字は、まったく同じ書き方をする。すなわち、下から上へ、そこからU字カーブを描き、最後に下へ。小文字の場合、書き出しに注意すべき点は、Л л について述べた通りである。

キリール文字筆記体
Н н

 形からすると、ギリシャ文字 Η η 「エータ」からつくられたように見えるが、実際は Ν ν 「ニュー」から。すでに述べたように、Η η からつくられたのは И и である。
 なぜこんなことになったかは単純で、2本の縦棒を結ぶ線の角度が変わったからである。Ν 「ニュー」が Н 「エン」に、Η 「エータ」が И 「イー」に。なぜ角度が変わったか、までは知らない。

キリール文字フォント

 手書きする場合、大文字では一筆書きしてもいいし、二筆で書いてもいい。すなわち、まず I を書き、続いて I の真ん中辺りから横線を延ばして、それを右上でくるりと回転させて縦線を書く。
 小文字は基本的に一筆書き。左側の縦線を書いた後、上に半分ほど戻す。そこでくるっと小さな円を描いて右に横線を書き、それを右上にカールさせて右側の縦線に移るのである。もっとも、人によっては小さな円を描かずに横線に移る人もいる。ただしこれを雑に書くと и,п と区別がつかなくなるので、微妙な注意が必要である。

キリール文字筆記体
О о

 いまさら言うべきことは何もない。

キリール文字フォント

 すでに述べたように、ロシア人は手書きでは円を下から書くことが多い。ゆえに、お習字レベルでは英語の O o と同様1時方向から書き始めることになっているが、実際には逆に8時方向から書くロシア人が少なくない。

キリール文字筆記体
П п : Р р

 いささか紛らわしい。ただし文字の由来はわかる人も多いだろう。П п 「ペー」の方はギリシャ文字 Π π 「ピー」から(英語読みした「パイ」の方が通りがいいか)。よって Р р 「エル」もまた、ギリシャ文字 Ρ ρ 「ロー」から。
 ここでラテン文字を確認しておくと、実はラテン文字の P p 「ピー」は、Ρ ρ 「ロー」ではなく Π π 「ピー」からつくられた。右側の縦棒が曲がってできたのが P p 「ピー」である。ところがそうなると、Ρ ρ 「ロー」との区別がつかない。そこで仕方なく、Ρ ρ 「ロー」に足を生やして R r 「アール」を生み出したのである。つまりここでも、おかしいのはラテン文字の方で、キリール文字の方が起源となったギリシャ文字に忠実なのである。

キリール文字フォント キリール文字フォント

 П п は、手書きの場合、大文字と小文字でずいぶんとフォルムが異なる。大文字は、書き順としては、縦線を二本引いた後で、最後に上の横線を書く。
 小文字は英語の n とそっくりだが、и と同様、書き出しが決定的に違う。

キリール文字筆記体

 Р р の大文字は、縦線を引いた後で上に楕円を描く。小文字は、お習字帳レベルでは英語の p と同様の書き方をする。ところが、おそらくたいていのロシア人は、次の文字につながない。くるりと回して縦線に接触させて書き終える。

キリール文字筆記体
С с

 この文字は、ギリシャ文字 Σ σ 「シグマ」の崩れた形からつくられた。結果としてラテン文字の C c 「シー」と同じ形になったが、由来は全然違う(すでに述べたように、あちらは Γ γ から)。

キリール文字フォント

 由来はラテン文字の C c とは違うが、書き方はまったく同じ。二時方向から反時計回りに楕円を描き、五時方向で右に払う。

キリール文字筆記体
Т т

 これについても、「小文字が大文字を小さくしただけ」という点以外、特に言うべきことはない。ただし小文字のイタリック体に注意。

キリール文字フォント

 手書きする場合、注意が必要。イタリック体でも、小文字は英語の m の筆記体みたいになるが、これがロシア語の т の手書きにおける基本である。つまり、足が3本ある。
 大文字は、左から右へ足を3本書いた後、頭の横線を書く。小文字の場合、英語の m のような形にする。ただし、これまでも散々言ってきたが、и,к,н,п,р と同じく、前の文字からつなぐ場合に曲線ではなく鋭角にする。
 小文字については、第一に、ш と区別するため、上に横線を書くことがある。これはなくてもいい。ただ単に ш と区別するための記号である。
 第二に、もうひとつ別の書き方がある。т をそのまま一筆書きするのである。この場合も縦線が先で、横線が後。少なからぬロシア人が、両方を使い分けている。知り合いのロシア人に、使い分けについて問いただしたところ、「その時の気分」という答えが返ってきた。

キリール文字筆記体
У у

 日本人が間違えやすい文字の筆頭格。ラテン文字の Y y 「ワイ」に似ているからと言って、「イ」とか発音してしまう人が多い。この文字は、ギリシャ文字 Υ υ 「ウプシロン」からつくられた。だからこの文字が表す音は、「ウー」である。

キリール文字フォント

 手書きする場合、大文字は英語の Y そのままで結構。ただし小文字は、英語の y と違って書き出しの部分(前の文字からつなぐ部分)を曲線にしない。

キリール文字筆記体
Ф ф

 これまた変な文字だが、ギリシャ文字 Φ φ からつくられた。スラヴ語の音の性格もあって、外来語以外ではあまり使われない文字である。

キリール文字フォント

 大文字を手書きする場合、まず縦線を引き、続いてまるをふたつ書く。ふたつのまるは一筆書きするので、まず左側のまるを二時方向から反時計回りに書いた後、今度は右側のまるを時計回りに書く。メンド臭ければ I +楕円で十分。
 小文字は大文字とは書き順が違う。こちらは左側のまる、縦線、右側のまるを一筆書きする。

キリール文字筆記体
Х х

 これはラテン文字 X x 「エクス」ではない。ギリシャ文字 Χ χ 「キー」(英語読み「カイ」の方が一般的か)からつくられたが、[k] の音でもない。ここにもギリシャ語の音の変化が反映されている。

キリール文字フォント

 手書きでは、大文字も小文字もまったく同じ。c の鏡文字と c とを二筆で書く。

キリール文字筆記体
Ц ц : Ч ч : Ш ш : Щ щ

 これ以降、ギリシャ語に存在しない音を書き表すために、新たにつくられた文字が続く。ギリシャ語に存在しない以上、Ж ж と同じように、おそらくギリシャ文字以外の文字を基にしてつくられたのだろう。これらの音は、スラヴ語には一般的に見られる音で、ゆえにラテン文字を導入したチェコ語では Č č、Š š という文字をつくったり、ポーランド語では cz や sz といったスペルでこれらの音を表す。
 ちなみに、Щ щ は Ш ш を基に新たにつくられたように見えるが、すでに1000年前には存在していた。

キリール文字フォント キリール文字フォント キリール文字フォント キリール文字フォント

 手書きする場合、この4つの文字はいずれも大文字と小文字で微妙に違う点に注意する必要がある。大文字はいずれも曲線で始まるが、小文字では曲線にならない。この点は、и,к,н,п,р と同じである。
 もう1点、Ц ц と Щ щ には右下に小さな「ヒゲ」がつくが、これは一見 д、з、у で基準線の下に描かれる輪と同じようだが、大きさはその半分程度。あまり大きくならないように留意する必要がある。

キリール文字筆記体

 Ч の大文字について言うと、全体のバランスにも注意。
 小文字の ч は、英語の r と同じ。

キリール文字筆記体

 小文字の ш は、т と区別するために、下に横線を引くことがある。

キリール文字筆記体

 щ の小文字では、下に横線を引くことはない。

キリール文字筆記体
ъ : ы : ь

 この3つの文字は、かなり特殊である。こんにちではこのような順番になっているが、もともとは ъ と ь が対応していて、ы は後からつくられたものである。
 ъ と ь は、現代ロシア語では単なる記号であり、自前の発音を持たない。子音の後に置かれて、その子音をどう発音するかを示す。よって、それぞれ「硬音記号」、「軟音記号」と呼ばれるのである。ロシア語の名前「トヴョールドィイ・ズナーク」と「ミャーフキイ・ズナーク」はそういう意味である。歴史的なことを言うと、もともとはどちらも母音。しかしスラヴ諸語の音韻変化に伴い、その役割は別の文字に取って代わられた。こんにちでも ъ を使うのはロシア語とブルガリア語だけだが、ブルガリア語では母音を表している。ь の方はロシア語以外でも用いられているが、基本的にロシア語と同様の「軟音記号」として。
 ы は ъ と і を組み合わせてつくられた。もっともつくられたのはかなり古く、1000年前ほどである。しかしロシア語ほど「硬音」と「軟音」の対比に厳密ではなかった他のスラヴ諸語ではこの文字は徐々に廃れていき、こんにちでも用いているのはロシア語以外ではベラルーシ語だけである。

キリール文字フォント キリール文字フォント キリール文字フォント

 この3つの文字の手書きでは、ь が基本になる。その書き方は単純で、アラビア数字の「6」のように一筆書きするだけである。ただし縦線は直線で。

キリール文字筆記体

 書き出しのところに「アクセント」をつけるのが ъ である。この「アクセント」は、Ч ч の小文字の書き出しと同じもの。

キリール文字筆記体

 ы は、ь + i である。ただし上の点は打たない。

キリール文字筆記体
Э э : Ю ю : Я я

 すでに書いたように、ロシア語では Е е は「イェ」と発音されるが、これはロシア語には「エ」という発音がほとんどないからである。その、ごくまれな「エ」という発音を表記するためにつくられたのが Э э である。Е е、あるいは Є є 「ヤーコルノエ・イェー」からつくられたと思われ、14世紀には存在していた。しかしロシア語ほど「エ」と「イェ」の対比に厳密ではなかった他のスラヴ諸語では用いられず、こんにちでもロシア語以外ではベラルーシ語で使われているだけである。
 Ю ю は、ギリシャ語の ιου (イオタ、オミクロン、ウプシロン)というスペルからつくられた。ギリシャ語ではこのスペルで「ユ」という発音を表したからである。
 Я я は、Ѧ ѧ (ユース・マールィイ)の崩れた形として、16世紀には生まれていた。ラテン文字の R r (アール)の鏡文字のようであるが、まったく無関係である。

キリール文字フォント キリール文字フォント キリール文字フォント

 Э э の手書きは、何ら難しいことはない。見たまんま書くだけである。

キリール文字筆記体

 Ю ю の手書きでは、左側は Н н と同じ要領で書く。つまり縦棒を引いた後、上に半分ほど戻し、そこでくるっと小さな円を描いて右側に伸ばすのである。あとは、そこから楕円を書くだけ。当然、9時の方向から円を描くことになるので、書き終わりも9時の方向。多少筆が勢い余ったとしても6時方向に流れる程度だ。次の文字に続けることは不可能である。

キリール文字筆記体

 Я я の書き方は、А а の小文字と同じ(А а の小文字を8時方向から書き始めた場合と同じ)。まず8時方向から反時計回りに円を描く。ところがこの円を一周させてはならない。10時か9時の辺りで角度をつけて、上半分で小さな円にしてしまうのだ。あとは3時方向で90度方向転換して下に垂らす。

キリール文字筆記体

 続け書きの例を挙げてみる。たとえば、птица。

キリール文字筆記体

 続いて、тишина。

キリール文字筆記体

見ての通り、т や ш の上、下に横棒を引かないと、何が何だかさっぱりわからない。こういうこともあって、ロシア人はこの手の紛らわしい単語は一筆書きしない。たぶん書いているうちにロシア人自身も、何本縦棒を書いたかわからなくなってしまうのだろう。
 最後に、химия。

キリール文字筆記体

 いまの段階では真似すべきではない、ネイティヴの手書き。と言っても、ネイティヴではない人のものも含まれているが。具体的にはムサベコフ Мусабеков(上から3人目)で、ゆえに教科書的な書き方をしていて、われわれにも読みやすい。

キリール文字筆記体

 また、次はたまたまネットで拾ったものだが、こちらは純ネイティヴの手になるもので、以下のように書いてある。

Большое спасибо!
Получил сильное чувство
гордости за свою родину.

キリール文字筆記体

文の書き方の基本

 単語はひとかたまりで書き、単語と単語の間にはスペースを設ける。

このように、スペースは単語を識別する最大の手段であるので、文字と文字の間隔には十分に気をつけること。
 ちなみに、ロシア人は手書きでもあまり続け書きにこだわらない。1つの単語でも、2つ3つに分けて書く。続け書きとスペースの問題とは別である。

 文の最初の単語の最初の文字は、大文字。それ以外の文字はすべて小文字。こうすることで、どこから文が始まっているかを示す。

Я студент, учусь в университете в малом городе. По специальности историк. Особенно изучаю древний Рим.

文中では小文字しか用いられないが、例外的に固有名詞などの最初の文字は大文字にする。こうすることで、その単語が特殊な単語であることを示す。このように、大文字には特殊な意味合いがあるので、いたずらに用いてはいけない(ロシア語には、どのような場合に大文字を使うか、かなり厳格な規則が存在する)。

 文末には、「 . 」、「 ! 」、「 ? 」のいずれかを書く。これがないと、文が終わらない。

 文中に何らかの区切りを設ける場合には、「 , 」、「 ; 」、「 : 」、「 — 」を用いる。それぞれに役割が厳密に決まっており、言うならばそれぞれに «意味» がある。無造作に用いていいものではない。とはいえ、その用法は上級レベルの話。とりあえずはロシア語の文に触れている中で、経験から「 , 」と「 — 」の用法をつかめればそれで十分。

 引用符は « » を用いる。ただしセリフの標示には — の方が一般的である。

▲ページのトップにもどる▲

最終更新日 13 01 2017

Copyright © Подгорный (Podgornyy). Все права защищены с 7 11 2008 г.

ロシア学事始
ロシア語講座
初級
inserted by FC2 system