アンドレイ・イヴァーノヴィチ・カトィレフ=ロストーフスキイ
Андрей Иванович Катырев-Ростовский
公 князь
ボヤーリン боярин
生:?
没:1567
父:イヴァン・アンドレーエヴィチ・カトィリ公 (アンドレイ・イヴァーノヴィチ・ホホローク公)
母:?
結婚:?
子:?
第21世代。モノマーシチ(ロストーフ系)。ロシア貴族。
ツァーリ・イヴァン4世雷帝に仕え、軍人として活躍した。
ルィリスク総督(1553-)を務め、1555年にはデヴレト=・ギレイ率いるクリム・ハーン軍と戦うなど、主に南方の対タタール戦線で活躍。
他方でリヴォニア戦争にも従軍し、1559年にはリヴォニア騎士団によるユーリエフ(ドイツ語名ドールパト/デルプト、現タルトゥ、エストニア)襲来を退けた。
1567年、ツァーリに対する陰謀を企んだ咎で、イヴァン雷帝に処刑された。