ロシア用語の基礎知識:ミ

ミチューリン イワン
1855-1935。生物学者。果樹の品種改良に取り組み、その研究はレーニン直々に国家事業とされた。「環境の影響は遺伝する」とするその考えは、のちにルィセンコの学説の基礎となった。
ミハイル・ロマノフ
1596-1645。ツァーリ(1613-45)。ロマーノフ家で最初のツァーリ。とはいえ目立たない個性で、その治世にも特筆すべきことはない。
ミャスコフスキー ニコライ
1881-1950。作曲家。日本ではほとんど知られていないが、ロシアでは高く評価されている。
ミュンヒハウゼン男爵
いわゆる «ほら吹き男爵»。実在のミュンヒハウゼン男爵ヒエロニムス・カール・フリードリヒ(1720-79)はドイツの小貴族。主家の次男坊アントン・ウルリヒの小姓としてサンクト・ペテルブルグに赴く。アントン・ウルリヒは女帝アンナの世継ぎと結婚し、皇帝イヴァン6世の父親となり、そして女帝エリザヴェータに追放された。しかしミュンヒハウゼン男爵は主人の浮沈にもかかわらず、1737年から52年までロシア軍に勤務(最終的な階級は騎兵大尉)。以後は故郷で田舎貴族として過ごしながらロシア時代の経験をおもしろおかしく語って評判になったらしい。問題は、それを元ネタ(の一部)として出版された一連の «実録小説»(作者はミュンヒハウゼン本人ではない)。これがいわゆる『ほらふき男爵』の物語である。早くも1791年にはロシア語訳が出版され、チュコーフスキイによる子供向けリライト版でミュンヒハウゼンはロシアでも一般に親しまれる存在となった。なお、執筆者たちがロシアについて無知だったこともあってか、どのバージョンの『ほら吹き男爵』でもロシアは単に舞台となっているに過ぎない。
ミール
ロシア語では「平和」および「世界」という意味の普通名詞だが、世界的にはソ連・ロシアの宇宙ステーションの名前として有名。サリュートの後継機として1982年に打ち上げられた。核となるモジュールに新たなモジュールを組み合わせる形で増殖を続け、最終的には7つのモジュールがミールを構成した。このため、サリュートと異なり古いものが廃棄されて新しいものが打ち上げられる、ということはなく、コアモジュールは15年間にわたって使われた。サリュートと同様、宇宙飛行士はソユーズで打ち上げられてミールに滞在し、再びソユーズで地球に帰還し、物資はプログレスで補給された。3人の長期滞在を支えることができた(短期滞在者を含めればそれ以上)。10年を過ぎた頃から老朽化が目立ちはじめ、1999年から無人状態が続いた。最終的には国際宇宙ステーションにロシアが参加することで廃棄され、2001年に大気圏に再突入した。入れ替わり立ち替わり宇宙飛行士が滞在し、その総数はのべで100人以上。
 なお、核となるモジュールには予備機が存在したが、これは現在苫小牧のミール展示館に展示されている。

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最終更新日 26 07 2016

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